第162話
《それにしても、片割れって具体的にどういうことなんだ?》
《極端な精神の権化さ。君の場合、抑え付けていた愛情だね!》
《っ!》
《ふふっ、君は人から何の愛情も向けられなかった。そして君自身も愛情なんて抱かなかったし向けなかったよね。この意味、分かるかな?》
《………。愛情か…、自覚はしている。しかし何故今の俺にはあるんだ?》
《君に愛情なんて残ってないよ…》
《………》
伏せられた顔には悲壮が浮かんでいた。しかしそれとは逆にその言葉を聞いた俺には何の気持ちも浮かんでこない。
《そろそろ帰ると良いよ。君が来たいならいつでも招待してあげよう。じゃあね…》
悲しそうに手を振る裏背。それと共に俺の意識は深い闇へと墜ちていった。
「ん、ここは、どこだ?」
目を覚ますと暗いゴツゴツした岩が見える。背中にもゴツゴツした何かが当たり、たまに落ちてくる冷たい滴は俺の髪を濡らしていた。
「ここは…?」
体を起こすと少し遠くに光が見える。どうやら洞窟のようだ。高さ1.5メートル、幅2メートル程の洞窟は人1人が入ると考えるお少し狭い。
「ん?」
隣を見ると壁にもたれ掛かりながらフードを深く被った人が槍を抱えながら寝ていた。まあ、見れば分かる。ピョコッと生えている山吹色の尻尾とフードからチラチラと見える長髪を見れば分かるだろう。
「お前、ずっと一緒にいてくれたのか?」
最低でも俺はあれから丸1日寝ていただろう。リアスには礼を言わなきゃな…。
「んぅ…」
「危ねっ!」
寝返りを打つように体を揺らしたリアスは座っていた状態から倒れてしまう。ギリギリの所で受け止めたがホント、ちゃんと寝転がればいいのに…。
「んにゃぁ…。んぅぅ~」
膝の上へ乗せ頭を撫でていると体を揺すって尻尾を揺らした。鮮やかな毛並みが実に美しく揺れている。
「やっ…」
位置を変えてしまったせいか滴る雫が丁度リアスの顔へ命中した。それが余程冷たかったのか体をビクッと震わせ、俺の方へ寝返りをうった。
「んっ、起きたのか?」
うっすらと目を開けるリアスだったがその目に意思の色はない。しかし暫くすると焦点のあってなかった目が俺を捉え目が見開かれた。
「リョウ…、リョウ~!」
「うわっ、リアス待て!」
フードを脱いだ下には美しい赤眼のリアス。そして瞬く間に押し倒された俺の上ではリアスが俺に頬擦りしていた。
「リョウ~、心配したんだから~!」
「リアス…」
いつの間にかリアスは泣いていた。俺に顔を擦り付けながら泣くリアスに俺は久し振りにどうすれば良いのか分からなかった…。
「良かった…、良かった…、リョウが、戻ってきてくれて…」
涙を拭いながら笑みを浮かべるリアス。そしてまた泣いた。
「心配、掛けたようだな…。ごめん…」
なんとも居たたまれない気持ちになってしまうじゃないか。リアスの泣き顔を見ぬよう、俺は深く懐に抱き締めた。
「ホントに、ホントに心配したんだから!」
「今回ばかりは無理したよ…。丸1日も…、ごめんな…」
手の中で泣きじゃくる姿を見ていると胸が締め付けられるような感覚に襲われる。余りにも愛しい感覚が俺を満たすが同時に切ない感覚にも襲われた。
「ありがとう。起きたばかりなのに、ごめん…」
「こちらこそ、ごめん。心配、掛けたようだな…」
「リョウが気が付いただけで十分だよ!」
そう言ってにこやかに笑った。思わずもう1度抱き締めそうになったがギリギリの所で我慢して頭を撫でるに留まった。
「リアス、もしかしてずっとここにいたのか?」
「う、うん! し、心配だったから…」
「リアス…、ありがとな!」
目線を逸らせながら呟くリアス。恥ずかしそうに呟く姿にこっちまで恥ずかしくなる。誤魔化すように顔が見えないよう、右手に抱きしめた。
「やっ!」
「少しこのままでいいか?」
「うん…。嬉しぃ…」
洞窟の湿った風が山吹色の髪を揺らす。チラチラと髪の間から覗かせる顔は真っ赤に染まっていた。
「ありがとな!」
「えへへ、私もありがと!」
前髪を触りながら照れたように笑う。その時、洞窟内に静かな足跡が響いた。
ゴトッ…
「リョウ兄…」
「ティナ!」
振り向くとリアスと同じようにフードを深く被ったティナが大きな水桶を落としたところだった。
「ぐすっ…ぐすっ…。リョウ兄~!」
ダダダッと走ってきたティナはそのまま俺に抱き付いてきた。リアスも雰囲気を読んだのか1歩下がって俺にウインクを飛ばした。
「ごめん、心配かけたな…」
「大丈夫! リョウ兄が目を覚ましただけでティナは嬉しいよ!」
「ありがとな。それも、重かったろ?」
俺達の中で1番小さなティナからすれば桶いっぱいに入った水も重かった筈だ。本当に感謝しなければならない…。
「そんなの、リョウ兄に比べたらどうってことないよ!」
「嬉しいことを言うじゃないな。俺も次からは気を付けなきゃな!」
手も足も動く。体の諸機能は問題なく動くのだが、裏背の言っていた通り魔力操作だけが難しい。大太刀を手元へ出現させるのも難しければ魔力によって力の入らないところを補強することもできない。
「リアス、他の皆は?」
「洞窟の外にいるよ。リョウがいなかったから帰ることもできなくて…」
「そうか。迷惑掛けたな…」
「そ、そんなことないよ!」
慌ててフォローしようとするリアスを手で制し、大太刀を握り締めると洞窟を出ていく。歩く度になるペチャペチャという水の音が、ここの湿度の高さを示している。
《魔力を使う気じゃないだろうね!》
《使う。使えるんだろ?》
《使えるけど体への負担は普段の数十倍だよ!?》
《もしもの時しか使わないから大丈夫だ!》
久し振りの日の光。目の前には大きな池が広がり池の周辺に生える木々は先が見えぬ程密集していた。そして足元に何かが擦った後があることから、恐らく俺達のいた洞窟は元々何かの巣穴だったのだろう。
「リョウ…。安心したぞ」
「ユウリ、ありがとな」
それだけで会話は途切れる。しかしそれだけでいい。お互い、気持ちは伝わったから…。
「リョウさん、目を覚ましたんですね!」
「すまん、迷惑を掛けたな…」
「迷惑だなんて…。まだ5日しか経ってませんよ。そんなの騎士団の遠征なら日常茶飯事ですよ!」
「5日…?」
「はい。あれだけの魔物を1人で相手したのに、たった5日で回復するなんて流石リョウさんです!」
「………。分かった。今の状況は?」
「それは私が説明するよ!」
前へ出てきたリアスはフード付きのローブを脱ぎ去りながら話す。
「頼む」
「ここはソラル平原から1日くらい歩いたところ。そして今は取り敢えずここに構えて野営状態!」
「そうか。そういえば、レイとユウが見当たらないんだが?」
「言い忘れてたけどリョウが気を失った後、魔物から襲撃を受けちゃって…」
「なにっ!」
「ケルベロスの眷属だと思うんだけど、数が多くてユウは重症。他も軽症を負ったけど1番酷かったユウにレイがつきっきりで看病してるんだよ…」
「そうか…。サン、届けてやってくれ。『等価錬成』」
物凄い激痛を感じながら使ったが俺の不始末なのだから仕方ない。それによく見るとサンでさえ毛皮にムラがある。恐らくはムラの分、ダメージを受けたんだろうな…。
「そう言えばリリスは?」
「眷属達を抑えてる…」
「1人でか!」
「………」
「くそっ! リアスついてこい! ティナはここを守れ!」
「う、うん!」
少しの休憩の間もないのかよ。俺は鋭い大太刀の刃を煌めかせ走り出した。