第119話
「それにしてもティナ、大丈夫かな~?」
太陽がまだ頂点に達していない中、俺はそんなことを呟きながら空を見上げた。
「あんなこと言われたら止められないだろ…」
俺と来るかと聞くと「ティナは大丈夫!」だって。当の本人が断っているのだから俺から食い下がることは出来ない。
「お邪魔します」
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」
もう慣れた闘技場へと入っていくと静かに闘技場内の鎧を見つめるサチ。黄昏てるようなその雰囲気の中、俺は魔力と足音を消してその背後へと回る。
「わっ!」
「きゃっ…、リョウさん!」
「今日も始めるぞ。準備しろ!」
後ろから肩を叩くと体をビクッと震わせて振り返った。驚くサチをポンポンと叩くとコートを脱ぎサチにも準備するよう命じた。最悪、魔力はあのままでも問題無いから。
「リョウさん、できました!」
直剣片手に歩いてきたティナは気合いの入った顔をしており、昨日あれから練習したのか体から漏れ出す魔力の量も少なくなっていた。
「よし。今日は直剣を使った訓練でもしてもらおうと思う。剣術は始めてか?」
「いえ。前の冒険者の人は剣術しか……」
今ティナが持ってるのは子供用とはいえ刃渡り60センチくらいはあり、まだ10歳にもなっていないサチには大きすぎる。これじゃあ剣に振り回されるだけだろう。
「そうか……。よし、なら俺は魔法と一緒に教えてやるよ。これならいいか?」
「はい。色々と、ありがとうございます…」
一瞬暗くなったかと思うとすぐにそれも晴れると俺に向かい剣を構える。
「早速やるか?」
「はい。お願いします!」
「分かった。来い!」
構えの形は悪くない。恐らくはこれまで習ったものの中で1番使いやすいのを実践してるんだろう。
「やあっ!」
《土魔法・鉄拳!》
ガキンッ!
言葉に出さず発動した魔法はしっかりと効果を発揮してサチの鋭い攻撃を受け止める。と言うか、サチは既にFランク冒険者の域を越してると思うんだが…。
「驚いたか?」
「は、はい…。素手なのに…」
「ふっ、俺に武器を抜かせれば合格だ!」
音もたてず一瞬で背後へ回るとポンと背中を押した。そして指鉄砲の形をとると…
バンッ!
「きゃっ!」
「今度は当てるぞ!」
勢いよく放たれた弾丸は綺麗に掃除されている闘技場の床へとめり込みヒビを作った。属性を足さずに魔力だけで作ったそれは威力は低いが物凄いレベルのコスト削減が可能になっていた。
「私だって!」
振り上げた手の上には3メートルを越える魔力の塊が無数に作られその手が振り下ろされると共に俺に向かって飛んでくる。
「ふっ。甘いな…。無属性魔法・魔法強制分解」
飛んできた魔力球は一瞬の間に大量の魔力へと分解され空気中へ散った。そしてその隙にサチの目の前へと移動する。
「っ!」
「これで、死んでたぞ!」
目の前へと近付けた手刀を戻すと頭をポンポンと撫で、近くの椅子へと腰を下ろす。強大な魔力の放流はサチのような大量の魔力に慣れていない者へは悪影響を及ぼすらしいからな。
「リョウさん、この武器は小さくしちゃダメですか?」
「武器をか?」
「ダメならいいんです。これを小さくするなんて特注になるんでしょう…」
「そうか……。なら、土魔法・鉄剣。これを使えばいいんじゃないか?」
魔法とはある程度の応用が聞くもので通常サイズ3尺程なのだが作った鉄剣は2尺程に短くした。鈍く輝く鉄剣は元の剣と大差なかった。
「ありがとうございます。ではっ?」
「もう1度いこうか、」
「はいっ!」
再び構えたサチは鋭い踏み込みと共に俺の目の前へと移動する。その切っ先は俺の首をしっかりと捉えていた。
「ふっ、」
しかしそんな攻撃も体重移動と魔力操作を使った動きに躱され空を切る。元々熊相手に殺り合ってた俺は素早く捉えにくい動きをする必要があった。
「やあっ! どうして当たらないの!?」
「先を見てないからだ、」
剣を振り下ろし手と手の間に隙が出来たのを見つけると俺はその胸ぐらを持ち上げ壁へと投げ飛ばす。
「ぐはっ!」
「これじゃあ死ぬぞ」
バンッ!
サチの顔の横に着弾した弾丸は壁に鋭いヒビを残して消える。冷や汗を流すサチは壁からヒョイッと飛び降りると落とした剣を回収する。
「ありがとうございました!」
「仕事だ。それに依頼が終わっても強くなりたければ俺の所へ来い」
「いいんですか!?」
「お前の成長が楽しみになったんだ。まあ、俺も去るときは伝えに来るよ」
「は、はい!」
サチが何度練習しても上達しなかったのは他の冒険者が彼女の才能を認めず自分の戦闘スタイルを教え込もうとしたからだろう。天性の魔力保有量を持ちながらそれをわざわざ抑えさせようとしたから最善の動きが出来なかった。
「さあ、今日はこれで終了だ。これ以上しても意味がないからな!」
「は、はい!」
「それじゃあな!」
俺はそう言うと入り口の脇に控える婆さんに一礼して屋敷を出ていった。
「はあっ!」
目の前を埋め尽くすゴブリンリーダーを斬り殺す。斬り裂かれた胸から吹き出す血が俺の体を真っ赤に染めた。
「グギャ……ァァ…」
「久し振りの魔物にしては手応えが無いな」
倒れ行くゴブリンリーダーの魔晶だけを回収した。死体に興味は無い。再び周囲の魔力を探って他の獲物を探す。
「見付けた!」
魔力源を見付けた俺はそこへ向かって一直線に走っていく。しばらくすると木々の隙間から紺色の鱗が見え隠れして、黄色のギョロッとした目が俺を凝視した。
「○△□○△□○△□○△!」
俺に気付いた魔物はグッと力を込めると俺に向かって走ってくる。
「凄いな…」
そのスピードもさることながら、なんと魔物は木々を避けることなく壊しながら走ってくる。それを見るに奴の攻撃を受ければまともじゃいられないだろう。
「○△□○△□○△□!」
俺の目の前へ来る魔物は手から生える鱗を伸ばし刃型にすると勢いよく斬りつけてくる。
「ふっ。早いな!?」
横薙ぎに斬りつけられた刃を真下にしゃがみ躱すと、足を蹴り飛ばし体勢を崩す。あのスピードとパワー。油断したら負ける!
「○△□○△□○△!」
キッと目を見開いた魔物は大きな咆哮を放ち手を振り上げる。
ドカーーーンッ!
「こんなの規格外だろ!」
叩きつけられた両手を寸でのところで避けると、少し離れ木の上へと飛び乗る。早く鋭い攻撃は俺の精神力をゴリゴリと削っていく。
「○△□○△□○△□○△□○△□!」
俺を見失った魔物は天高く大きく吼えると周囲を破壊し、暴れまわり始めた。その目は殺意という名の意思で濡れていた。
「ふぅぅぅ。次はこちらの番だ。『絶炎ノ矛』!」
体を渦巻き鎧型に纏まった絶炎は周囲の木々を元々無かったかのように燃やしていく。
「○△□○△□○△□○!」
それだけのことで僅かに漏れだした魔力を関知したようだ。俺の方へ振り向いた魔物は鋭い鱗による突きを放ってくる。
「絶炎に勝るのは同格の水壁だけだ…」
鱗をサッと躱し、手刀を足の付け根へ突き刺した。本当は急所をそのまま狙いたいが体格が3メートルを越えるコイツの急所なんて直で狙えるものじゃない。
「○△□○△□○△!」
「さあっ、逆転劇の始まりだ!」
硬い鱗を貫かれたことに若干の驚きを隠せない様子。それと共に俺の体は深紅の絶炎に覆われた。