第136話
ガキンッ!
少しの間、自分達の世界に入っていた俺達だったがそれが終わった今でも2人の試合は続いていた。
「負けないよ!」
「私だって!」
ぶつかり合う刃が火花を散らす。だいぶと戦闘にも慣れたようで局所的ではあるが魔力を込められた攻撃もあった。
「白熱してるね~」
「互角の実力だから中々決着がつかないんだろうな…」
2人の試合では当然訓練用の武器等を使うわけでもなく、普通の刃がついた武器を使う。その為2人の体には刃による切り傷も多く服が血に染まっていた。
ガキンッ!
「少し遅くなってきたんじゃない!?」
「それはリリスの方でしょ!」
確かに2人の攻撃のスピードは落ちていた。それにより攻撃を喰らう回数も増えていき、体の傷の量は増していった。
「そろそろ止めた方がいいんじゃない?」
「かもな。なら止めにいくか!」
傍らに立て掛けられた大太刀をアイテムポーチへしまい、代わりに短剣を取り出す。俺も少しくらい混じりたいからな。
ガキンッ!
互角同士の緊迫した試合。2人は俺が近付いているにも関わらず自分の戦闘に集中していた。
「リョウと2人っきりになるのは私よ!」
「ズルいよ! 私だって!」
男、としては嬉しい限りだが俺の大事な2人がお互いの血で濡れた姿を見ていると試合と分かっていても少し心が痛む。
ガキンッ!ガキンッ!
「私だって!」
「そんなのリリスだけしゃないよ!」
そこまで大きな声じゃないがお互いの感情がぶつけられた。俺は短剣を逆手に持つと2人の間へ体を忍ばせる。
ガキンッ!
ガキンッ!
「白熱し過ぎだ。2人共、血が出てるじゃないか!」
槍は柄の部分を切っ先でずらし、剣の刃は柄頭を使い打ち上げる。そして2人の姿勢が崩れたのと同時に刃を額へ向ける。
「リョウ…」
「ごめん…」
「あまり辺りを見失うなよ。まあ、俺の申し出も悪かったと思うが…」
「リョ、リョウは悪くないよ!」
「まあ、そう言うなよ。2人共、また一緒に遊びに行こうな!」
「リョウ~!」
「優し~!」
「また今度な。騎士達が唖然としてるじゃないか」
《精霊魔法・蘇生》
ちゃっかりと2人の武器を下ろさせると、身体中についた傷を魔法により蘇生させる。暖かい白い光は傷付いた2人の体を瞬く間に治癒させた。
「ありがと。相変わらずリョウの魔法は温かい…」
そうやって傷口を押さえるリリス。小さな声で呟いたその顔には微笑が浮かんでいた。
「リョウ~。ありがとねー!」
そうやって抱き付くリアス。最近、リアスが全くの躊躇無く甘えてきていた。
「分かった、分かったから抱き付くな!」
「あれ~、照れてるの?」
少しうざい。俺の手に顔を埋めるリアスの顔は俺からは見えない。その代わりリアスの綺麗な山吹色の髪が風になびいていた。
「んなわけないだろ。お前こそ照れてるんじゃないのか?」
俺を見上げたリアスの顔は少し頬が紅くて、獣人特有の獣耳と尻尾はピンっとたっていた。
「そ、そんなこと…」
「そんな顔してたら説得力も何もないぞ!」
俺に指摘されたことでより紅くなったリアス。そんなリアスの頭をポンポンと撫でると俺はリアスの額をピンっと弾き大太刀を取り出した。
「やっ!」
涙目になって額を押さえるリアス。そんな可愛い姿に苦笑いしながら3人の所を離れる。そろそろ起こしてやらなきゃな!
「おーい、そろそろ起きろ!」
《雷魔法・雷轟》
ゴロゴロ、という音と共に一筋の光が天から俺の目の前へ落ちた。そしてそれに続くように煌めく雷が周囲を暴れまわった。
「ぐへぇ……」
「ぅえ…」
体に雷特有の樹状の傷跡を残し倒れ込む騎士達。これである程度は意識も戻っただろう。
「どうだ? 起きたか?」
「酷いですよリョウさん。こんな魔法…」
「お前達がたかが試合でボウッとしてるからだ。魔力も抑えていたし起き上がれるだろ?」
「体がビリビリしますけど…」
魔法を行使した俺の手は雷の電気を帯びていた。ピクピクと痙攣する騎士は恐らく俺の予想以上に弱かったんだろう。
「もう日も沈み始めた。今日は帰るとしよう」
「分かりました。ではまた明日来てくださいますか?」
「はい。俺も気に入ったので!」
そう言い残すと俺は後ろで控える3人を引き連れ訓練所を後にする。背中で輝く太陽が美しく刃を照らした。
「今日はどこか長く感じたね~」
「そうだな。今日はなんだかんだでずっと戦ってたからな!」
俺とティナは後半休んでいたがリアスとティナに関してはずっと刃を振るっていた。乱戦の時、やることが無かった、と言っていたが俺は知っている。人質のように捕らえようとした騎士も多かったようでそれの対応に追われていたようだ。
「ねえリョウ‥」
「ダメだぞ!」
「え~~」
宿に戻った俺達だったが戦闘で少し昂っているのか酒が飲みたいとリアスはチラチラと隣席に目を向ける。
「最近甘過ぎるんじゃないか。次飲むのは約束を果たす時な!」
「ん~~。長いよ!」
「長くない。飲み過ぎなんだよ!」
「んーー!」
これでもまだ抱き付いて食い下がろうとするリアスを手で制すると立て掛けられた大太刀を手に俺は階段を上った。ティナだけはチョコチョコと俺の後ろをついてきた。
ガチャッ、
「いつまでついてくるんだ? まさかこの部屋で寝るつもりじゃないだろうな?」
「リョウ兄がそうしたいならいいよ!」
「………。冗談とは思わないぞ」
コートを投げ捨て後ろにいたティナと目線を合わせる。その顔は少し強張り緊張しているのは明白だった。
「…………」
「いいんだな?」
「…………」
ソッと体を抱き寄せると静かにキスを重ねた。はにかんだ笑みを浮かべたティナは照れて俺の胸元に顔を埋めた。
「今日はここまでな」
そう言って立ち上がろうとするとティナが俺の裾をギュッと掴んで離さなかった。俺の位置からはうつ向くティナの表情は分からなかった。
「ティナは小さいけど…、ティナだって…、ティナだってリアス達と同じだよ!」
顔を上げたティナの目には涙が浮かんでいた。そして訴え掛けるように俺の腰に抱き付いてくる。
「ティナ…」
「ティナだって、ティナだって!」
そう言って泣きじゃくるティナ。自分のせいで誰かを泣かせるっていうのは辛い限りだ…。
「ごめんな…。俺に、勇気がないだけなんだ」
泣くのを止めて俺を見上げたティナの顔は流した涙により濡れていた。俺はティナを抱き締めた。自分がそうしたかったんだ。誰の為でもなく自分の為に…。
「リョウ兄…」
「お前を泣かせるなんてダメだな。女を泣かせるなんて最低だ…」
翡翠色の髪が視界に移る。すると今度は俺がティナに抱き締められた。力強くも優しい…。
「そんなことないよ。リョウ兄は優しくて、強くて、ティナ達を守ってくれて…。最低なんかじゃないよ!」
「ティナ…」
ユラユラと揺れる蝋燭の淡い光が俺達を薄く照らす。そんな光に煌めくティナの涙が無性に俺の胸に刺さる。
「本当は誰にもとられたくない。本当はティナだけを見ててほしい。けど…、けどね…」
言いにくそうに言葉を切ったティナ。これ以上言わせるわけにはいかないだろ。
「言わなくていい。そんなこと、無理して言わなくていい。辛いだろ?」
「リョウ兄ー!」
随分前にティナを見て妹みたいだなって思ったことがあった。けど今は違う。もう、1人の女性として見ている自分がいた。俺はそんな自分に従うように優しくティナの髪を撫でた。