第178話
「遅かったな優司?」
「リョ、リョウさん!」
結局、昼時ド真ん中に帰ってきた俺達は適当に入った飯屋で昼を済ませ図書館で時間を潰していた。そもそも本の好きな俺と、魔法に関しては積極的なティナ、そして勉強意欲旺盛なサチだ。これだけの人間が集まれば丸一日でも入り浸れるだろう。
「藍夏もお帰り。仕留めきれたか?」
「はい。少しギリギリでしたけど…」
サチを日が落ちるまでに家に届けギルドに戻っても誰もいなかった。仕方が無いので俺達2人は酒をチビチビと飲んでいた。すると酒を飲んでるせいか気付かぬうちに次々に皆が帰ってきて、優司達はその中でも最後になった。まあ、それも慣れたとはいえこの中で1番戦闘に携わる時間が短い2人が遅いのは当然なのだろう。
「どうする優司、飲んでいくか?」
「はい。藍夏ちゃんは大丈夫?」
「私はね。優司は疲れてない?」
「僕は大丈夫だよ。と言うことでリョウさん、パアッといきましょう!」
「そうだな。お前達も大丈夫だな?」
『当たり前だよ!』
そうやって始まる酒盛り。計9人中、エリは流石に飲めないしその護衛であるキルも飲まない。しかし幸か不幸か俺達は全員が、ティナでさえ平均以上の酒豪だった。と言うことで5樽を越える酒盛りは周囲の冒険者が帰っても続くのだった。
「結局こうなったか…」
「リョウ、これは仕方のないことだ」
「そうだな。そろそろ打ちきりにするか?」
今ここで起きているのは諸毒耐性で酔いにくい俺と同じく諸毒耐性で酔いにくいユウリ。あとはそもそも酒を飲まない藍夏だけだった。因みにキルはエリが寝てしまったのもあり先に帰っていた。
「私ですか?」
「そうだ。どうする?」
「そうですね。優司も寝てしまったし、帰りましょう」
「そうか。ユウリ、サン、頼むな!」
「ん!」
「ガウッ!」
「なんですか?」
「藍夏も、優司を背負ってやってくれ。闇魔法‥」
店内だから慎重に魔力を操作しなければならない。戸惑いながらも優司を背負ったのを確認し、ユウリ達がそれぞれを背負ったのを確認すると…
「それぞれの部屋に飛ばすからな。影移動!」
背中で眠るリアスを確認すると魔法を発動させる。サンとユウリはそれぞれの部屋に送り、優司達は予め教えてくれていた部屋へ送った。
「んっ! くそっ…俺も酔っているのかな?」
魔法は確かに俺の思い通りに発動した。しかしその角度はおかしく俺は思いっきりベッドへとダイブすることになった。
「んぅ…」
これがベッドだから良かった。もし床なら完璧に怪我をしていただろう。けれど結果的にリアスが起きてしまったし同じ、か…。
「よっと。起きたのか?」
「んぅぅ…。リョウ~。寝ちゃってた?」
「あぁ。まだ夜だ。寝てていいんだぞ?」
「うーん。けど少し付き合ってくれる?」
「分かった。降りるか?」
「ここでいいよ~」
眠気を我慢するように頬を叩いたリアスは上着を脱ぎ捨てるとベッドの隣に置かれた椅子へ腰を下ろす。アイテムボックスの中の保存用のカクテルを机の上へ出すと俺も同じように椅子へ座った。
「で、また何故こんか夜更けに?」
「夢で初めてあった時のことを思い出しちゃって…」
遠いところを見つめるリアス。グラスへカクテルを注ぎ薦めると、少しだけ口をつけた。
「洞穴のことか?」
「うん。もしもあの時、逃げてこなかったらリョウにも出逢わなかったんだよね…」
カクテルの美しい色を見つめながら話すリアス。その姿は普段の姿からは想像できないくらい弱々しかった。
「きっとそれでも俺はお前に逢ってたと思う」
「ん? どうして?」
「お前に出逢ったのは偶然じゃない気がするから。そもそもあの出逢いも偶然が重なってただろ?」
「うん…」
「それに過去を考えても仕方無い。ただ俺はあの頃を少し後悔している」
「………。どうして?」
恐る恐るという感じで尋ねるリアス。と言っても俺が後悔してるのはリアスが悲しむようなことじゃない。
「お前と2人っきりの時期が無かったからだ」
「っ!」
「誰か1人を見るとかじゃなくて、俺は単にお前だけを見つめられた時が無かったなと思ってな…」
「ふふ…」
「それにお前には伝えられてなかった気がしてな…」
「……。そんなこと、言わなくていいよ。私は初めから、出逢った時からずっと大好きだから!」
「っ!」
爽やかに笑うリアス。その瞬間、言葉や考えはその曇りの無い表情に吹き飛ばされてしまった。
「少し恥ずかしいけどちゃんと伝えたよ、私の気持ち!」
顔を真っ赤にしながらも話すリアス。相当恥ずかしいのか残りのカクテルを一気に飲み干した。
「ありがとな、リアス!」
「…………」
「俺も…、て、寝ちまったか…」
勝ち逃げはズルいぞ、リアス。机に突っ伏して寝てしまったリアスを抱き抱えるとベッドへと寝かせる。
「おやすみ…」
俺はそう言うと部屋から出た。今日くらいは一緒に寝てやりたいけど、どうやら下に人を待っている奴がいる…。
「で、お前はどうしてここにいる?」
「リョウさん…」
そこには苦手な筈の酒を1人で傾ける。他に誰かいる気配も無く優司さえいない。
「女が1人で酒なんて、危ないぞ?」
「…………」
「まあいい。優司はいないのか?」
向かいの席に座り持参の酒を傾ける。と言うか冷静に考えると今日は飲みまくってるな…。
「はい…」
「喧嘩でもしたのか?」
「いえ…」
「………」
それにしてはなんとも悲しい顔をしている。それに酒を飲まない人が自分から飲むなんて珍しい…。
「…………」
「何か相談したいことがあるんじゃないか?」
「リョウさん…」
俺の言葉に驚いたような安心したような顔をする藍夏。なんとなく言いたいことは分かった気がする…。
「お前、不安だろ?」
「どうして分かったんですか?」
「なんとなくだ。何をそんなに恐れているんだ?」
「………。優司が、変わってしまった気がするんです」
「変わった、か…」
確かに俺から見ても優司は変わった。変わった気がするじゃなくて確実に変わっていると思う。
「恐いんです。私を想ってくれて私の為に動いてくれてるのは分かってるんです。けど…」
「転生する前と何か違うんだな?」
「っ!」
驚いた顔をする藍夏。
優司の変化の原因はほぼ確実に分かっている。しかし俺がそれを口にしていいか、いや、それは口に出してはいけない。ただ少しだけ不安を和らげてやるくらいならいいだろう。
「1つだけ話を聞いてくれるか?」
「はい…」
「これは俺の友達の話だ。分かったな?」
「はい…」
「ソイツも転生者でな、恋人というかなんというか、曖昧な関係の奴がいたんだ」
「………」
「ソイツが俺に同じように相談してきたんだ。初めて会った時と、ソイツが変わってしまったってな…」
「………」
「けど俺はそうと思わなかった。実は昔からの友達だったんだがな、アイツは割と大人しい奴だった…」
「………」
「しかし転生してからはアイツの大人しさは無くなった。何故だと思う?」
「………。何故でしょう?」
「ソイツを縛るモノが無くなったからだ!」
「っ…」
「己を知る者、己を止める者、そして己を縛ってきた常識という者が消えたから封じていた感情や衝動が爆発した。ただそれだけなんだ…」
「………」
「これは俺の友達の話だ。しかしそこから藍夏、お前が学ぶことは多かった筈だな?」
「…………」
「おやすみ。信じていてやれよ」
俺はそう言うと不安そうな顔をする藍夏の頭を抱き締める。人の不安は人に触れることでしか解せない。少しの間、そのまま背をさすり続けた俺は最後に力を込め抱き締めると部屋へ戻った。