第165話
「お、おい何してるんだ!」
「ガウッ! ガウッ!」
心配で駆け寄ってみたがサンは普通に尻尾を振りながら俺の頭を擦り付けるだけだった。
「魔晶なんて食べて大丈夫なのか?」
頭を撫でながら尋ねるが当のサンは何もきにしてないような態度だ。『智神ノ叡知』による基本知識を合わせても魔物が魔晶を食べるなんて考えられない。
「ガウッ!ガウッ!ガウッ!」
俺の心配をよそに楽しそうな態度をとるサンは頭を擦り付けたり甘噛みしたりと甘えてきていた。
「まあ、いいっか!」
本人が何も考えていないのに俺が何か考えても仕方ない。諦めて構ってやることにした俺が首の下を撫でてやると目を細めながら「もっと!」と言うように押し付けてくる。
「ガウッ~~」
「今度お前にスキルをやるよ。楽しみにしててくれ!」
「ガウッ!」
もう少し『能力工学』の能力を高めることが出来れば要素ごとを合成することができると思う。もしそんな事ができるようになれば言葉を交わせるスキルも作れるかもしれない…。
「お前と早く言葉を交わしたいものだ…」
「ガウッ!」
俺が立ち上がり歩き出すと軽快な足取りで俺の先を歩く。水面に移るボヤけた俺達の姿はまるで種族は違えど親子のようき見えた。
「お帰り~。あれ、連れていってたの?」
「ついてきてた!」
歩いている途中から急に風が強くなってきて、急いで帰ってきた俺達は野営地に戻った瞬間、焚き火に飛び付くように腰を下ろした。
「リョウさん、その子賢いですよ!」
「サンか? まあ、人並みの知能はあるからな」
「人並み!」
「そうだ。そもそも普通の魔物じゃないしな!」
「どういうことですか? と言うよりそれは聞いても良いことですか?」
「どうだろうな!?」
「…止めておきます…」
サンについては聞かれても問題無い。何故なら俺の手製の肉体で、魂も少し弄ってあるから。本当はこのスキルはこんなことに使うんじゃないんだろうが、こんな使い方もありだろう。
「そうか。まあ、お前の指摘通りサンは人並みとはいえ頭1つ抜けて賢いと思うぞ。なあ、サン?」
「ガウッ!」
狼なので体格は犬なんかとは比べ物にならない。しかし俺の隣で背を撫でられながら目を細める姿は普通の犬なんかよりも可愛らしい。
「魔物に見えませんよ…」
「言いたいことは分かる。けど、俺は魔物でも何でも慕ってくれるんだからちゃんと向き合ってやりたいんだ!」
俺の言葉に片目を開けたサンは俺の方へ少しだけ体を近付ける。赤い尻尾が嬉しそうに揺れていた。
「…………」
右側ではそんな他愛もない会話が繰り広げられていたのだが反対の左側では1人焚き火に当たるリリスがチラチラと俺の方へ視線を向けてきていた。
「お前はさっきから何してるんだ?」
強引に袖を掴むとすぐ隣まで引っ張る。急なことに縮こまったリリスは小さくないながらも俺を見つめていた。
「構ってくれないんだもん…」
拗ねて愚痴を溢す姿はリリスには悪いが悪戯心を燻られる。ここで調子にのってイジり続けると後で後悔することになるんだろうな…。
「………」
敢えて無言で肩を抱き寄せると静かに目を閉じる。何も考えず何も見ず何も聞かず、触覚だけを頼りに全てを感じとる。
「リョウ?」
「どうした?」
「いつもと違うなって…」
「いつもの方がいいか?」
「そんなんじゃないけど…」
頬を膨らませてうつ向いた。実は俺の中では既に悪戯心等は消え失せて逆に親愛の愛情さえ芽生えていた。
「たまにはいいだろう。急がなくても俺達はまだまだ一緒にいるんだから…」
冷静に自分達を見てみると俺達はほぼ永久の時を共に過ごすことになるだろう。永久の肉体の俺、そしてそんな肉体になる兆しを見せているリアスとティナ。まだ片鱗を見せていないだけでリリスも因子はあるだろう。親が既に昇華しているんだから。
「離れたくないね~」
「そうだな。今度離れたら立ち直れそうにない…」
前はリアスを失いティナを失いユウリを失った。それに加えシュラも失ったし数多くの知り合いも次々に失った。もうあんな経験はしたくない。今手の中にいる愛しい存在を失いたくはないんだ。
「私がいなくなったら悲しんでくれる?」
「悲しまない!」
「えっ?」
「俺は壊れると思う」
「………」
「だからお前は絶対に逃がさない。逃げたくなっても逃がさないからな!」
「……。ふふ、私もリョウが嫌って言ってもついていくからね!」
俺の手をギュッと握り呟くリリス。優しく放たれたその言葉だが強い宣言のような意味合いも込められていた。
「俺は嫌にならねえよ!」
誰にも聞こえないよう、水面を見つめながら小さな声で呟くのだった。
「ただいま!」
「おかえり、ティナは?」
「2手に分かれたから分かんない。ヨルソン、ちゃんと運んできてるよね?」
「リアスさん、人使いが荒いですよ…」
森林から出てきたリアスは密集した森林を歩いてきたせいか美しい髪はボサボサに乱れ、フサフサの尻尾には枝が絡まっていた。
「よくやったな、リアス。ヨルソンも礼を言うぞ。獲物は洞窟の入り口近くにでも置いてくれ」
「はい!」
「あと、リアスはこっちこい!」
「なに~?」
そう言って自分の前へリアスを招くとアイテムボックスから櫛を取り出す。適度な大きさのある石の上へ腰を下ろしている俺がリアスを前に座らせると丁度いい高さになる。
「じっとしてろよ…」
取り出した櫛は櫛歯の間が小さくスゥッと髪を撫でると、乱れた髪は効率良く元の状態へと戻っていく。そして俺が櫛を撫で下ろす度に妙に体を強張らせる。
「やっ、少し、くすぐったいよ…」
「少し我慢してくれ…。あと少しだから…」
間違って獣耳に触れようものなら一瞬で俺の手から抜け出しそうなリアス。このあと、尻尾の方もやろうかと思ってるんだが…。
「終わったの?」
「終わったぞ。お疲れ様!」
「じゃあリョ‥」
「次は尻尾だな!」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、今、えっ、待って!」
サッと櫛で尻尾を撫でると髪の時とは比べ物にならない程の反応を見せる。撫でる度に体を強張らせる姿はどこか艶かしい。
「終わったぞ!」
「はぁ、はぁ、はぁ…。待ってって言ったのに…」
「もっとやってやろうか?」
「ダメ! 次やられたら…」
「次やられたら、なんだ?」
「ぅ……。リョウが意地悪する~」
そう言って微妙な抗議の視線を向けてくるリアスだがまるで抗議になっていない。
「ならもっとやってやるよ!」
「え、ちょ、お願い本当に!」
逃げようと体を乗り出したリアスだったがその時には既に俺の手の中だった。そして数分後、十分に楽しんだ俺はリアスを離す。
「どうだ?」
「……。もう、ムリ。体に力、入んない…」
俺が離したのにも関わらずその場所から動かないリアスの額には汗が浮かんでいた。またその息は荒く、体力を削られたというのは明白だ。
「ねえリョウ、そろそろ?」
近付いてきたリリスがそう耳打ちするので示された森林の方へ目を向ける。すると草木を掻き分ける音、そして数名の足音が聞こえる。
「帰ってきたのかな?」
「だと思うよ?」
リリスが言おうとしていたことは分かる。しかし少し遅かった。俺がリアスに目を向けようとした頃には既に森林の中からティナは姿を現していた。
「ねえリョウ兄、説明してくれるかな?」
その問答無用な言葉に俺は頷くことしか出来なかった。