第173話
「出来たぞ! て、おい…。どうして寝てんだよ…」
結局昼頃に来たのに親父さんが作業場を出てきたのは真夜中。真夜中と言っても本当の意味の真夜中で日も変わって長い。と言うことでここにいる中で起きているのは俺とユウリだけだった。
「親父さんが遅すぎるからですよ。御客さんをもてなさなきゃってシュラ、頑張ってたのに…。夜遅すぎて寝てしまったじゃないですか…」
「うーん。お前達は寝てないんだな?」
「俺は人じゃないんで…」
「俺は元スラムにいた…」
「そ、そうか…」
なんとも俺達の明解過ぎる答えに若干引いた親父さん。正直俺にはそんなことよりもその手の中にある武器達の方に興味がある。
「ガウッ…?」
俺達の声に始めに目を覚ましたのはサンだった。眠気の残るその瞳で俺を見つめるが何も無かったと判断したのかそのまま再び目を閉じた。
「まあいいか。親父さん、短剣は?」
「出来たぞ。そのお嬢さんのだろ?」
「よく分かりましたね」
「腰に2本、さしてるじゃないか!」
「ん!」
改めてユウリの腰元を見ると確かに2本の短剣がささっている。長い間使っているのかその鞘はボロボロだし刃も刃毀れていた。
「お嬢さんの体じゃ大人用のは扱い難いだろう。これくらいで造ってみたんだがどうだ?」
そう言ってポケットから取り出した短剣は刃渡り20センチ程で日緋色に輝いている。後から取り出された鞘も鉄製で外側には外枠のそうに日緋色金が使われていた。
「ん、丁度良い。ありがとう」
「良いってことよ。リョウ、先に言うが代金はいらんぞ!」
「分かったよ。それより親父さん、あの刀見せてくれないか?」
実はずっと気になっていた。心を惹くような深紅の刀は不思議な色だった。
「これか…。ほらよ!」
「ありがとうございます」
刃を撫でると薄く表皮に傷がつく。何の魔晶を付与したのか知らないが濃い深紅の刃は俺の心を捕らえて離さなかった。
「やろうか?」
「いいのか!?」
「アレは俺とシュラの初めての合作だ。見知らぬ奴に使われるよりはいい!」
「しかしそんな物を売っていいのか?」
「武器は使ってこそ意味がある!」
「そ、そうか…」
自分の手中にある深紅の刃はいつまでも見ていられるような魅力がある。しかし俺はそれを棚へ戻した。
「買わないのか?」
「1度シュラに聞いてからだ。親父さんは良くてもシュラの言葉も聞きたいからな…」
「そうか…。今日は泊まっていくか?」
「いや、いい。流石にこの人数で邪魔にはならない…」
「そうか。ならスマンがここで見送らせてもらう。シュラが少し体調が悪いらしくてな…」
「そうか…。薬は?」
「まだだ。この世界じゃ薬なんて高価過ぎるからな…」
そう言って失笑を浮かべた親父さん。静かに寝息をたてるシュラの頭を撫でるその顔は正真正銘、親の顔だった。
「ならこれだけ置いて帰ろう。じゃあな…」
「ちょ、ま、待‥」
札束を机に置いた。親父さんの遠慮を無視しながらリアスを抱き抱える。ユウリはティナを背負いサンはリリスを背負った。
「コイツらのも手入れしてくれてありがとな。礼を言う」
《闇魔法・影移動》
瞬間的に影へと消えた俺達。全員が影を操れることもありその様はまさに瞬間移動に見えた。
「ふぅ…。それにしてもお前も寝れば良かったのに?」
「従者が主よりも先に寝るわけにはいかない」
部屋に戻って3人を寝かせた後、俺とユウリの2人は下のバーに降りカクテルを傾けていた。サンは眠そうにしていたので部屋に置いてきた。
「ホントに俺のことを主って呼ぶけど、俺はお前を部下にした覚えはないぞ?」
「っ!」
俺の言葉に多少、いや多分に驚いたユウリは目を見開き動揺を見せる。マジで俺はそんなこと言った覚えは……あったわ。
「俺とお前は戦友、友だろ?」
「………」
「だから俺を主なんて言うな。そして自分を部下なんて言うな! な?」
「………。分かった。リョウが言うなら従おう」
「ありがとな。主なんて呼ばれ方はむず痒い…」
婆さんの作った酒なのだろう、カクテルは物凄い度数を秘めていた。クイッと飲むだけで胸は焼けるように熱く飲み込んだ後も体が熱い。
「リョウ、それよりどうしてお前は俺を気に掛けてくれるんだ?」
隣を見ると真っ赤なグラスを眺めながらそんなことを呟くユウリ。その顔は酔っているのか若干紅潮していた。
「そうだな…。お前が可哀想で仕方無いと思ったからかな…」
「可哀想?」
「そうだ。こう見えても人を見る目に自信はあるんだ。そしてお前の目を見た時にどうしても助けてやりたくなった…」
「………。リョウ、俺がお前についていこうと思ったのは何時だと思う?」
その呟きに俺はまた考えさせられる。酔った勢いなのかドンドンと聞いてくるユウリは普段の姿じゃ考えられない…。まあ、正直に話してくれたら聞いてくれるのは嬉しいんだが…。
「俺が連れ出した時か?」
「違う。俺が着いていこうと思ったのは‥」
「ん?」
回答を求めるように隣へ視線をやると既にユウリは眠っていた。バーカウンターに体を預けながら寝る姿はやっぱり普段のクールな姿からは考えられない。
「無理してたのかな…」
紫の髪を撫でると体を揺らし俺の手を避ける。グラスの隣へ御代を置きユウリを抱き上げると俺は部屋へ戻っていった。
「ふぅぅ。もう朝も近いな…」
ユウリを寝かせ空を見上げると既に東の空が明るくなっている。特にすることの無い俺は階段を降り外へ出た。
「そろそろ春か…」
宿の脇に植えられた木には桃色の蕾がつき始めていた。まだまだ冷たい風が俺を撫でるが確実に季節の足音は聞こえていた。
「少し散歩にでも行くか…」
クリスさんによればケルベロス討伐の休暇として5日貰えるということだった。なので今日から5日。俺達は暇を持て余すことになっていた。
「少し寒いな…」
《精霊魔法・温暖》
体を包むように放たれた熱気は俺の体を包み、足元の雪を溶かす。朝早いこともあり大通りには人っ子一人見当たらなかった。
「そう言えば最近、優司達に会ってないな~」
優司も優司でグループが出来ている気がする。藍夏にキルにエリ、どうせ次会ったときにはまた増えているんだろうな…。
「そうだ…。久し振りにサチにでも会いに行くかな…。闇魔法‥」
善は急げだ。俺は魔力を込めながらそんなことを考える。
「影移動」
スッと影に消えた俺が次に見たのは大きな門だった。その前には門番が立っていてまあ、普通に侵入することは出来ないだろう。
「まあいいか。こんな時は…『暗人ノ秘技』」
まるで犯罪を犯す為だけのようなこのスキルは自分を隠蔽することに秀でていた。一般スキルの『消音』や『気殺』、『断熱』や『断魔』等々の忍び込むだけのスキルが大量に統合されているのだから…。
「よし、行くか!」
塀を飛び越えると美しい庭が見え、その奥に新しく作られたのだろう闘技場が設けられていた。そしてその上では…
「っ!」
鋭く風を斬る音。青白く輝く剣は魔力を受けて鮮やかな光を放っていた。
「よう、サチ!」
「リョウさん!」
俺の声に思わず剣を落としたサチは一瞬その場へ固まると、その後には走り始めていた。
「頑張ってるみたいだな。偉いぞ!」
「えへへ、ありがとうございます♪」
抱き付いてくるサチの頭をポンポンと撫でる。意外に真面目なサチに軽く尊敬の意を抱きながらも、甘えてくるその姿を見ていると自然に笑みが溢れていた。