第137話
白く凍った風が俺の額を吹き抜けていった。隣を見ると目尻に涙を残したティナがいて、もう片方では俺の手にしがみつくようにリアスが寝ていた。
「リリスはどこ行ったんだ?」
部屋の中を見渡してもその姿はなかった。少し嫌な予感がするな。俺は大太刀を手に取ると音も立てずに部屋を出た。
ガチャッ、
隣の部屋には無し。一応ずっと2部屋とっているのだがそれを使う者は無かった。
「外かな?」
少し古いのか軋む廊下を出来るだけ音を立てずに降りていく。カウンターに人の姿は無し。1階全体を見渡しても人の気配どころか明かりさえ見えなかった。
「道にも、無しか…」
もう朝方なのか東の空が淡い白色に包まれている。目の前の店の屋根に見える影がチョコチョコと隣の店の影に消えていった。
「何か聞こえるな…」
静寂の中、耳を澄ますと風を切り裂くような音が聞こえる。どうやらリリスが修行でもしているのか。
「おっ、見っけ!」
音を頼りに歩いていくと空振りをするリリスが見えた。もう長い間続けているのか額には汗が浮かんでいた。それにまだ誰も起きていない時間という確信があるのか外にも関わらず上は晒ししか着けていなかった。
「っ!」
キッと目を見開くのと同時に切り下ろされた刃。それは騎士等の普通の鎧なら容易く切り裂くかと思われた。
「凄いじゃないか」
「リョウっ!」
物陰から急に飛び出したこともあり、リリスは剣を落としてしまった。そして急いで気に掛けられた上着を羽織る。
「驚かせたみたいだな。朝から修行か?」
「ま、まあね。私も負けてられないし!」
「そうか。けど寒くないのか?」
「え、そ、そうだけど…。魔力も一緒に使えるようにって!」
その言葉に改めてリリスを見ると体全体に火系統の魔法が掛けられていた。意識して見なきゃ分からない程度なのはやはり慣れてない影響か…。
「そうか。なら俺が付き合ってやろうか?」
「付き合ってって…、いいの?」
「当たり前だ。1人でやってても手応えないだろ?」
羽織っている上着に袖を通したリリスは傍らの直剣を鞘から抜き放つ。
「うん…。じゃあっ!」
「来い!」
ガキンッ!
鋭く放たれた斬撃が俺の大太刀と火花を散らした。3メートル程離れた位置から距離を詰めるのに掛かった時間は認識できるようなスピードではなく既に一瞬を超していた。その刃は鋭く空振りの時なんてお遊びだったかと思わせた。
「流石! 受け止められちゃった…」
「全然同様してないくせに!」
接触したままの刃。刀身でリリスの刃を微妙にずらすと、逆手に持ちかえた柄頭でリリスの鳩尾を打った。
「ぐぅ…。優しくない…」
「試合中に優しくしてられるか!」
怯んだリリスの胸ぐらを掴むとさっき上着を掛けてあった木へ投げ飛ばした。そして魔力を纏わせた手を向ける。
「もう死んじゃった!」
「そうだな。続けるぞ」
俺の言葉にリリスは落としてしまった剣を取ると横薙ぎに一閃。その斬撃を軽く飛び上がって避けると振り上げた大太刀を鋭く切り下ろした。
ガキンッ!
「きゃっ、強いよ!」
「敵は加減なんてしてくれないぞ!」
軽く吹き飛ばされたリリス。俺は着地するのと同時に鋭い踏み込みと共に大太刀を切り上げた。
ガキンッ!
「私を殺すき!?」
「こんな物で死なないだろ!?」
俺が刃を振るうスピードは秒速800mを越えていた。しかしリリスはその刃を確実に捉え防御に移れていた。そんなリリスがこんなテンポで敗れるはずない。
ガキンッ!
「そろそろ私も本気だから!」
「望むところだ!」
一撃に掛かる圧が上がった。スピードも上がり瞳に宿る鋭さと気迫が俺に向けられる。
ガキンッ!
「驚いた?」
「予想の範囲内だ」
切り下ろされた刃に魔力を纏わせた手を添えると軌道をずらす。そしてクルッとバグ宙の要領で剣を蹴り飛ばすとがら空きになった首へ大太刀を添えた。
「まだ終わってないよ?」
「なにっ?」
ガキンッ!
確かにリリスの手は俺の視界の範囲内にあった。しかし俺の背中へ向けて飛んできた剣はどうだろう。そう、俺の視界の外にあった。
「油断した? 魔力の扱いは私の方が上かな?」
「やるじゃないか…」
フワフワと浮かび上がる直剣を手に取るとリリスはその切っ先を俺に向ける。意識して確認すると周囲にはリリスによる魔力の糸が張り巡らされていた。
「どんどんいくよ!」
「なら俺も少し力を使おうかな」
《火炎魔法・炎刃》
鮮やかに光を反射する刃が紅い炎に包まれた。燃え盛る炎は少しでも触れた魔力の糸を燃やしていく。
「それは反則じゃない?」
「リリスも魔法を使えばいいんじゃないか?」
「ふふっ、いいのかな。
■▨■▨■▨、炎魔法・フレアハンド!」
その声と共に俺の手を含め刃や足までも燃え盛る炎に拘束された。リリスったら、俺の魔眼の力を忘れてるな?
「お前、俺の魔眼の力忘れてるだろ?」
「あっ…」
右の眼球が紅色に輝いた。すると魔力の糸は勿論、俺を拘束する魔法は綺麗サッパリ消え去った。
「俺の魔眼は魔力を散らす。俺に魔法を使うのは愚策だぞ」
「油断、したよね!」
ガキンッ!
流石騎士と言うところか刃を首に当てようとした俺に直剣を振るってきた。と言ってもそんな行動は無意味。圧縮した魔力の壁で受け止めた。
「俺の魔力の扱いを舐めない方がいい。リリスとはベースとしての扱い方が違うだけだからな!」
魔力は本来、使おうと思わずに放出すれば空気中に散ってしまう。これを無理矢理圧縮させ具現化させるには精密な操作と膨大な魔力が必要だった。
「負けちゃった~!」
「まだまだ負けられないだろ…! それに、俺もまだまだ強くならなければ…」
弾かれたことで座り込んでしまったリリスを助けおこしながらそんなことを呟く。こないだの戦闘で分かったが俺の現ランクは良くてもAランクだ。と言うことはまだS、Z、俺の上位ランクが2つもあるのだ。絶対にここで立ち止まるわけにはいかない。
「気にしすぎ。私達も守ってもらうばかりじゃないよ!」
パッと俺の手を払うとリリスは俺の頬に軽くキスをすると宿へ戻っていった。俺はそんな後ろ姿を眺めながら大太刀を鞘に納めた。
「全部見てたからね!」
「ごめんね…」
宿に戻ると1つのテーブルでリアスに詰め寄られたリリスが小さくなっていた。その隣ではティナが苦笑しながらその姿を眺めている。
「そろそろ勘弁してやってくれないか?」
ポンポンとリアスの肩を叩く。その尻尾はピンっと伸びて苛立っていることが見てとれた。
「リョウもだよ! リリスだけズルいじゃない!」
「ごめんごめん。朝はリリスだったが訓練所では2人とも試合の相手してくれるか?」
「んー、ならいいよ…」
「ティナもいいの?」
「当たり前だ。ティナとは魔法戦かな?」
「うん。弓も使うけどね!」
「なら俺は拳銃だな!」
そう言って笑いあう俺達。その頃には1階に降りてくる人も増えてきていて徐々にだがテーブルも埋まってきた。
「今日も騎士達とだよね?」
「そうだな。数日は通い詰めようかと思っているが?」
「じゃあそれが終わったら私達と行ける?」
「一緒にな!」
「やったー!」
目の前で花が咲いたような笑みを浮かべたリアス。その隣では激しくは表してないがティナも笑みを浮かべていて、リリスも笑いあっていた。
「ふふっ…」
「どうしたの?」
「なんでもない!」
そんな姿を見ていると無意識にだが笑みが溢れてきた。向こうの世界ではこんな経験無かったかもしれないな。