第141話
「サンっ!」
「ガウッ!」
翌日、宿を出ようとすると急いで階段から飛び上がったサンが俺に飛び付いてきた。モフモフの毛皮が気持ちいい。クンクンと鼻を鳴らすサンの頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾を振った。
「その子、どこから連れてきたの?」
「ずっと前からいるぞ?」
「う、うん。いるのは知ってたけど何処から連れてきたの?」
「ここ!」
「っ!」
「俺の魔法とスキルにより作られた魔物だ。だから同種の他の魔物と比べると圧倒的に強い!」
「ね、ねえ、いいの?」
「まあな。こんなに可愛いんだし大丈夫だろ?」
床に下ろすと俺の周囲をクルクルと歩き回ったあと、軽く俺の膝へ頭突きを喰らわせる。サンも加減してくれているようで痛くも痒くもない。ただその姿が愛らしい。
「そうだね。ちゃんと生きてるもんね」
そう言ってしゃがみこむティナ。そんなティナに興味を持ったのかサンはティナに鼻を近付けると、安心したのか甘えるようにティナへ顔を擦り付けた。
「サン、お前も来るか?」
「ガウッ!」
「連れていくの?」
「まあな。あそこの騎士と比べれば全然強い!」
「そういう問題じゃないと思うんだけど?」
「いいじゃないか。俺が使役しているようなものなんだからな!」
一途に見つめてくるサンを見ていると無下にはできない。その連れていって、と言うような視線を俺は断りきれない。
「んー、けどいいのかな?」
「大丈夫だ。早く行くぞ!」
どうせクリスに会った後は昨日と同じように兵達を相手に模擬戦を繰り返すのだろう。そう考えると別にサンがいてもどうってことはない。
「そう言えば優司君達は何してるんだろうね?」
「依頼じゃないか。そう言えば今度一緒に依頼しようなんてことも言われてたな~」
リリスのふとした言葉にそんなことを思い出した。やることが盛りだくさんだな…。
「ようこそ御越しくださいました。どうぞこちらへ」
あの流れのままサンを連れ訓練所に来た俺達はそのまま兵長に連れられクリスの部屋に入った。中では既に本を片手にクリスが俺達を待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。それでは詳しいお話を始めましょう」
俺達が席につくと読んでいた本を閉じ机に置いた。少し気になるのはその後ろでクリスを護衛をするように剣を携え目を閉じている人だ。
「お願いします」
「はい。あっさりしてらっしゃいますね」
「仕事ですので…」
「そうですね。では始めましょう」
そう言って話始めるクリス。まとめると…、
◈内容
・町中巡視
◈詳細
1:騎士に同行
2:1日中巡視
3:不祥事制裁
4:騎士一括訓練
5:報告(1日計10人捕らえなければ再捜査)
◈報酬
・1250000G (1日‐250000G)
・一千万㎢の土地(志望通りの場所)
と言うことで1日に10人も捕らえろという無理難題だが報酬がいい。それに加え一千万㎢の土地だ。出来すぎていると言えばその通りだが違えるならばここを全滅させればいい。
「この条件でどうでしょう?」
「あなた方に利益がないのでは?」
「私は個人的に貴方に感謝しているのです。そのような貴方へならこれ程の報酬では感謝しきれませんよ」
「ほう、是非その内容をお聞かせ願えますか?」
「その方々に聞かれても良いのですか?」
「………。3人共、席を外してくれるか?」
「えっ…」
「リョウ兄!」
「いちゃダメ?」
「お願いだ…」
「分かったよ…」
そう言うとリリスを先頭に3人が出ていく。サンは片目だけを俺に向けるとそのまま俺の足元で体を丸めた。
「ふふ、シュラに元気を与えてくださってありがとう。白狩遼さん!」
「っ!」
「ふふ、ビックリすることが多いですね。まずは貴方のことについてお話しましょう」
「頼む…」
「貴方の名前は白狩遼。異世界からの転生者で、転生後1年も経たずに昇華を迎えた秀才でしたね?」
「ほう…、よく調べましたね?」
「これでも憲兵団団長ですからね…」
うつ向いた顔はどこか悲しげだった。まるで望まずしてこの職についているようだった。
「で、その団長さんがどうしてシュラのことを?」
「母親として娘を心配するのは当たり前じゃないですか?」
「っ!」
「ふふ、驚きましたか? 完全に隠蔽してしまいましたからね。分からないのも無理はないでしょう…」
確かにクリスも橙色の髪だがクリスには名字がある。その時点で普通は接点がないはずだ。それに権力を持っているのに何故シュラ達は町の1商人のような生活をしているんだ!
「信じ、られるとでも?」
「ふふ、確かにそうですね。あの人に聞いても娘に聞いても分からないと答えるでしょう」
「何故だ!」
思わず詰め寄ってしまった。胸ぐらを掴み持ち上げるとその瞳は少し濡れていてこれ以上責められなかった。
「完全に隠蔽したと言ったでしょう?」
「………」
その瞬間、全てを悟った。
父親がいるのに母親がいない。そしてそれに対して誰も触れなかった。そう、それは言いたくないのかそれとも…
「娘達は私のことを忘れています。私に関する記憶は全て抹消しました」
「………。辛くないのか?」
「辛い、辛いのです。しかし私のこの役職に娘を巻き込むわけにはいかないのです…」
「………。アナタはそれでいいのですか?」
「はい。私が優先するのは娘のことです。あの子が幸せなら私なんてどうなってもいいのです…」
「そうか…」
「そこでリョウさん。貴方には娘を守ってもらいたいのです。これが依頼の追加任務です」
「……。分かったよ。その依頼、慎んでお受け致しましょう」
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか…」
「礼なんて結構だ。俺はただ、たまたま知り合いの護衛依頼を受けただけ。そうだな?」
「は、はい!」
涙を流しながら頭を下げるクリス。その姿は昨日の将としての姿ではなく1人の母親としての姿だった。誰が見ているか分からないのにいいのか、と苦笑を浮かべたがクリス自身は気付いていないようだ。俺はその姿に笑みを溢しながら部屋を出ていった。
「ガウッ!」
「分かったから止めろって。ごめんごめん。ホントに…」
建物の廊下を歩いていると背中をドンと押されたかと思うとサンが広い四肢で俺を押さえ付ける。1人で部屋を出ていったことに怒っているのかその目は見るからに怒っていた。
「ガウッ!ガウッ!」
「参ったな…。肉でもやるから落ち着いてくれないか?」
「ガウッ!」
余計に怒ってしまった。初めに創った時と比べて圧倒的に豊かになっている感情の複雑さを感じる。
「んー、そうだ! 今度一緒に狩りにでも行かないな?」
「ガウッ…」
「なっ? 暴れにいこうぜ?」
「ガ、ガウッ!」
どうやら納得してくれたようだ。逆立っていた尻尾がフリフリと左右に揺れる。と言うか俺、魔物にノせられたのか?
「………」
止めよう。考えすぎると病みそうだ。まさか自分で創った魔物にノせられるなんて…。
「ガウッ!ガウッ!ガウッ!」
起き上がって大太刀を持ち直した頃にはスリスリと顔を擦り付けてくる程機嫌が治っていた。もしこれが狙っての結果なら本当に策士な奴だ。
「まあいいっか!」
コイツにならノせられても構わない。他人になら嫌だがもう家族の一員と言っていいようなサンにノせられる構わない。機嫌のいいサンを微笑ましく思いながら廊下を進んだ。