第127話
ミシミシときしむ階段がムードを演出している。夜と云うこともあるがどこからか漂う香りは不思議と気分の良いものじゃなかった。
「ここか…」
奥へ進むと微かな灯りが漏れでる扉を見付けた。そこまで広くない廊下はまるで俺を拘束しているように思えた。
ガチャッ…
木製の扉を開けると中からは純度の濃い血の匂いが俺の体に叩きつけられた。それに、そんな中にいる冒険者の目は誰もが闇と共に狂気を秘めていた。
《ほう、ギルドがこんなことをしていたとはな…》
《驚きだね。やっぱり法律も無視するんだ…》
こないだ優司が言っていたようにギルド2階、ここには沢山の危険な依頼が貼り出されていた。その中には1階同様の討伐な採集もあるが、同じ程の割合で討伐対象がおかしなものや採集対象が他人の所有物のものがあった、
《いわゆる窃盗に殺人だな…》
《他にも誘拐や尋問なんかもある…》
《適当に討伐依頼を受けて降りようか?》
《その方がいいと思うよ。早く降りた方が身の為じゃない?》
そう言うと裏背は俺の後ろへ人差し指を向けるとニヤリと笑って消え失せた。
「ぐはっ!」
「ひゃっはー! 初心者狩りはキモチいいねー!」
背中越しに棍棒で叩き付けられた俺はバウンドしながら壁にめり込んだ。ダメージ的にはさほど大きくない。キツくても骨にヒビが入ったくらいだろう。
「痛ったいな。酷いじゃないか?」
「ひゃっはー! 生きてるの? 強いの? 面白いの~? ひゃははははー!」
「こざかしい!」
畳み掛けられる棍棒を手刀を使い冷静にさばいていく。薬を使ったのは毒を受けたのか、狂った様子のソイツの足取りはまるで酒飲みだった。
「ひゃっはー! 新参が偉そうに!」
「堕炎魔法・黒炎壁。死ね!」
走ってくる冒険者。俺はその前へ炎壁を設け、その周囲を含めた六方全てを炎壁で閉じ込める。
「ーー! ーーーー!」
「クズが。身をもって償え!」
目の前で燃え盛る黒炎。俺がその壁に触れた瞬間、黒炎のキューブはギュッと小さなキューブの化した後俺の手の中で飛び散った。
「…………」
「俺に関わるな!」
受けようとしていた依頼ももういい。俺はそれだけ言い残すと階段を下りていった。
「こちらが売却分の金額になります」
「ありがとうございました!」
「はい。こちらこそ、」
受付嬢はそう言ってウインクすると自分の鞄をポンと叩いた。
「それでは、」
笑みを浮かべる受付嬢に軽くお辞儀をすると俺は酒飲み達が盛り上がる酒場へと足を運んだ。
「リョウさん!」
「お、藍夏か! 久し振りだな~」
端の方へ行くと藍夏が1人、小さめの酒瓶片手に酒肴を口に運んでいた。
「どうせなら、こんな場所じゃない方が良かったですね?」
「そうだな。藍夏は苦手じゃなかったな?」
「はい…。恥ずかしながら挑戦してみようと!」
なんだろう、この妹でも見てる気分。優司もそうだがこの2人って保護欲を掻き立てるよな…。
「ふっ、無理すんなよ。ビール1樽お願いします」
「はい!」
歩いていく店員を捕まえるとそう言い付け先に代金を渡す。さっきの売却分があれば長い間飲めるだろう。
「1樽っていいましたか?」
「そうだが?」
「ついてけませんよ…」
「ふっ。それよりも優司とは進んでるのか?」
「ぶぅっ。ごほ、ごほ…」
ヤレヤレとした表情を浮かべる藍夏にそんなことを言うと意外にマジで咳き込んでこんだ。
「どうなんだ?」
「今のは無視ですか?」
「どーなーんだー?」
「分かりましたよ…」
その頃スッと運ばれてきたジョッキと樽。樽は蓋の部分を叩き割り直接ビールをすくいとる。それを見た藍夏は驚きの表情を浮かべたが自分の手の中にある酒瓶をクッと飲むと話を始める。
「ん?」
「最近は…、全然なんです…」
「ほう…」
「忙しいのは分かるんですけどもう少し一緒にいてほしいな~って…」
「依頼は別々なのか?」
「はい。私に危険な討伐依頼なんてはせられないって…」
「そうか…。なら藍夏、俺にいい考えがあるぞ!」
俺はそう言って耳打ちするとニヤリと笑ってグウッとビールを飲み干した。
「あれ、藍夏、さん?」
「ティナか。他の皆は?」
「リアスとリリスはいつも通り。優司さんならそろそろ帰ると思うよ!」
「よし、分かった。なら先に飲むか!?」
「もう飲んでるでしょ!」
ティナの鋭い突っ込みに俺は会釈すると再びビールを飲み干した。なんだろう。全く酔わない。
「そういえば、ティナって最近どんな依頼してるんだ?」
「ティナはね~、基本的には討伐かな。簡単だし!」
「そうだな。けど気を付けろよ。俺、こないだあそこで化け物級に会ったから…」
「化け物級?」
「今までで1番強かった…」
「そんなのがいるの!?」
「だから、気を付けろよ?」
「う、うん…」
真剣な眼差しでうなずくティナは少し怯えてるようだった。脅かしすぎたかな…。
「リョウさん、そんなに危険な場所なんですか?」
「危険だな。俺もあんな奴にはもう会いたくない…」
「………。優司ったら、大丈夫でしょうか?」
ティナを脅かしたのはいいが藍夏の方まで伝染してしまった。ホント、優しい奴だな…。
「大丈夫だろう。優司は見た目よりもずっと強いからな!」
「…。そ、そうですよね!」
心配そうな顔かは一転。気を使わせてしまった…。
「なに暗い顔してるの?」
そう言うと藍夏の背中には優司が笑みを浮かべていた。俺は隣のティナと目を合わせると微笑を浮かべた。
「な、なんでもないわよ!」
「どうしたの?」
「だ、だから…」
優司、最近はやるようになったな。まあ俺が教えたのもあるのだが…。
「俺達は退散するか?」
「だね。消えよう?」
《闇魔法・影移動》
流石に同じ机を囲んでいるので立てば気遣わせることになるだろう。音を一切立てずに消えた俺達2人はギルドの中だが少し離れたテーブルへと移動した。
「優司さん、あと一歩が足りないね~」
「だな。あそこで笑ってちょっかい出せるくらいじゃないとな!」
「ティナ達はそれにいっつもからかわれてるけどね!」
「嫌か?」
「ぜーんぜん!」
「もう、可愛いな!」
「やっ、リョウ兄~」
フフッと笑うティナの手を取ると自分の前へ座らせる。後ろからギュッと抱き締めるとティナは片目だけで後ろを向いた。
「少しだけこのままにしてていいか?」
「ずっとでもいいよ!」
「ふふっ。お前らだけは絶対に離さないからな…」
ドクンドクンと伝わる鼓動が今俺の手の中にティナがいる実感をくれる。シュラに会って溢れてきた記憶は俺に悲しみや孤独感も蘇らせた。
「………。ティナ達は、離れないよ!」
俺の漏れでた言葉にティナは振り返ると笑みを浮かべながら近付いてくる。
「んっ!」
「ふふっ、私の勝ち!」
ビックリした。まさかティナに先手を打たれるとは…。
「ふっ!」
「んぅっ…」
負けてままじゃスッキリしない。ドヤッとしたティナと視線を合わせるとキスを交わした。
「ホント、可愛いな!」
「負~け~た~」
「勝ち負けなんてないだろ?」
「そうだけど…」
「ならいいじゃないか。愛しのティナ!」
「はうっ!」
「ど、どうした?」
「なん、でもない…。大丈夫…」
顔を真っ赤にしてうつ向くティナ。抱き締めるとちょうど俺の目線くらいにティナの頭が来たので尖った耳に少し触れてみたんだが…。確かに悪かったと思う。後で素直に謝ろう…。