第182話
「んぅ…おはよう!」
「起きたか…。おはよう。今日はいつもより寝てたんじゃないか?」
「リョウがいたからじゃない?」
「嬉しいことを言ってくれるな!」
寝起きのリリスに軽くキスをすると俺は上着を着てドアノブに手を掛けた。
「行っちゃうの?」
「ここにいろと?」
「…………」
「仕方ないな…。早くしろよ!」
昨日と全く同じ流れで部屋の中を過ごすことになった俺は昨日と全く同じ過程で部屋から出た。早朝、リアスに少し会いに行くと熟睡中だったのでティナにその後を任せていた。
「ねえリョウ、今日はどこ行く?」
「リリスの好きな所でいいぞ。俺もあまりこの街は分からないからな~」
「そっか…。じゃあカフェにでも行こっか!?」
「んっ、いいなそれ。流石、オシャレだよな!」
「えへへ、褒めても何も出てこないよ!」
「珈琲一杯でいいぞ!」
「御安いご用よ!」
と言うことでトントン拍子に宿を出た俺達は大通りへと飛び出した。その頃には日も完全に登り、暖かい日差しが俺達を照らしていた。
「我等は魔族合同統団である。コヤツらは下賤な亜人ぞー!」
「本当に気分が悪いね?」
「そうだな。あんな奴等がいるからリアス達も差別対象になるんだ…」
リリスに待ってるように伝えると人混みを掻き分け騒ぎの中心へと向かう。そこでは首輪を付けられた奴隷らしき人が剣を突き付けられながら膝をついていた。
「……………」
「神に見放された亜人が! 死に絶えよ!」
そう言って剣は振り上げられた。しかしそれと共にその者の首も遥か高くを舞った。
「久し振りだな、魔族…、なんだったか?」
「魔族合同統団だ!」
「あー、そうだった。取り敢えずこの奴隷は貰っていくぞ」
「何を! 強奪するきか!?」
「憲兵団将軍の命令、分かるな?」
「…………」
「金はくれてやる。じゃあな!」
首輪を付けられた奴隷の襟を掴み人混みから抜け出す。その際、大量の紙幣を投げ捨てておいた。
「ありがとうございました。しかし奴隷なので…」
「あー、そうだったな。闇魔法‥」
「な、何をするのですか!?」
魔力が奴隷に絡み付きその体を縛り上げる。そしてそれと共に奴隷を包む濃い魔力はその濃度を増していく。
「奴隷から解放してやるよ。侵食!」
魔力が一気に黒く染まりそれに触れる奴隷の体も黒く染め上げていく。流石に心配そうに見つめるリリスは俺に視線を向けてくる。
「起きろ」
すると黒く染め上げられていた体は瞬く間に元通りの色に戻り、拘束していた魔力も消え去った。
「どういうこと?」
「闇魔法は万物を染め上げ思い通りに操るのが本領なんだ。だから精霊魔法なんかは俺の侵食に勝てない」
「それってリョウの前じゃ奴隷なんて意味を成さないってこと?」
「まあ、そうなるな!」
呆気にとられていた奴隷は俺達の会話に喜びを抑えられないようで嬉しそうな笑みが溢れていた。
「ありがとうございました!」
「礼は良い。ただ1つだけ頼みたいことがあるんだ、大丈夫か?」
「なりなりと!」
「魔族合同統団にはどれくらいの期間いた?」
「もう1年になります…」
「そうか。内情は?」
「知っています!」
「そうか。なら少しの間、俺についてこい!」
「はい!」
これで潰せる。皆殺しの時も近い…。
「俺達の宿は向こうの角を曲がった所だ。中でエルフと獣人が朝食でも食べてるだろうから事情を説明しろ。分かったな?」
「はい!」
俺は念のため、こっそりついてきていたサンを護衛に遣わすと送り出した。サンが現れたことに驚いた奴隷だったが俺の味方だと伝えると直ぐに馴染んだ。
「目的は何?」
「魔族合同統団の蹂躙」
「やっぱり…。じゃあこ‥」
「もう止めようぜ…」
「んぅぅ…。ホント急なんだから!」
俺が持ち出した話なのだが話を進めようとしたリリスの口を強制的に塞ぐ。少し怒ったようにジト目を向けるリリスだったがその後、笑みに戻ったことからそこまで怒ってないんだろう。
「嫌か?」
「だからその聞き方はズルいって!」
「いいだろ? ほら、行くぞ。目的を見失うところだった…」
「何しに来たのよって話になるよね!」
1度ここでこの話題は打ち切り。ここからはカフェに向かう間の行き道だけで収まる他愛もない会話だった。
カランカランッ、
初めてくるような所だ。淡い色をした小さなステンドグラスが無数に嵌め込まれた壁からは日差しが鮮やかな色に変わり店の中を美しく照らしていた。
「いらっしゃいませ。御注文は御決まりでしょうか?」
席へ座るとそれと同時と言える程のスピードで店員が注文を聞きに来る。接客面では現代日本より上だな。
「アイスコーヒーを、リリスは?」
「私はレモンティー!」
「御注文を御確認します。アイスコーヒーにレモンティー、それぞれ1つずつでお間違いございませんか?」
「はい」
「それでは少々御待ちください!」
驚く程、簡潔で分かりやすい対応の俺は内心驚いた。中世西洋、となめていたが意外に現代日本よりも良い所も多いようだ。
「こんな所は初めて?」
「そうだな。山育ちだし、降りても田舎立ったしな…」
「私は生まれながら領城の中だっから~」
「そう考えるとリリスってお姫様だよな?」
「ふふ、剣を持ってNo2まで登り詰めた私が単なるお姫様?」
「戦姫?」
「ふふ、もう姫じゃないけどね!」
「俺の中では永遠に姫だよ!」
「っ!」
最後の一言にリリスが真っ赤になったのと同時に店員が商品を運んでくる。絶対に聞いてたな…。
「御注文のアイスコーヒーと、レモンティーになりす。お間違いはございませんか?」
「はい。ありがとうございます」
「こちらこそ。お会計の際はこの伝票をお持ちください」
丁寧にお辞儀をした店員はそう言って中の方へ戻っていく。実に洗礼されたその姿はここの教育水準の高さがよく分かる。
「それにしてもこの後はどうしようか?」
「少し私に付き合ってくれる?」
「勿論だ!」
そして数十分。
お互いがドリンクを飲み終わるのと共に俺達はカフェを出ていった。その頃には陽も傾きかけていた。
「なあ、どこ行くんだリリス?」
「ヒ・ミ・ツ! ついてきて!」
もうかなり街中からはかなり離れていた。魔法により飛び回り移動してきたのだが城壁を越え森を越え、既に見たこともない和な田舎町へと差し掛かっていた。
「なら、リリス、本当にどこに向かってるんだ?」
リリスが空中で止まり振り向いた。そして次の瞬間…
「リョウ…」
ニコッと笑うのと共にリリスは魔法を解いた。と言うことは当たり前のことながらこの物凄い高度からそのまま落下することになる。
「リリスっ!」
魔法を行使していては手遅れだ。翼を具現化させ最高速度で追い掛ける。
「っ!」
「掴まえた!」
スピードを上げる為に使っていた翼を今度は体を保護する為に俺達2人を包む。そしてそのまま落ちた俺達は森の中へ落ちたこともありほぼダメージを受けなかった。
「やっぱりリョウを信じてよかった…」
「何を……」
「ふふ、驚いた?」
立ち上がりリリスに詰め寄ろうとするとその背には大きな夕陽が輝いていた。その場も妙に木々が開けていて偶然なんて…考えられない。
「リリス…」
「前、リョウが私に夕陽を見せてくれたでしょ? だから私も、ね?」
照れたように笑う姿が夕陽に輝く。俺はそんな姿に言葉を失った。
「…………」
「喜んで、くれた?」
俺が何も言わないので不安になったのか上目遣いで俺に聞いてくるリリス。そんなの…
「こんなの、嬉しすぎるよ。リリス、ありがとな!」
「リョウ…」
もしかしたら俺はここで初めて心から感動したかもしれない。リリスの心遣いに感謝だな…。