第164話
「リョウ、なの?」
「心配かけたな、リリ‥」
俺が言葉を発そうとした瞬間、既にリリスの体は俺のすぐ近くに移動していた。
「ごめんね。私がもっと強かったらリョウ1人にやらせたりしなかったのに…。ゴメン…」
「リリス…」
もしかすると俺が気を失ってからずっと責任を感じていたのかもしれない。そう思うと俺の心も同時に締め付けられ、戦場にも関わらず立ち止まってしまった。
「…………」
何を言われるのかと怯えた顔だ。そんなに身構えなくていいのに…。俺が、責められるわけないだろ…。
「よくやったな!」
「えっ…?」
「リリスのおかげでコイツらの足止めができた。俺のいない間、皆を守ってくれたんだな、ありがとう」
「リョ、リョウ…」
「けど一先ずは帰るぞ。リリスも連戦で疲れただろう。リアス、ユウリ、俺はリリスを背負うから血路を開いてくれるか?」
「いいよ。今はリリスのだもんね!」
「リョウ、承知した!」
そう言って再び始まる血の演舞。しかしそれは圧倒的過ぎた。結果、上位種の減った状況で2人の前を閉ざす者は無く、それはまるで無人の中を走るように見えた。
「おかえり~」
「ただいま。ユウも回復したようだな?」
「お陰様で…。ありがとうございます」
「ありがとうございます…」
なんとか設置したのだろう焚き火にティナ、ヨルソン、フォール、メア、ユウ、レイの留守番メンバーは当たっていた。そろそろ春に近付いたとはいえまだまだ寒い中、外にいるのだから仕方ないだろう。
「これで全員揃ったわけなんだが…、取り敢えず方針は決まっているのか?」
『…………』
「決まってないんだな。なら一先ずはここで野営準備だ!」
「帰らないの? リョウの魔法なら一瞬でしょ?」
「今は…、魔力を使えないんだ…」
「えっ…」
『…………』
「……」
俺に話し掛けていたリリスは勿論、その隣や後ろにいた皆が言葉を失った。まあ、仕方ないだろうな。やっと帰れると思っていたんだから…。
「じゃ、じゃあさっき、私を助けてくれた時も?」
「生憎な…」
「そ、そんな体で…。ありがとう!」
「俺の不始末だからな…」
礼を言ってくるリリスに顔を伏せながら答える。俺の場合、魔力を使えないなんて戦闘能力を半分以上殺がれたのと同じだ。
「リョウさん、ならこの洞窟を使うのはどうですか?」
「そうだな。水はあるが食料がない。動ける者は俺についてきてくれ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
俺が踵を返し森林の中へ戻ろうとするとリアスが急いで俺の前を塞ぐ。心配性な奴だな…。
「行くなって言うんだろ?」
「分かってるなら自分を大切にしてよ!」
「自分の不始末は自分で方を付けなければ!」
「私達じゃ不安?」
「そんなこと言ってないだろ!」
「家族でしょ? 助け合いじゃない?」
「…………」
「私達に任せてくれる?」
「はぁ…。分かったよ」
「ありがと。じゃあ行こう。ティナとヨルソン、フォール、メアはついてきてね!」
『はい!』
4人を連れ森林の中へ入っていくリアス。その後ろ姿を見送る俺とリリスは微妙に複雑な気分だ。
「怪我人は邪魔か…」
「そうみたいね。私もボロボロになっちゃった…」
鎧を着けないリリスは直に攻撃がとおる。と言うことで服はビリビリに破れ身体中には掠り傷から切り傷まで様々だった。
「はぁ…。これでも着てろ。寒いだろ?」
「いいの? それじゃあリョウが寒いんじゃ?」
「俺は耐性がある」
「そう…。ありがと!」
上着に着ていた黒コートを手渡し俺自身は焚き火の近くへ腰を下ろす。そして横目で俺を見るユウリに目を合わせると静かに俺の隣へ腰を下ろした。
「お前は寒くないのか?」
「俺は大丈夫。それよりリョウは本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。お前こそ寒くないのか?」
「スラムよりマシだ!」
「…………」
俺の問い掛けに断言形で言い放った。試しに肩に触れると冷たく冷えきっていて、寒くないなんて嘘だ。
「何をする?」
「この方が寒くないだろ?」
「…………」
意外に小柄なユウリは抱き寄せてみると余計に小柄に感じる。そしてこの小さなユウリがどれだけ辛い思いをしてきたのかを考えると本当に哀しくなる。
「ユウリ、転生してからは何してたんだ?」
「スラムで裏業者に捕まっていた…」
「はっ?」
「そして散歩の時に助けてくれた…」
「じゃあもしかして俺が仕留めた男達って?」
「俺を捕まえた奴等!」
裏背に任せて拷問にも掛けてもらおうかな。戦闘員はともかく幹部らしき男達は俺が殺した。ならば当然生魂も貯まっているだろう。
「もっと早く見付けてやれば良かったな…」
「今、お前に仕えられているからいい…」
返されたその言葉に嘘は感じられない。本心から放たれたのだと分かるその言葉は不思議と心に伝わった。
「ユウリ、お前の望みってなんだ?」
「お前に仕えること…」
「そうじゃなくてさ…。何か欲しいものとか、何かしたいこととかないのか?」
「…………。従者に情けは無用だぞ?」
「はぁ…。お前は俺の従者じゃなく戦友だぞ?」
「………。そう言われても急には思い付かない…」
「そうか。そうだな…。まあ、好きな時で構わない!」
「ん!」
途切れた会話の中で俺が見たのは少し嬉しそうに口角を上げたユウリの笑みだった。初対面の時は絶対に笑ってくれないと思っていたのだが、改めて考えると打ち解けられた感じで嬉しく感じる。
「俺は少し歩いてくる。誰もついてくるなよ!」
「分かったよ!」
「はっ!」
2人の見送りを受け俺は池の外周を歩き始める。もしもの為、左手には大太刀を持ちいつでも抜き放てるように準備していた。
「ガウッ! ガウッ!」
「ん、サン! お前はついてきたのか?」
「ガウッ!」
「お前にも悪いことしたな。痛いだろうに…」
俺の回りをクルクルと回りながら尻尾を激しく振るサン。しかし毛皮の所々についた傷は実に痛々しい。
「ガ、ガウッ!」
俺を見つめながら「大丈夫っ!」というように鳴き声をあげた。勝手に俺が創って、勝手に俺が連れ回しているのだからサンからすれば迷惑なだけなのに…、賢い奴だな…。
「全部俺が勝手にしてることなんだから、いつでも出ていっていいんだぞ?」
「ガ、ガウッ! ガウッ、ガウッ!」
俺は抗議するように頭突きをかまされた。俺の言葉、何か間違っていたんだろうか?
「前も思ったが本当にお前と言葉を交わせればいいのにな…」
リアス達を抜けばここまで信用し、信頼できる者はいない。それにいつでも俺の近くにいてくれるんだから…。
「ガウッ~!」
機嫌がいいのか尻尾を横に激しく振るサンは後ろから見ていると実に愛らしい。その姿に見とれ、思わず注意力が散漫になっていたその時…
「●●●●●●●●●●!」
「なにっ!」
サッと交わしたがまさかここでコボルトに会うとは…。残党なのか元々ここに生息していたのか…。
「●●●●●●●!」
「お前なんかに負け‥」
「ガウッ!」
俺が大太刀を抜き放とうと柄に手を掛けたその時、既にコボルトの首は残っていなかった。そして血の後を追うとバキバキに砕かれた首を踏みつけるサンがいた。
「サ…、ん、何してるんだ?」
俺が「よくやった」と声を掛けようとすると、サンは死んだコボルトの胸元に口を近付けるとその表皮を喰い破る。
「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」
そして咥え出したのは濁った小さな魔晶。残った死体は用済みというように蹴り飛ばした。
「魔晶、どうするんだ?」
「ガウッ!」
「なっ!」
その時、驚くことにサンは濁ったその魔晶を丸飲みにしたのだった。