第113話
結局それからは夕方近くまでサチとティナと3人で遊び、暗くなりかけた頃にはサチをクロスさんの所へと送り届けた。
「ねえリョウ兄、ここからはティナの時間じゃない?」
「ふっ、そうだな。今日の夜、狩りに行こうか?」
「分かってるね!」
「ふっ、先にリアス達と合流だ。早く行かなきゃ時間無くなるぞ?」
「だ、ダメ! 早く戻ろ!」
「可愛い奴だな。行こうか!」
隣のティナの体を右手に抱えると太陽の紅の影に潜みギルドの影へと移動する。賑やかな酒の香りと賑わいが中から漂ってくる。
「もうリアス達、戻ってきてるかな?」
「どうだろうな。帰ってればいいな!」
ギルドの中へ入ると一瞬で分かった。酒場の中で一際賑わっている真ん中にリアスとリリスの2人がジョッキ片手に冒険者達と賑わっていた。
「楽しそうだね」
「だな。俺達は2人で飲もうか?」
「うん、」
酒場の端へと移動。中央へ人が集まっていることもあり俺達が座った端には静かな冒険者達が数人で酒を傾けるだけだった。
「すいません。弱めのお酒と何か軽めの料理を注文できますか?」
「はい。承知致しました。後程お持ちいたしますね」
「はい、よろしくお願いします」
と言うと店員は奥へ戻り数秒もしない間に戻ってきた。その盆には酒瓶が2つと濃い色をした干し肉が乗っていた。ここからでも芳ばしい肉のいい香りが感じられる。
「お持ち致しました。ごゆっくりどうぞ、」
店員はそう言ってペコリと頭を下げると他の客の元へと向かう。目の前に座るティナを見るとこの甘くフルーティーな香りに浸っていた。
「飲もうか?」
「うん。ゆっくり楽しも?」
クッと酒を傾けると香りとからは想像できない程の強い酸味が口の中へ広がる。しかしそれと共に深い甘みを感じた。
「甘い…」
「そう? ティナはこれくらいがいいよ?」
「そうか。もう少し強くてもいいけどな~」
薄い紫色をしたその酒は葡萄のような甘みがあるがまた違った酸味がより濃く感じられる。あまりに複雑すぎるこの味は地球上の食べ物じゃ該当しないな。
「んー、美味しいねコレ!」
「ん……、確かに。けど少し濃いかな?」
口に入れた干し肉。濃い味付けがなされ十分塩の濃い干し肉がより濃くなっている。まあ、酒の供にと考えるなら打倒なのだろうが判断に困るところではあるな。
「言われてみれば……。けどそれも甘いお酒だから…」
「まあな。いい具合に旨いよな~」
「うん、美味しい。と言うか美味しかったらいいじゃない?」
「んー、ま、そうか。そうだな!」
クイッと酒を傾けた後、干し肉を丸々一口。甘い酒と塩辛い干し肉。バランスはいいな。
「リョウ兄、それにしても2人共元気だよね~」
「だな~。どうせ数時間すれば酔い潰れるだろう」
「そうなんだ……」
チラッとリアス達の方へ目線を向けるとジョッキをグビグビと片手で飲み干す。他にもその隣のリリスは軽く樽の酒を1つ飲みきっていた。
「まあいいっか。俺達は俺達で飲もうじゃないか」
紫色の酒片手にそう呟くとクイッと瓶を傾けた。
「ねえちゃん、もう終わりか~?」
「イタズラしてやろうぜ~」
「うへへ、うへへ、」
そろそろ不穏な雰囲気が立ち込め始めた。酔って意識もハッキリしていないリアスにはそんな声を認識することもできずおっさんの手がリアスへと向かった。
「闇魔法・影移動、影磔」
リアスに触れようとした3人を影の形で磔にするとその影からリアスの隣へと降り立つ。
「ふにゃぁぁぁ、リョ~ウ~」
「さ、帰るぞリアス!」
酔ってフラフラになってるリアスを小脇に抱えると周囲を囲む冒険者をキッと睨む。すると一瞬で人混みが割れ人の通り道ができる。
「行こっか?」
「あぁ。リリスもいるな?」
「うん。お酒も持ってるけどね~」
その手にはちゃっかり酒の瓶が揺れていた。今すぐ没収してもいいんだが、一瓶くらいいいだろう。
「さあ、掴まれよ!」
「えっ、何するの?」
ギルドを出た瞬間そんなことを呟いた俺。建物の物陰に隠れ3人全員を抱き寄せる。
「闇魔法・影移動」
視界のブラックアウト。もう何度も行ったことで慣れたことだがやはり無防備になるほんの数秒は危険かもしれないな。
「あれっ、宿についてる…」
次視界に光が戻ったのは宿でしかも部屋の中。俺の脇に抱えられていたリアスはいつの間にかベッドへ移動してその上を占領していた。
「さあ、俺は向こうで寝るから。あとティナは手伝ってほしいことがあるからついてきてくれ!」
扉を開けて俺の部屋へと戻る。その後をティナはついてきていてこれからのことにワクワている様子だ。
「リョウ兄…」
「行こうか。夜の森へ」
影がビュッと伸びて俺達を包む。ブラックアウトした視界は俺達をどこに誘うのだろうか。
「ほう…、こんな所か……」
「普通の冒険者なら詰んだね……」
影移動の汚点は移動先の情報は全く分からないこと。だから俺も森という粗方の場所で適当に飛んだのだがなんとそこは……、
「ゴブリンの巣、か……」
そこは開けていているのだがその周囲には無数の横穴。そしてそこから這い出てくるのは緑色の肌をしたゴブリン達。ギョロギョロとした黄色の眼球は妙に不気味さを駆り立てる。
『グギャァァァッ!』
俺達2人を敵と判断したのだろう。ゴブリン達は俺達を囲み次々と雄叫びをあげていく。
「ねえリョウ兄、こんな時リョウ兄ならどうする?」
「今宵は丁度新月だ。スキルを試させてもらう!」
「リョ、リョウ兄…」
「『無月覚醒』」
スキルを発動させた瞬間、ドクンッという鼓動のような感触が全身を駆け巡ったかと思うと急に体に異変が現れ始めた。
「リョウ兄、だ、大丈夫なの!?」
手始めに体の筋肉は肥大して血管が浮き出るほどまでに血圧が上がる。それは実感できる域で死の危険さえ感じさせる勢いだ。
「グ、グギャァ…」
そのあまりの威圧感にゴブリン達も全く微動だにしない。しかし俺の体はそれとは逆に落ち着き始めていたりする。
「ほう…。こうなるのか…」
肥大した筋肉や血圧は正常に見えるようになっていた。しかし本当は驚異的な筋肉の増大は全てその力のまま見た目だけが元通りになっていた。
「グ、グギャ」
血中を流れる血液の勢いはまるで死の恐怖を味わった時のような感覚だ。しかしそこに恐れは無く込み上げてくるのは強い闘争心だけ。
「ふふっ、」
同じように体の底から沸き上がる魔力も相当な量と質を誇りこのスキルの恐ろしさを身をもって知った気がする。けど……
「グギャ?」
「使わせてもらうぞ。この力!」
「ちょ、ちょっと待ってよ~!」
先頭で尻込みしていたゴブリンへ今全力の力を込めた一撃。爆散した頭の残骸が周囲のゴブリンの顔へとへばりつく。
「ほう。これはいいな、」
再び拳を振り抜くと近くのゴブリンの首を掴み握り潰す。ふっ、物理的な力だけでやりあえるなんて……。
「グ、グギャァ……」
俺を強敵と判断したのか後ろへ下がるゴブリン達。ある程度の距離をとったゴブリン達は一目散に逃げていく。
「ふははは、逃がすわけないだろ。火炎魔法・豪焔壁」
俺やティナを含んだゴブリン達のいる場所全域を炎の壁で囲む。ちなみにそこを無理矢理突破しようとした者は消し炭と化す。
「グ、グギャァァァ」
「まだまだ夜は始まったばかりだ。Burning Night。開幕だ!」