第132話
「やり過ぎたかな…」
ファンタジー小説等で獣人は尻尾が弱いっていうのを思い出した。と言うことで実践してみたんだが普通に通用したようで…。
「けど可愛いかったな~」
甘えるようにより掛かってきた時は最近は慣れていたにも関わらずドキッとした。なんせただでさえ寝起きで服も乱れてたりしてる中、紅潮した顔でもたれ掛かられれば仕方ないだろ?
「また、さりげなく謝ろ…」
扉を出て裏の庭へ行くと片手に持ったままの大太刀をその場へ突き刺す。朝で少し冷えるが運動してれば温まるだろう。
「ん、いつの間に来たんだ?」
まるで気付かなかった。いつの間にか現れたバイトハウンドは俺の足にコツコツと頭を押し付けていた。
「ガウッ! ガウッ!」
「俺の相手になってくれるか?」
「ガウッ! ガウッ!」
「ありがとな。なら来い!」
「ガウウッ!」
俺の言葉に戦闘モードに入ったバイトハウンドは毛を逆立て俺の前で姿勢を低くする。俺は大太刀を突き刺したまま素手で勝負することにしよう。
「強いな!」
「ガウッ!」
スピード、パワー、どちらにしても文句はない。鋭く重い一撃は防具を着ていない俺には直で通る。
「俺も負けてばかりじゃいられないな!」
「キャィン!」
振り下ろされあ爪。関節を打ち勢いをズラし体勢を崩した所に裏拳による一撃。やはりコイツの実力もまだまだだな。
「終わりか?」
「ガウッ!」
体を縮めたかと思うと目に追えないようなスピードで俺の懐に潜んでくる。きっと『縮地』を使ったのだろう。少量だが魔力が漏れたのを感じた。
「甘いな?」
「ガ、ガゥ…」
懐に入り込むということは俺の手中に入るということ。俺よりも小さなバイトハウンドならば両手で拘束し抑えつけることも可能だ。
「ん、どうした?」
「ガゥゥゥッ!」
馬乗りになり拘束していると魔力が集まってくる。それと共に心なしか手元が熱くなってきた。
「うわっ!」
「ガウッ!」
急にバイトハウンドは俺の手をすり抜け俺の前へ対峙する。その体は炎に包まれていた。
「やるなあ。そう言えば属性を授けたんだったな!」
火魔法で刻印したのだから炎属性を持っていてもおかしくないだろう。燃え盛る炎はバイトハウンド自身の目を赤く輝かせていた。
「ガウッ!」
「けどまだまだお粗末だ。もう少し操れよ!」
手に魔力を纏わせ飛んでくる炎球を切り裂く。飛散した炎球の欠片は庭に小さな穴を作った。
「ガウッ!」
「もう終わりだ…」
《火魔法・肉体強化》
突っ込んでくるのを片手で止める。そして離れようとした所に掌底打ちを喰らわせ吹き飛ばした。
「ガ、ガゥゥゥ…」
「ありがとな。お前と言葉を交わせないのが残念だよ…。精霊魔法・蘇生」
塀にぶつかり苦しそうにするバイトハウンドにそう話ながら近付く。精霊魔法を施し傷を回復させるとギュッと抱き締めた。
「ガウッ! ガウッ!」
「そう言えばお前に名前をつけてなかったな。そうだな~」
「ガウッ?」
何にするかな。名前となるとそう安易に付けたくはない。炎……、太陽……、そうだ!
「サン、サンでどうだ?」
真っ赤な毛並みが炎を連想させたので炎の頂である太陽。まあ、少し安易な気もしなくもないが良い名前だと思う。
「ガウッ! ガウッ!」
「よし、お前は今日からサンだ!」
「ガウッ! ガウッ!」
嬉しそうに吠えるサンに満足した俺は大太刀を回収すると宿の中へ戻っていった。まだ小さなサンを抱き締めて。
「おはよ~」
「久し振りに早いんじゃないか?」
「うん。眠たいし!」
「リョウ兄が起こしてくれないとリアスは中々起きないからね~」
「それにしても今朝のリョウは凄かったね~」
「まあ、少し魔力を漏らしただけどけどな!」
「あれで少しなの…」
「まあな!」
固有スキル『永久炉』により永久に生成される魔力と、最近の戦闘による肉体面の強化により俺の支配できる魔力の量は鰻登りだった。因みにこれまでの俺は無限の魔力を持ちながらそれを行使すれば体が壊れるというもどかしい状態だったわけだ。
「じゃあ船上は!?」
「俺の魔力量は時間と共に増えていく。だからあの頃より今の方が多いんだ!」
「そう、なんだ…」
人間の体は永久に魔力への適正を上げるように作られているのだろう。確証も実例もないが俺の体が日々魔力に耐えられるようになっているのは事実なのだから。
「まあ、それはいいとして朝はもう食べたのか?」
「そんなわけないでしょ。リョウがいないのに!」
「そっか。なら何か食べに行こう!」
「食べに行く…、いいの!?」
「あぁ。ティナもリリスもどうだ?」
「当然行くよ!」
「ティナも! けどティナは…」
「分かってる!」
「リョウ兄!」
「さあ、皆行こう。早く食べ終わらないと騎兵の方も行かなきゃだからな!」
時間にしてあと数刻程だろう。それまでに朝食を終え目的地へ着くとなると意外に急がなければならない。俺達はそれを踏まえた上、宿を出た。
「んーーん、美味しかった!」
「だな。朝から少し多かったか?」
「大丈夫大丈夫! 私は問題無いよ!」
俺の真横でそう言いながら笑みを浮かべるリアス。ピコピコと揺れる獣耳が上機嫌なのを体現していた。
「ティナは、大丈夫か?」
「うん。少し多かったけど…」
そう言って苦笑いするティナ。やはり一番小さいのもあってか一番少食だった。
「リリスは…」
「大丈夫よ。多くても少なくても私は大丈夫だから!」
そう言いながら歩く姿は無理をしている様子もなくその言葉は真実なのだろうと思わせた。それにこれから動くのに無理はしないだろう。多分…
「ここだよ!」
「憲兵か…」
案内された場所を見上げるとこの時代では珍しい大きな建物で石レンガで出来たその塀は十メートルもの高さ。そしてその上ではまるで何かから中を守るように大砲やバリスタが配備されてきた。
「そこの者止ま……。あ、リリスさんでしたか。これは失礼しました」
普通に入っていこうとすると門番をすふ憲兵が道を閉ざした。しかし後ろにいたリリスが顔を見せると憲兵達は笑みを浮かべ矛を退ける。
「いいえ。リョウを連れてくるのは初めてだから分からないのは無理ないでしょう。この者達は私の仲間です。通ってもよろしいですか?」
「はっ、お通りください!」
「ふふっ、ありがとうございます」
リリス恐るべし。依頼と言うことでここに来てるっていうのは知っているが明らかに門番の態度は格上に対する態度だった。と言うことは憲兵内ではリリスはかなりの位置にいるということだ。
「なあリリス、アイツらの態度はどうしたんだ?」
「んー、私がここで相手をするうち、そろそろ50連勝になるからじゃない?」
「それってここの人達が弱‥」
「言っちゃダメ。リョウの基準は私達かもしれないけど世間一般では私達はかなりの実力だからね!」
「そうなのか…。それにしてもそんなので守れるのか?」
「相手が単なるチンピラしかいないから大丈夫なんじゃない? それに忘れてるかもしれないけど私は親衛隊No2だからね!」
「そう言えば…」
「やっぱり忘れてたの!?」
「ゴメンゴメン。普段があまりに可愛いから忘れてたよ!」
「もう!」
赤くなって俺を叩いてくるリリス。知らない人がどう見ても親衛隊No2とは到底思えないだろう。
「なあリリス、そろそろじゃないか?」
「えっ、あ、そうね!」
石レンガの廊下を歩いた先に光が見えた。そして剣と剣が交わる音。俺は少しの高揚感を覚えながら先へ進んだ。