第133話
「ここが…」
「そう。ここがこの町を守る憲兵達が鎬を削る訓練所。私の仕事場ね!」
百を越える兵が剣をぶつけそこを指揮する兵長さんが周囲を見回っている。どうやら俺達のことはまだ気付いていないらしいな。
「少し驚かしてみるか?」
「何するの?」
「なんだろうな!」
誰が1番始めに気付くだろう。無限に生成される魔力を体表にコーティングにまわしていく。すると圧縮しきれなくなった魔力は少しずつ漏れるわけだがその量はコーティングの純度が上がるごとに増えていく。
「リョウ兄!」
「リョウ!」
やはり始めに気付くのはこの2人。リアスもそのあと数秒程で気付いたがそれでも周囲の騎士を含め兵長までも気付かない。
「ん、な、なんだ!?」
やっと気付いたか。それも兵長ではなく剣を打ち合っていた騎士の1人。見所があるな!
「っ! 怪しいものだ。切り捨てる!」
やっと兵長も気付いたようだ。俺達の方へ振り向くと問答無用に剣を振り下ろしてくる。
ガキンッ!
「大層なご挨拶だな。兵長さんよ!」
大太刀をクイッとずらし勢いを別の方向へ逃がすとがら空きになった腹を蹴り飛ばす。吹き飛んだ兵長は訓練中の騎士達が慌てて受け止めた。
「くぅ…。御主ら何者だ!」
「そんな無様な姿でいう言葉か?」
「なにを!」
再び斬りかかってくる兵長。躾が必要なようだな。
「止めなよ! 兵長さんもリョウも。何しに来たのよ!」
魔力を纏わせた手で抑えつけられた兵長の剣。俺は大太刀をその場へ突き刺すと改めて兵長と対峙した。
「仕方ないな。まずはその男を膝まづかせても構わないか?」
「ダメ! これでもここでは指揮官なんだから!」
「んー…。俺には関係ないんだが…」
「リョウ!」
「分かったよ。まあ取り敢えず場所を移したいんだが?」
「同意見だ…」
醜態をさらしたことにより顔を背けた男は傍らの剣を鞘に納めると、集まってきていた部下であろう騎士を引き連れ建物の中へ入っていく。
「リョウ、行こう。ここは皆でいくべきよ?」
「だな。2人共行くぞ」
突然のことにポカンとした2人に声を飛ばすとリリスを連れて建物へ入っていく。さっきのが兵長ならば戦闘面ではここのレベルは低いらしいな。
「あーあー、先程は失礼した。私は兵長の任を任せられているクラウンと申す者だ。貴殿の名はなんと申すのだ?」
少し落ち着いて気分を立て直した男はソファーに座りながら頭を下げると話始める。
「はい。俺の名はリョウ。リリスは俺の仲間です」
「そうか。リリス殿の…。それでは貴殿がリリス様の言っていた?」
「そうです。貴殿方が俺を呼んだって聞いたのですが?」
「そうか…。そう言えば騎士達がそんなことを話していたな…。リョウ殿、行ってやってはもらえぬだろうか?」
「はい。そのつもりです!」
「礼を言うぞ」
客人、それもただの冒険者の俺を前にしているということで気丈に振る舞う兵長だが、内心はビクビクしているだろう。ピクピクと痙攣する眉がその証拠だ。
「ねえリョウ、本当に衝突は避けてよね!」
「んー、分かったよ。明らかに危害を加えぬ限りな!」
「んー!」
「さあ、リアスもティナも、準備はいいか?」
「うん!」
「いつでも!」
「ふっ、久し振りの対人戦だ!」
身体中の血が沸き立つようだ。柄を握り締めた手は白くなる程だった。
訓練所へ戻るとさっきまで剣を打ち合わせていた騎士達が、剣を鞘に納め休憩していた。
「リリスさん!」
石柱に腰掛けていた1人の騎士が笑みを浮かべるとそう言ってリリスの元へ駆け寄り服従の姿勢をとる。
「なあリリス、何故コイツを従えてるんだ?」
「試合で勝っちゃってからずっとよ…」
「そうか。まあ、大変だろうが面倒見てやれよ」
「え~~!」
「仕方ないだろ。お前、名前はなんという?」
俺達の会話にどう入っていいのか悩んでいる騎士に視線を向ける。年若い青年なのにその目は力強い。
「はい。私の名はヨルソンと申します。貴方は?」
「俺はリョウ。リリスは俺の恋人だ。仲良くしてやってくれ!」
「は、はい!」
若干威圧を込めた笑みに冷や汗が流す青年。本当はここで俺直々に模擬戦をして忠告してやりたいのだがやり過ぎてしまう気しかしないので止めた。これで十分だろう。
「なあリリス。俺が100人戦でもしていいか?」
「いいよ!」
「よし、なら少し演説でもするかな!」
ニタニタと笑みを浮かべるリアスとティナ。2人の言いたいことはよく分かる。俺はリリスと共に壇上に上がると大太刀をその場へ突き立てた。
「皆、聞いてくれる!?」
風魔法にやる拡声等で全員に行き渡った声は騎士全員を俺達の方へ向かせた。そしてたったそれだけのことで訓練所内の雰囲気は向上した。
「リリスさんだ!」
「ホントだ!」
「リリスさま~!」
まるでアイドルだな。壇上に上がったリリスを見詰める彼らの目は軽く血走っているようにも見える。
「えーと、皆。今日は私の好きな人を連れてきたの。そしてその人はこないだ言ってた凄く強いんだ!」
『うおぉぉぉーー!』
凄い圧だ。まるで狂信めいたものまで見え隠れしていた。
「リリス、代わってくれるか?」
「いいよ!」
後ろにいた俺はサッとリリスの前へ移動する。それと共にザワついていた空気は一気に静まり返った。
「あー、まずははじめまして。俺の名はリョウ。ここにいるリリスは俺の恋人だ!」
『……………』
「まあいい。俺はリリスに頼まれて来たんだ。まずは何を始めるか~」
少し濁しながら周囲を見回すと誰1人として俺と目を会わせない。それとは逆に俺の左右では肩をポキポキと鳴らすリリスとリアス。
「リ、リリスさん、も、もしかして…」
「リアス、さんも…」
この2人はここに来たことがある。2人の戦闘に滾る高揚感に染まった顔を見た彼らの表情に光はなかった。
「皆、予想できているようだな!」
「………」
「………」
「………」
静寂。
もう既に諦めているのか力なしに握られた武器。彼らの目には光だけでなく生気さえ消えてしまっていた。
「集団模擬戦をする。始めるのは数分後。用意しとけよ!」
『は、はい!』
俺はそう言い残すと3人を連れて壇を下りる。数分の猶予を与えたことで少し気が楽になったのか騎士達の目に光が戻ってきた。
「なあリリス、どれくらいなら大丈夫だ?」
「意識を飛ばすくらい?」
「分かった。2人共聞いたな?」
「うん!」
「ティナも。けど魔法の場合、どうしたらいいの?」
「んー、四股破損までいくとダメだけど深い傷くらいならいいよ!」
「ふふ、言うね!」
「まあね。騎士はそれくらいの傷はよく受けちゃうから!」
「そうなんだ…。なら遠慮いらないね!」
「だな。遠慮なんてする必要‥」
『あるよ!』
「ひどいな~」
『酷くない!』
十分酷いと思う。3人揃えて言わなくてもいいんじゃないかな…。
「あー、もういい。それよりも俺達は全員素手だからな!」
「分かってるよ~。まあ私は素手でも変わらないけどね!」
「ティナも!」
「私は手刀で十分だし!」
始めから身体能力で戦うリアス。そもそも魔法のティナ。魔刃を操れるリリス。誰をとっても素手で戦闘能力が落ちることはなかった。なら結局それって意味がないきがする…。
「結局は全員が素手でも問題ないのかよ…。まあいい。くれぐれもやり過ぎないようにな!」
『うん!』
その返事に大きくうなずくと俺は絶望を浮かべる騎士達へ視線を戻した。