第176話
バンッ!
「植物魔法・鋭棘ノ繭」
取り囲むように張り巡らされた枝からは鋭くなった先端が俺に向けられる。
「…………」
「早く抜けなきゃ囲まれちゃうよ?」
「ティナ…甘すぎるぞ」
確かに迫る棘は俺を囲み既に逃げ道さえないだろう。しかし俺の体を包むように展開される魔力はドンドンその密度を高めていく。
「何をする気?」
「燃やしてしませばいいんだよ。火魔法・白炎壁」
高密度に展開した魔力が全て白炎に変わり植物の繭は丸ごと燃やし尽くされる。そして尚消えない白炎は俺の周囲の床を燃やし、自然的にだが炎の支配区域が完成した。
「水魔法・大海ノ渦」
「散らせてやる。闇魔法・吸魔ノ顎」
俺の白炎を消そうと作り出された水渦。しかし渦巻きの根元へ作られた闇の大顎によりその根元を消され水渦は自然に消えていった。
「んぅ………」
「もうネタ切れか? 俺からいくぞ!」
バンバンッ!
「きゃっ!」
「逃げろよ~」
バンバンッ!
「危っ!」
「面白いモノを見せてやろう。火魔法・爆破付与」
「ちょ、それはダメ!」
バンッ!
放たれた弾丸はティナの足元をうつ。そしてそこを中心に大きな爆発を繰り出すと爆風が炎を吹き消し小柄なティナの体を吹き飛ばした。
「おっと…」
「んぅ……。リョウ兄?」
「やり過ぎてしまったな…。痛くなかったか?」
「う、うん。ビックリしただけ…」
落ちそうになったティナの手を寸でのところで掴むとそのまま引っ張りあげた。意外に威力があったらしく所々から血を流していた。
「やっちまった感が否めないな…。ゴメン…」
「ティナが誘ったんだしリョウ兄は悪くないよ。それよりリョウ兄ったらまた強くなった?」
「ケルベロスと戦ってからだ。力、魔力共に何倍かにはなったかな…」
「その前でも勝てなかったのに…、今勝てないのは当たり前だよね…」
「そう落ち込むなよ。俺の予想だが近いうちにティナもこんな力が手に入るだろうからな」
「そっか…。信じるからね!」
そう言って笑ったティナ。それはどこか遠く無理をしているように見えた…。
それから数十分。
気まずい雰囲気を打ち破ったのはここまで届くような爆炎だった。
「なに!?」
「サチに何かあったんじゃないだろうな…」
下を見下ろすと一部の木々が炎に包まれ、その中から巨大な頭らしい何かがチラホラと見える。
「行こう!」
「同意件だ。急ぐぞ!」
俺が連れ出して出てきたんだ。怪我なんてさせて帰るなんて出来ない。俺はティナを小脇に抱えその場から飛び降りた。
ドーーーンッ…
「酷い…」
「探すぞ!」
思わず溢れたその言葉。炎に焼かれ爪で切り裂かれた森はあまりにも酷い惨状だった。
「あれ、じゃない?」
炎の隙間に誰か、地面に横たわる姿が見える。俺は「先に行く」と伝えると急いで駆け寄った。
「サチ、サチ、大丈夫か!?」
「リョウ、さん?」
「良かった…。何があったんだ?」
「へへ、負けちゃいました…」
そう言い残し目を閉じるサチ。気を失ったようだ…。俺は後から来たティナにサチを預けると大太刀を抜き放った。
「ティナ…。落とし前はつけなきゃな…」
「ティナはただ見送るだけだよ…」
「ありがとな…」
俺はそう言うと目の前で大きな瞳をギラギラと輝かせる魔物へ切っ先を向けた。
「グオオオオオオオオオオオッ!」
「可愛い愛弟子を痛め付けられて黙ってる奴はいないぞ?」
「グオオオオオオオオオオオッ!」
その姿は10メートルを越える巨人。長い爪に体の紋様が特徴で、大きな角を生やしたその姿は化け物そのものだ。
ドカーーンッ!
「こんなモノで…、意気がるなよ!」
今回は手加減する必要なんてない。全開の魔力と全開の殺気に満ちた俺の体は5トンはありそうなその拳を片手で受け止めた。
「グオオオオオオオオオオオッ!」
「早く方を付けたいんだ…。刀技・千ノ撃」
一気に密着しサッと刀を振るう。刃は確実に魔物の肌を切り裂き千ノ撃は確実に体を削っていく。
「グオオオオオオオオオオオッ!」
「もう少し行こうか。刀技・参ノ閃」
同時に放たれる斬撃。両腕を切り飛ばされ胸を大きく切り裂かれた魔物は思わず両膝をついた。
「グオオオッ…グオオオォッ!」
「死んでくれ。光魔法・瞬速弾」
光の速度を越えるような弾丸が止めどなく魔物を襲う。当然そんな攻撃に耐えることなんてできず、魔物はただ体を貫かれ続けるしかなかった。
「グオオォ……。グオオオオオオオオオオッ!」
最後に大太刀を振り上げた時、血にまみれて分からなかったが巨人の紋様が怪しく光り、それと共に死んだようだった瞳には悪意満点の邪気が戻る。
「殺すなんて簡単なんだよ。『暗人ノ秘術』」
それと共に作り出される俺の分身達。そいつらは誰もが巨人に右手を向け、その手には高純度の魔力が圧縮されていた。
『じゃあな。襲った相手を間違えた、自分の悪運を恨め!』
ドカーーーンッ!
同時に放たれた魔力球。過度な程のその威力は周囲の木々を吹き飛ばすは勿論、俺の作った土塀まで崩れ去る。
「ん?」
分身を消しその場を離れようした俺。違和感を感じ振り向くと、砂煙が晴れるのと共に身体中から血を流した巨人が潰れなかった片方の目で俺を睨んでいた。
「グオオオォ…」
「巨人って、生命力が高いんだな。闇魔法・吸魂ノ顎」
俺の作り出された大顎に呑み込まれた巨人。もう2度と出てこないであろう巨人の声が虚しく中から響いていた。
「リョウさん…」
「すまん。大丈夫か?」
「はい…。リョウさんこそ、大丈夫、ですか?」
「俺はな。それより本当に大丈夫か? 血が出てるじゃないか!?」
サチの怪我を治すため手を添えたが妙に暖かいティナの視線が気になる。燃え盛る炎を掻い潜りながら取り敢えずは安全な水辺まで移動した。
「リョウ兄、もう大丈夫だよ!」
「そうみたいだな。ティナ、周囲の警戒を頼む!」
「了解!」
その後、ティナが警戒にあたるのを確認するとサチを手頃な岩へ座らせる。クリーム色の髪に血がこびりつき乾いてしまっていた。
「リョウさん、私は大丈夫ですよ?」
「身体中斬り傷だらけなのにか?」
「…………」
「精霊魔法・蘇生」
手をかざし魔法を施すと傷がみるまに消えていく。元々心得のあるサチだったのが幸いだったらしく傷は深くなかった。
「ありがとうございます」
「着替えは……。これでいいかな?」
「は、はい」
アイテムボックスから服を一式渡すと俺は大太刀を抜き放ち後ろを向いた。と言うかさっきので魔物が集まってくるんだろうな。
「ティナ、交代だ。サチを見ててやってくれ」
「分かった。群れで5匹程走ってきてるけど?」
「問題無い。血祭りにしてやるよ」
「ふふ、リョウ兄らしいね!」
まだ気付いてないのかサチに反応はない。しかし驚異である魔物の群れは着実に俺達の元へ近付いてきていた。
「少し離れるかな…」
わざわざサチに残酷な殺戮シーンを見せる必要なんてない。気付かれぬよう静かにその場から離れた俺は魔物の注意を引くため右手に刃を突き立てた。すると案の定…
「ウオオオオオオオ!」
両手を血に染め白目を剥いた…人間!?
「いや、違うな…」
もし種族名が人間だとしても心が壊れ狂った者は既に人間じゃない。そういった者には逆に死の方が救済になるかもしれない。
「ウオオオオオオオ!」
「お前を仕留めることには変わり無い。来い!」
引き気味に下ろした刃を再びその真前へ突き付けると俺は鋭く言い放った。