第167話
「今日は俺が見張りをするからお前達は全員寝てろ」
『………えっ!』
俺はそう言い放つと大太刀を突き立てる。女性陣には洞窟を使わせヨルソン達には焚き火の周辺を使わせればいいだろう。
「俺の体は回復した。あとは魔力が戻るだけなんだ。だから心配しなくていい。なっ?」
咄嗟に不安そうな表情に変わるリアスにそう言うと大太刀をふって見せる。風切り音と共に斬り倒された木の断面はそれだけで刃物になるほど鋭い。
「…………」
「それにサンもいるんだ。戦力的には十分だろ?」
「ガウッ!」
「分かったよ…」
半ば強引に話を進めるとリアス達は洞窟の中へ、ヨルソン達には焚き火の周辺を使うように言ったあと夜の暗い池の縁へ立った。
《皆を退けて何をするの?》
《いや、早く帰してやりたいなと思ってな…》
《そう…。何かあては?》
《使えないわけじゃないんだから今魔法を使えば…》
《ダメだよ。今の君じゃあんなに膨大な魔力なんて使ったら再起不能かもね!》
《………。どうすればいいだろうか?》
《我慢することだね。あと丸一くらい魔力に手を出さなかったら回復するだろうし!》
魔力を使おうと意識するとズキンとその部位が傷んだあと、頭を強い痛みが襲う。隣では心配そうにサンが視線を向けていた。
《不気味だな…》
《そうだね。やっぱりヨルソン達は起こしておいた方が良かったかな?》
《いや、問題ないだろ。と言うより起こさない方がいいな…》
俺の目線の先、月を背にした草村の中に潜むのは体長0.6メートル程の真っ黒い狼。それも1匹じゃない。無数に黄色く光る目玉はそれが大きな群れであることを知らしめる。
「ガウッ!」
「お前も手伝ってくれるのか?」
「ガウッ、ガウッ!」
「ありがとな。けど、今回は下がっていてくれ。危ないからな!」
「ガゥゥ…」
「そんな顔するなよ。じゃあ行ってくる。リアス達を頼むな!」
「ガウッ!」
サンの頭をポンポンと撫でると俺は飛び上がる。そう、飛び上がった。大きな翼が月光を閉ざし池は黒に染まった。
《僕も手伝おうか?》
《手伝えるのか?》
《君の許可があればね。霊体だしあくまでも君だからね。君が許可を出してくれて肉体をくれるなら、いけるよ!》
《そうか。なら狼1匹でも狩ればいいか?》
《いいよ。じゃあね!》
夜の闇夜に紛れ大太刀を切り下ろす。一瞬の間に斬り殺された狼は叫び声をあげること無く息絶えた。
《これでいいか?》
《十分だよ!》
「ガルルルルルルルルルルッ!」
俺の斬り殺した狼が立ち上がった。傷は瞬く間に回復して、目には強い殺気が宿る。
「行くぞ!」
「ガルッ!」
魔物になってしまっては会話さえ出来ないようだ。黒い毛を逆立てて飛び出した裏背の早業に目の前の狼達は首から血飛沫をあげる。
「俺もいくか。刀技・空斬」
飛び掛かってきた狼へ抜刀すると問答無用の刃にその体は真っ二つに斬り裂かれる。
「ガルッ!」
「お前達は俺の敵だ!」
左手に噛み付いた狼の首を掴むと右手に握った大太刀の柄頭で殴り殺す。そして返す刃で後ろの敵を数匹纏めて斬り殺した。
「ガ、ガルッ!」
「なんだ、恐れてるのか? こんなガキにか?」
血に濡れた刃を向けると明らかに恐怖に染まった目で俺を見ている。改めて思ったがやはり俺の身体能力は力を借りるごとに増している。
「ガルルルルルルルルルルッ!」
1匹の勇敢な奴が周囲を奮いたたせるように大きな雄叫びをあげた。それにより俺を囲む奴等の士気は向上したが逆に寿命を縮める結果となる。
「かかってくると良い。コイツの錆にしてやる!」
「ガルッ!」
大きく飛躍し飛び掛かってきた奴に刃を突き刺し同時に襲ってきた奴には左手の形状を刃にして受け止める。折角の特別製なのに使ってなかったからな。
ブシュッ!
「集中すればするほど精密な操作ができるのか…。試してみよう」
手を魔物へかざす。するとそれと共に魔物の目から光は消え失せ、倒れ込んだ。
「…………」
「本当に死んだみたいだな。成功か…」
触れずに、魔力も使わずにどうやって殺したのか。それは意外にシンプルだったりする。なにせ見えない程の針を心臓へ突き刺し内部から掻き回しただけなのだから。
「ガルッ!」
「ガルッ!」
ドンッ!
「少しの猶予もないんだな…」
俺の両手に噛み付こうと同時に突っ込んできた狼。それに答えるように刀身と鞘で殴り付けた俺はとどめに刃を浴びせた。
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「本当にキリがないな。刀技・針嵐閃」
スゥと空をなぞるように切っ先を振るう。するとそこから生成された針が刃の勢いに乗せられ狼達を襲う。その針の鋭さは凄まじく抵抗無く狼の体を貫いていく。
「ガ、ガルゥ…」
「こうやって殺してもなかなか減らないんだよな。お前達は…」
死んだ狼、魔物は生きかえらない。しかしその上を踏み潰しながら進んでくる狼達は減るどころか増えてるようにさえ思える程だ。
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ちっ、煩いんだよ!」
目の前から飛び掛かる狼の顔を斬りつけ、円を描くよう後ろの狼の首を斬り飛ばす。そして反対側から襲ってくる奴には左手の形を変え内部から針山にして殺した。
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「だから煩いんだって!」
流石に連戦で戦っていると疲れてくる。普段なら問題無いのだろうが、精神力をジリジリと削るような刀技の連続使用と魔力による補助が一切無い状況では体力も尽きてくる。
「ガルッ!」
「ぐはっ! やりやがったな!」
いつの間にか回り込んだ狼に右手を噛み付かれ動きがとれない間に腹へ突進を喰らわされた。そして追撃するように襲ってくる狼達に体のあちこちを噛み付かれる。
「ガルルッ!」
「ガルルルッ!」
「ガルッ!」
「いい加減にしろよ!」
もうどうなっても構わん。身体中に魔力を巡らせ狼達を吹き飛ばすと一気に向上した身体能力を乗せ大太刀を鋭く切り払う。
「…………」
「はぁ、はぁ、はぁ。くそっ!」
頭を強い痛みが襲う。しかしそれとは逆にドンドン俺を囲む狼達の数は多くなる一方だった。
「ガルッ!」
「ガルッ!」
「ガルッ!」
いつの間にか俺の隣には俺に従うように狼が1匹座っていた。一瞬敵かとも思ったが目に宿る殺気を見れば分かる。裏背だ。
「裏背、その目はどうした?」
「ガルッ!」
気にするなと言うような声を上げる裏背は目の前の狼に噛み付きその喉笛を噛み千切る。そして後ろから襲い掛かってくる奴には影になって避けると逆にソイツの後ろから現れて首を叩き折った。
「やるな、裏背。俺も負けてられん」
このさい頭痛なんて気にしてられない。1度魔力を使った俺の体は黒い魔力、謂わば瘴気を抑えられず溢れ出す瘴気だけで周囲の狼達の意識を無意識に刈っていく。
「ガルルルッ!」
その中でも進化しているのか体格の大きな個体が俺の前に立ち塞がる。強い魔力を受けて急激に進化たのかその目は血走っていた。
「俺と勝負するのか? お前には刀技だけで十分だ…」
「ガルルルッ!」
激昂して手を振りかざす狼。鋭く伸びた爪は容易く俺を切り裂くだろう。
ガキンッ!
「だから言っただろ? 刀技・閃斬」
瘴気を纏い黒く輝く大太刀は刀技の力もあり紙を斬るよりも容易く狼の体を真っ二つにする。鋭い断面は血の一滴も吹き出さない。
「ガル…」
俺が死に損ないにとどめをさそうと刃を近付けた瞬間、狼達の目から光が消える。そしてその体が黒い影となり1ヶ所に集まる。
「嫌な予感がするな…」
「ガルッ…」
その時、俺と裏背の前には黒い影が膨らみその中からは嫌なシルエットが姿を現したのだった。