第129話
「キルさん?」
「リョウさんでしたっけ?」
降りるとそこには1人で装備を磨くキルさんがいた。静かに丁寧に磨くその姿は一種の職人のような雰囲気を醸し出していた。
「はい。優司のこと、よくしてくださっているそうで…。ありがとうございます」
「こちらこそ。弟を見ているようでね…」
遠いところを見つめる彼は俺とそこまで歳も変わらないだろう。しかしその瞳には感慨深い何かがあった。
「優司のこと、これからもよろしくお願いします」
「いえ。こちらこそ。それにしてもリョウさんはとてもお強いと聞いたのですが?」
「ま、まあ。ある程度ならば出来ると自負しております」
「そうですか。ではどうです? 私と共に一試合?」
「良いのですか?」
「はい。私も強いお方との勝負は燃える質でしてね。よろしければ?」
「では一試合だけ…」
お互い自分の得物を持つと宿を出てその裏にある庭へ歩みを進めた。Aランク冒険者の力とやら、楽しみだ。
「それでは。私の準備は整いましたよ?」
「それでは行きます!」
冬の乾いた風が枯れ葉を舞い上げた。それと同時に大太刀を抜刀した俺はその首筋へ狙いを定めた。
「これだけですか?」
音もたてずに刃の勢いは止められた。どんな原理か知らないが止めた手に全くの震えはなく、いわゆる余裕であることが伺える。
「んな分けないだろ?」
《『絶炎ノ矛』》
刃を追うように発生する絶炎は俺の手を伝い体全体に行き渡る。そしてキッと開いた目を奴へ向けると刃を浴びせる。
「ふっ、危険なスキルですね。それは?」
奴の紫色の瞳が力強く輝く。分かった!
奴の魔眼の能力は看破だ。恐らくは俺の名前を言い当てたのもこの絶炎の危険性が知れたのもそのおかげだな?
「分かってるなら避けてみろ!」
体を下げ大太刀へ魔力を込める。そして無音の中、斬撃を飛ばす。それを避けるには飛び上がるしかない。しかし俺の手には拳銃が握られていた。
「やはりスキルですか…」
ガッカリしたように奴はサッと飛び上がると俺の方へ目を向けた。それを待っていた!
バンッ!
風を切り突き進む弾丸。それは確かに奴の体に当たった筈…。しかし弾丸はガキンッという音と共に弾かれた。
「なにっ!」
「不思議ですか? それでは行きますよ!」
俺は走ってくる奴に危険を感じ咄嗟に飛び上がる。そして大太刀を片付けた。
「相手が看破するなら俺も看破してやる!」
《『魔ノ賢者・能力工学』》
『魔ノ賢者』によるスキル認知とそれに関する把握。そしてそれを脳が理解できるレベルに変換する『能力工学』。奴のスキルは以下の通りだ。
名前ーーーーーーーーーーーー
・キル・スチナ
◈種族
・魔王
◈加護
・月魔の拳
◈称号
・鉄拳ノ豪
◈固有スキル
・『瞬間硬化』
・『局所強化』
・『永ノ透眼』
◈一般スキル
・『光魔法』
・『瞬動』
・『瞬撃』
・『瞬蹴』
・『瞬打』
・『瞬斬』
・『瞬翔』
・『瞬衝』
◈耐性
・痛覚耐性ー漆
・麻痺耐性ー伍
・斬傷耐性ー伍
・炎傷耐性ー伍
・氷傷耐性ー伍
ーーーーーーーーーーーーーーー
化け物級だな。とてつもなく体術に特化している。どうりで刃も通らないわけだ…。
「分かったようですね。どうしますか?」
ドンドン苛立ってきた。薄く笑みを浮かべたその顔はまるで嘲笑っているように見える。
「舐めるなよ。紫眼が!」
《『魔ノ賢者』》
鉄製の眼帯を外した。その下には美しく輝く紅眼。俺が魔力を流すのと同時にその眼は光り輝いた。
「その眼は分かってなきゃ意味がないのを知ってますか?」
「ふっ、バーカ!」
走ってこようとした所へ魔眼を発動させるとその加速を消した。
ドッ!
勢いを消され体を蹴りあげる。そして打ち上がった頭を掴むと地面へ叩き付けた。
「舐めるな!」
姿勢を崩した状態で俺の肘を外側へ打つと奴は俺の手首を捻りあげる。嵌まったな!
「そっちこそ舐めるな。俺の魔法はその眼で見たんだろ?」
「くっ!」
手首の骨を軸に手を回転させると掴む奴の手を逆に掴んでやった。そして…
「闇魔法・侵食」
明らかに禍々しい雰囲気を纏った黒色の何かは俺の手を包んだあと、奴の手へと歩みを進める。そしてその手は真っ黒に染まってしまった。
「はあ、はあ、はあ、」
「耐えたか。よくやったな…。まあいいか」
《痛み…》
「ぐぅぅっ………!」
心の中で唱えると奴は腕を抱えもがき始めた。そうだ。この魔法は侵食した=染まった場所を支配できる魔法だ。
「その状態でどれだけ戦える?」
そう言いながら走る俺の眼は紅に輝いている。スキルにより補助された俺の思考は相手の魔法やスキルを完全に感知することができ、発動させると同時に無効化できる!
「ぐはっ!」
「侵食範囲が増えたようだな?」
この魔法のいい所は術者(俺)の支配下から離れても勝手に体を侵食してくれる所だ。実は闇魔法の真髄はこれだった。重力でも消滅でもない。闇魔法は相手を支配下に置きそれは永久的に力を発揮する。これは光魔法の対となるものだった。
「ぐぅ…」
「どうする? 降参か?」
「そんなわけ…」
「そういえばどうして侵食を消さない?」
「………」
「まあいい。行くぞ!」
追加で魔法へ魔力を流すと侵食のペースが上がる。既に上半身はほぼ侵食済み。足も膝くらいまで広がっていた。
「何故止めた!」
「スキル行使を消しただけだ!」
そう。今俺は奴のスキルを完全に封じた。だから奴が俺を倒すにはスキルを使わない体術、もしくは腰に差してある短剣を使うしかない。
ガキンッ!
「私がそんなことで勝てぬと!」
「どうだろうな!」
手甲の代わり短剣と太刀を手に取った俺はそんな奴の攻撃を片手で受け止める。
バンッ!
「効きません!」
「油断したな?」
バンッ! バンッ!
当然拳銃なのだから連射することもできる。一発目は確かに首を捻り避けたが二発目は頭へ受けてしまった。
「ぐっ!」
「片目でどうやって戦う?」
流れ出た血は奴の視界を片目分しっかりと奪い奴の動きを妨げるだろう。既に奴の身体的能力はかなり下がっていると言えるだろう。
「私は降参しない!」
「それだけじゃどうにもならん!」
スキルの補助もない彼の攻撃は目に追える。しかし鍛えられるだけ鍛えたような動きで彼の動きがスキルに頼っているだけじゃないことがよく分かる。
「はあっ!」
「冷静を欠いて戦えると思うな!」
鋭く飛んでくる拳を片手で逸らすとその勢いのまま肘を打って投げ技を喰らわす。そして叩き付けられた奴の胸ぐらを掴むとそのまま蹴り飛ばした。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「武器を抜かないのか?」
初めの第一撃から彼は短剣を鞘に納めたまま抜こうとしない。一応俺もそれに応じ太刀を抜いていないがどうも気になって仕方がない。
「リョウさんが気にすることではない筈です!」
「そうですね。では参りましょう!」
ドンッ!
拳と拳が鋭く衝突する。打ち合わせた指がとてつもなく痛い。手に伝わる鋭い衝撃はまるで骨まで揺らしているようだった。
「はあっ!」
「はっ!」
ドッ!
一度離れてからの加速をつけた鋭い拳はお互いの体を強く貫くような衝撃を与え同時に俺達は数歩後ろへ下がる。
「行きます!」
「行くぜ!」
拳がぶつかると思った瞬間、俺の下からは鋭い土の刃が突き出してきた。
「もう、何してるのよ!」
声の方を振り向くとヤレヤレというような表情を浮かべた皆がティナ筆頭に立っていた。