第169話
「んっ…」
目を開けると真っ赤な瞳が俺を覗き込んでいた。そう言えば昨日、俺は戦闘のあとに気を失ってたんだな。
「ガゥゥッ…」
「よくもリョウを!」
よく見ると俺を覗き込んでいたのはティナだった。そして頭だけを動かし隣を見るとシュンとなったサンにリアスとリリスが刃を向けていた。
「止めろ!」
俺が制止するとそこにいる全員が固まった。俺を覗き込んでいたティナは気付いていたが、リアスやリリス、サンは俺の言葉に驚きでその場に固まってしまっていた。
「リョ、リョウ、気が付いたの!?」
「そうだ。それより剣を下ろせ…」
「ど、どうして! この魔物が‥」
「違う。ソイツは俺を守ってくれたんだ」
「守った?」
丁寧に畳まれ傍らに置かれたいたコートを羽織り反対側に置かれた大太刀を手に取る。そして心配そうに俺に視線を向けるティナに笑みを浮かべると手を差し出す。
「良かった…」
「ホント、心配かけてばかりだな…。ゴメン」
ティナを連れサンの隣へ移動すると安心したのか俺に頭を擦り付ける。垂れ下がっていた尻尾は嬉しそうに揺れた。
「ガウッ!」
「ゴメンな。お前にも心配かけたな…」
その背をゆっくりと撫でながら言い聞かせるとゆっくりと焚き火の方へ誘導する。それに伴いリアス達もついてくるのだが、その表情は訝しげだ。
「で、どういうことなの?」
パチパチと焚き火が音をたてるなか、俺の対面へと腰を下ろした2人は早速俺に問い掛けてくる。サンは2人の勢いが少し怖いのか小さくなりながら俺の背に隠れた。
「サンのことは覚えてるか?」
「覚えてるよ。リョウが魔法で作った魔物だよね?」
「そうだ。俺が作ったんだからある程度改造もできるよな?」
「まさか?」
「そうだ。コイツは紛れも無くサンだ。実は昨日、魔物の群れが襲ってきてな…。それでサンは重症だったから肉体を変えたんだ」
「そんな簡単に言うこと?」
「俺のスキルを使えば難しいことじゃない」
「……。もうリョウだからって理由で片付くね…」
「酷くないか?」
『酷くない!』
断言する2人に心中、「酷い」と愚痴を溢しながら隣へ視線を向けると、ティナはサンが気になるのか背中に手を当てような当てまいかと迷っていた。
「ティナ、普通に撫でてやれば良いんだ」
「リョウ兄! じゃ、じゃあ…」
ティナの手が背に触れるとサンは片目でティナを見て次に俺を見た。そして俺がうなずくと立ち上がりティナの周囲を歩いた後、ティナへ頭を擦り付ける。
「ガウッ、ガウッ!」
「や、ちょ、リョウ兄?」
「撫でてやれば良いだろ?」
俺の言葉にうなずいたティナは恐る恐る背を丁寧に撫でる。その撫で方があまりに丁寧だったのもありサンはゆっくりと座り込むと目が眠たそうにトロンとしてくる。
「ガウゥ…!」
いつの間にかサンは目を閉じて眠っていた。その姿には思わずリアス達も笑みを浮かべていた。
「リアス、ユウ達は?」
「昨日の獲物じゃ心許ないからグループに分かれて狩り。私達はヨルソンとユウが残ってて良いって!」
「実は魔力が戻ったんだ。だからそろそろ帰れるんだが…」
「じゃあ朝食済ませちゃえば帰れるんだね?」
「そうだ。まあ、5日間帰らなくて俺達は死んだことになってるかもしれないがな…」
そんなジョークを飛ばしながら俺は空を見上げた。何か嫌な予感がする。俺は右手の大太刀を強く握り締めると無邪気な表情を浮かべるサンを眺めていた。
「リョウさん!」
「よく帰ってきたな。何か仕留められたか?」
「いいえ…」
「そうか。まあ、狩りはお前達の本職じゃないもんな!」
「………」
「それよりも来客の相手をしなければな…」
俺が立ち上がると共にリアス達3人は自分の得物を持ち立ち上がる。サンは牙を向き威嚇の姿勢をとる。
「リョウさん、何を…」
「お前達じゃ無駄死にするだけだ。固まって自分を守ることに専念しろ」
戻ってきた5人を無理矢理自分達の後ろへ庇うと大太刀を抜き放った。そしていつの間にか俺の隣へ現れたユウリも俺に一瞬笑みを向けた後、短剣を引き抜いた。
「ガルルッ!」
「ガルルッ!」
相手は昨日と同じ狼達。特徴的な黄色い眼が怪しく連帯感を出している。
「お前達、目的は防衛だ。退けるだけで良い!」
『了解!』
『ガルルルルルルルルッ!』
どうやらヨルソン達を追ってきたようで狼達は林の中を犇めくように集まってきていた。そして1匹が飛び出した瞬間、それに同調するように他の狼達も走ってくる。
「サン、お前は遊撃に回ってくれるか?」
「ガウッ!」
「ありがとな。火炎魔法‥」
左手に黒炎が宿り大きな炎球を作り出す。それの内部では爆発が抑えつけられているようだ。
「爆炎球」
俺の声と共に炎球は勢いをつけて飛んでいく。そしてそれは戦闘の狼にぶつかった瞬間、物凄い勢いで体積を増し大きな爆発へと化した。
「暴れてやれ!」
「ガウッ!」
俺の崩した群れの中に突っ込んでいくサン。その体はいつの間にか黒い炎に包まれ触れようとする狼を近付けない。
「俺も負けてられないな…」
《闇魔法・堕染剣》
黒く染まる刃が明るい陽光に黒く光る。そして狼を斬った瞬間、舞い上がる血飛沫により妖しげな美しさを増した。
「ガルルッ!」
「お前達は昨日、俺だけに飽きたらずサンまでも殺したよな!?」
グサッ…
切っ先は確実に心臓を貫き内部の魔晶までも一緒に破壊した。しかし数はそれ1匹じゃない。無数に襲い掛かってくる狼達は数の限界が見えない。
「ガルルッ!」
ドンッと柄頭で殴り飛ばし吹き飛んでいく狼の足をガッシリと掴む。そしてグルッと振り回すと周囲の狼へ投げ飛ばした。
「ガルルッ!」
「本当にきりがないな。堕土魔法‥」
地面へ突き刺した刃から地中へ魔力が放出される。そして一帯へ魔力が満ちた頃…
「死ノ底無シ沼」
ドボンと物が落ちるような低い音と共に魔法の発動した範囲は底無し沼と化した。そしてそれに使った者は意識を沈むごとに奪われ全身が沈んだときには命も同時に奪われた。
「ふぅぅ。まだまだ行くぞ。刀技・壱ノ閃」
サッと大太刀を振り下ろすと共に一筋の斬撃が群れを真っ二つに割った。それも、横向きにだ。体を半分にされた魔物達は何も分からないまま死んだだろうな。
「ガルルッ!」
「まだやるのか!」
少しイラッとして本気で蹴ってしまった。吹き飛んだ頭は細かな肉片と化し木々を汚す。
「ガルルルルルルルルッ!」
コイツらには恐怖がないのか。いや、そんな筈はない。最低でもサンは怖さや喜びを感じることができるんだから。
「もういい。直ぐに片付ける…『忍ノ道』」
スキル発動と共に俺の体はブレて無数の分身を作り出した。因みにその分身には俺を全くコピーしただけの力がある。
『死を授けてやろう。火炎魔法‥』
飛び上がった全ての分身の手に圧倒的な量の魔力が宿った。そしてそれはドンドンと量を増し直径10センチ程の火炎球と化す。
『核爆破!』
ーーーー!ーーー!ーーーーーー!ーー!!ーー!!!ー!ーーーーー!ー!!ーー!ー!
叫びと共に放たれた数多の火炎球はそれぞれが地表にぶつかると共に耳を劈くような爆発音が響き周囲の木々を爆風だけで切り裂き潰し吹き飛ばした。そして燃え広がる炎は残る狼達も燃やし尽くしていった。その時、俺の目の前では嫌な記憶を呼び起こす光景が広がった。
「合体か。またやるんだな…」
生きてる者も死んでる者も含め狼達の体は次々と黒く染まりながら1ヶ所へ集まる。待てよ…。群れの規模が昨日よりも大きい。もしかして…
「ガルルルルルルルルルルルッ!」
俺の心配は的中。昨日よりも大きな影から現れたのはそれに見合う程の昨日より大きな狼だった。