第180話
「なあリアス、他に行きたい所とかあるか?」
「お腹減った!」
「なら食べ歩きでもするか?」
「うん!」
なんとも普段と変わらないな。それでも上機嫌で歩く姿を見ているとそんな考えは消え去ってしまう。
「オッサン、その焼き鳥4つ頼む!」
「彼女連れかぁ?」
「ま、そんなところだ!」
「羨ましいぜ。家の女房って言ったら‥」
「言ったらなんだい?」
「ひっ、なんでもないです」
店頭でパッと買おうとしただけなのだが軽くショートコントを見せられた気分だ。結局、待たせたと言うことで2つ付けてもらったから…結果オーライ、かな…。
「何があったの?」
「オッサンが奥さんの逆鱗に触れたんだよ…」
2つずつくらいなら手で持とうかと思ったのだが結局は計画6つになったと言うことで紙袋に2つに分けて入れてもらった。
「大変だね、あのオジサン。きっと自業自得なんだろうけどさ~」
「そうだな~。小さな声だったが夕食無しって言われてたからな~」
「えっ!」
青ざめた表情で驚きの声をあげるリアス。焼き鳥のタレを口元へ付けながらそんな表情をするものだから俺ほ少し、笑ってしまった。
「何をそんなに驚くんだ?」
「そんな、夕食抜きなんて…」
「そこかよ!」
「だって無理でしょ?」
これを大真面目に答えるから余計に笑えてくる。困惑といった表情を浮かべるリアスはなんとも対応に困っているようだが…。
「お前の言い分も分かる。安心しろ、俺はそんなことしねえよ!」
「わ、分かってるけど…」
リアスの意外な面が見れた気がしてラッキーだな。いつもだとここまで話し込まないからな…。最近は…。
「それより次はどこに行く? 外に出て散策でもするか?」
「いいね! 行こ行こ!」
そしてアッサリ決まる目的地。決まれば即直行。残りの焼き鳥を食べながら俺達は町の外を目指し進んだ。
「今更ながら服とかはいらないのか?」
町の外、所謂森林の中へ入った俺達は適当にその中を散策していた。深い山育ちの俺にとってここ以上に慣れた所はないが…、当たり前だが何も無い。
「私、これでも獣人だから森の中も落ち着くんだよね…」
力無く左右に揺れる尻尾はあまりにも哀しげだった。この獣人の証である美しい尻尾のせいで奴隷なんていう境遇を強いられたのだから…。
「俺も、だ…。ずっと山暮らしだったからな…」
何も言わずソッと手を繋ぐ。少し驚いた表情をしたリアスだが微かな笑みを浮かべると何も言わず手を握り返してくれた。
「最近暖かくなってきたよね…?」
「そうだな…。と言うか森の中だと逆に暑い…」
木洩れ日、と言えば聞こえは良いがそれの実態は春にも関わらず俺達をジリジリと照り付ける強力な日光だった。
「リョウ、止まって!」
「ん?」
「水の音しない?」
「ん……。確かに!」
「行ってみよう!」
と言うのが先か走り出すのが先か…、リアスは音のする方向へ真っ直ぐ走っていく。よっぽど暑かったんだな…。
「何か見付けたか?」
「うん、水浴びしよ!」
「はっ?」
背の高い草を掻き分け一帯を見合わせる所、リアスのいる所へ来ると青い湖面が一帯に広がっていた。と言うか今まで何故気付かなかったんだろ…。
「イヤ?」
「イヤ、じゃないけど…」
「じゃあ、いいでしょ!?」
「仕方ないな!」
「やった!」
少し大袈裟なんじゃないか…。嬉しさのあまり跳び跳ねるリアスだったが取り敢えず水温を確認しなければ…。
「これまた丁度いいな…」
片膝をつき水中へ手を入れた。すると少し冷たい水が俺の手に絡み付いてくる。
「もう入って良い?」
「ちょ、まっ‥」
バシャーーッン……
大きな水飛沫が俺を思いっきり濡らした。いつの間にか脱ぎ捨てられたリアスの服を回収すると岩の上へ畳んで落ちないように、これまた捨て置かれた槍を重しにした。
「早く来なよ。気持ちいいよ!」
バシャバシャと嬉しそうに水を叩くリアス。無邪気なその姿に嬉しくなるのだが…
バシャーッ!
「…………」
「ふふ、悔しいならやり返してみてよ!」
「言うたな?」
上着を脱ぎアイテムボックスへ片付ける。大太刀を岩に立て掛けるとそのまま湖へと飛び込んだ。
「ちょ、待って、早いよ!」
「山育ちをなめるなよ!」
深さ10メートルを余裕に越える湖では割と自由に泳ぎ回ることが出来る。そして14年間山で生きた俺には湖なんて陸と同じだった。
「ちょ、何してるのよ!? 溺れちゃうじゃない!」
「溺れたなら助けてやるよ!」
必死に立ち泳ぎをするリアスの手を水中へ引き込む。必死に水面へ出ようともがくが手を掴まれていては浮き上がることなんて出来ない。
「ぷはぁぁ…。酷いじゃない!」
「一緒に泳ごうぜ。確かにここは気持ちいいしな!」
水をかくと上がった身体能力のおかげか予想以上のスピードがでる。そしてその度に体に感じる疾走感はなんとも言い難く愉快だ。
「私はこれでも狐だよ?」
「知ってるぞ。立派な尻尾も持ってるしな!」
水中で少し濡れてしまった尻尾を撫でるといつもよりダイレクトにその震えを感じる。そして例の通りリアスは物凄いスピードではなれていく。
「本当にリョウ、怒るよ!」
「そんな反応されちゃ止めろって方が無理だろ?」
「もうー!」
どうやら水中じゃ俺の方が圧倒的に優勢なようだ。瞬時に後ろへ回った俺はその体を優しく抱き締める。
「水の中も新鮮だな~」
「リョウのすることは相変わらず変わらないね?」
「嫌か?」
「その聞き方はズルいよ…」
絵面的にはなんともエロチックなんだろうな…。隠しきれていないさらしとショートパンツだけのリアスは水中じゃなければ完璧に俺も悩殺だったかもな…。
「行こうぜ!」
《光魔法・光雪粒》
戸惑うリアスの手を引き水中へと潜る。俺の周りで降り頻る光の粒は水の中でも周囲を照らす。
《精霊魔法・環境適応》
魔法により呼吸をしなくても良くなれば長い間泳いでいられる。と言うことでほぼ完璧な状態で湖を泳ぎ回っているとリアスがあることに気が付いた。
「ねえリョウ、息してないよね?」
「今更かよ。俺の魔法だ!」
「そっか~。やっぱり反則だね~」
然り気無く酷いことを言われた気がしたが、そこは取り敢えず無視しておこう。けれどそれを引いても隣で楽しそうに泳ぐ姿は見てて嬉しく感じる。
「1度上がるか?」
「そうだね。やっぱりこの時期だと寒いかもだし!」
そう言って湖底から浮かび上がる俺達。その時、小さな洞穴を見付けた。また今度、来るのも良いかもしれないな…。
バシャァ…
「んぅ…。寒いよ…」
「そうだな。使うか?」
「う、うん…」
俺は着替えてる時間なんて無かったので下はいつもの服装でずぶ濡れだった。それも肌に張り付いて寒いのたがリアスは余計に寒いだろう。何故ならほぼ裸だから…。
「体を拭いたら服を着て待ってろ。簡単にスープでも作ってやるよ」
《火魔法・灯火》
足で適当に集めた木々の塊へ炎を灯しその上へ鍋を置く。因みに俺の服は魔法により指を鳴らすだけで着替え終わる。
「久し振りに使おう。『等価錬成』」
鍋の上へ手を翳すとその中へスープの材料が錬成され次々と等価される。ホント便利だなこのスキル…。
「良い匂い~」
鼻をヒクヒクさせながら俺の隣へ腰を下ろすリアス。水に濡れた髪は未だに濡れたままだった。
「もう少し待ってろ。それよりもう少し拭けよ!」
「だって面倒臭いんだもん!」
「仕方ないな。俺はお前の親父じゃないぞ…」
「ありがと~」
どうして俺がこんなことをするか分からない。濡れたままの髪をタオルで拭きながら俺は愚痴るように考えた。