第170話
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
高く雄叫びをあげる狼はキッと俺を睨み付けてきた。どうやら誰が一番の脅威なのか分かるようだな。
「取り敢えず死んでくれよ。光魔法‥」
指先に強力な魔力が渦巻き次の瞬間、一点へと集まる。
「光刃狙撃」
ほんの一瞬、ピカッと光ったかと思うと魔法は光のスピードで放たれた狼の右目を貫いた。光のスピードの加速、それは何人たりとも防げない。
「ガルルルル…」
一瞬、背後へ強い魔力を感じたが次の瞬間、振り向く間もなく俺は地表へと蹴り飛ばされた。俺は完全に殺した筈なのに…。
「んぅ…。何故生きている…」
見上げると空から俺を見下ろす狼。まるでさっきとは逆の状況だな…。
「だ、大丈夫!?」
「あぁ。お前達こそ、大丈夫か?」
駆け付けたリアスに肩を借り立ち上がりながら周囲を見ると少なからず全員が怪我を負っていた。サンは奴を鋭く睨み、纏う炎はそれに呼応するように勢いを増した。
「私達は大丈夫だけど…。リョウ、その傷…」
背後から攻撃されたこともあり背中には深く傷がはいっていた。心配そうな表情をするリアスだが「大丈夫だ」と笑みを向けると改めて大太刀を構え直した。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
ドーンという大きな音と共に降り立った狼。その瞳には些か余裕が窺える。
「ユウリ、お前は俺の影に潜んでくれ。リアスとリリスは俺と共に特攻だ。ティナと後ろからの遊撃。サンは邪魔者を消してくれるか?」
「ガウッ!」
『了解!』
核爆破により剥き出しになった地上で対峙する俺達。しかしその外では数多くの狼達が再び集まり始めている。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
大きな雄叫びを上げ走り始める狼。俺が1人前に出ると鋭く剥かれた牙を大太刀を納めた鞘で防ぐ。
「行け!」
『了解!』
爪先で顎を蹴り上げながら鞘を腰元へ戻す。それと共に飛び上がったリアス達2人は大きく得物を振り下ろした。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
大きな悲鳴が上がり狼は物凄い勢いで退いた。そしてそれと共に俺達がしゃがみこむと…
「土魔法・鋭剛槍放」
頭の上を鋭い槍が通り過ぎる。そしてそれに続くように次々と放たれる槍は目の前の狼の体に少なからず傷をつける。
「土魔法・粘槍磔」
防御にまわり動けない狼へ次に放ったのは単なる槍に、見える槍。しかし狼へ触れた瞬間、その刃も柄もドロドロに溶けて狼の体を拘束した。
「あとは、お願いね♪」
俺にウインクしたティナは込められた魔力を解いた。それを合図に黄色い目玉を輝かせた狼は無防備なティナへと飛び掛かる。
ガキンッ!
「殺らせねえよ。あとお前、既に死んでるんじゃないか?」
太陽を背にした俺の影は狼の体に被っていた。そしてその首には刃が突き付けられ…
ブシュゥッ!
頸動脈を断つと共に血が吹き出し俺やユウリの体を真っ赤に染める。バタンッと倒れた狼の口からは血がダラリと流れ出していた。
「リョウ、やった…」
「ありがとな、ユウリ。最高のタイミングだよ」
「んっ……」
血塗れになった体をギュッと抱き締めながら呟く。暫くして満足した俺は大太刀を鞘に納めると死んだ狼の確認を始めた。
「ガウッ!」
「サン、終わったのか?」
「ガウッ!」
自信ありげに胸を張るサン。密林の方へ視線を向けると炎に焼き尽くされた木々が狼達を阻む壁と化していた。
「よくやったな。これなら退散する時間が稼げる!」
「ガウッ、ガウッ!」
俺の隣で立ち尽くすユウリの手を引き、リアス達の方へ歩みを進める。俺の爆風により砂に埋もれたヨルソン達はドロドロになりながら這い出てくる。
「リョウっ! やったね!」
「そうだな。早く帰ろう。これ以上襲われては敵わん…」
ティナ、リアス、リリス、ユウリ、サン、全員が集まっているのを確認すると必死に這い出てきたヨルソン達を迎え改めて人員確認を始める。
「ヨルソン、ユウ、フォール、メア……、ん、レイはどこだ!?」
「レイ…。アイツならさっきまで‥」
振り向くと地面へ倒れ伏すレイ。急いで駆け寄ったユウがその体を背負うと急いで戻ってくる。
「ユウ、レイはどうしたんだ?」
「分かりません。ただ凄い熱で…」
額に手を当てると確かに熱がある。それも生易しいものじゃなく普通に熱い。
「早く寝かせてやらなきゃな。闇魔‥」
ヒュッ!
魔法を発動しようと魔力を込めた時、何処からか放たれた何かが俺の肩に深々と突き刺さった。心臓じゃないだけマシか…。
「リョウさん!」
「心配するな。それよりも、ユウ、レイはお前が守るんだ。分かったな!?」
「は、はい!」
それだけ言い残すと肩に刺さった矢を引き抜く。ドバッと溢れ出す血が足元を汚すがそんなことは些細なことだろう。
「生きて返す分けないだろ。愚か者が。複合魔法‥」
矢が飛んできた方角の空が黒い雲に覆われる。魔力の余波により発生した暗雲は太陽の光も閉ざす。
「焔墜ノ隕石」
暗雲の中がビカッと光ったかと思うと物凄い熱気が周囲を包んだ。そして空から一筋の光が地上に届くと共に物凄い衝撃と轟音が響きわたる。
「やりすぎじゃない?」
「やりすぎじゃない。面倒な奴を連れてきやがった…」
俺の呟きと共に林の中からは小さい方の狼が無数に現れる。そしてその後ろからはあの大きめの狼も…。
「ど、どうして…。木の中にはサンの炎の壁があったのに…」
「どうせさっきの刺客が解いたんだろう。本当は拷問でもして聞き出したかったんだが…。仕方ない…」
呑気に話していた俺達だが本当はそんな余裕なんてない。少々コイツらの相手にするには力量不足の5人を連れながらの戦闘となると少し難しいところがある。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
「お前達。俺の魔法が発動した瞬間仕留めろ! 火魔法‥」
俺に手に魔力が集中する。俺は自分の足元へ狙いを定めると力一杯振り下ろした。
「放炎大柱」
バリバリにひび割れた大地から炎の柱が吹き上がる。そしてそれは炎の雨となり地上に降り注ぐ。
「お前達、行け!」
『了解!』
炎により勢いを殺された狼達を殺すなんて容易いこと。全速力で目の前まで移動し顎を打ち上げる。ただそれだけで狼の顎は砕け骨の破片は脳を掻き回す。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
「どうして邪魔するんだよ! 刀技・弐ノ閃」
大太刀を抜き放ち返す刃でトドメをさす。2本の斬撃は首を確実に斬り飛ばした。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
「ティナ!」
目の前では魔法の詠唱が間に合わず爪撃が接近するティナ。俺は相手していた狼を斬り殺すと腕を振り上げる狼の前へ躍り出た。
「リョウ兄っ!?」
深く大太刀を納刀し狼の首へ狙いを定める。
「刀技・壱ノ閃!」
刃がピカッと光ったかと思うと狼の首は落ちる。ゆっくりと鞘に納め直すとティナの方へと振り向いた。
「リョウ兄!」
「油断するな‥」
物凄い威力の打撃が俺を襲い、俺はその勢いのまま岩にぶつかる。元いた場所へ目を向けると一際大きな狼が俺に視線を向けていた。
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
狼の体がブレたかと思うとその体が2つに、3つに、4つに‥‥計10匹を越える数にまで増える。取り敢えず俺は急いでティナの元へ駆け寄った。
「勝てると思うか?」
「少し難しいね…」
「行くぞ…」
「えっ?」
目の前にいる狼に刃を浴びせると俺はティナを背負いリアス達を回収していく。そして最後にサンの所へ駆け寄った。
「サン、炎壁だ!」
「ガウッ!」
すると目の前へ炎の壁が作られそれに呼応するようにその他にも無数の壁が作り出される。
「ヨルソン、全員いるな!?」
「は、はい!」
「行くぞ! 闇魔法・影移動」
その言葉と共に俺達の体は足元の影へと消え去った。