第112話
「お前は!」
「リョウさん!?」
「娘のこと、ご存じなのですか?」
「はい、こないだ少し…」
「そうでしたか。では改めて私から紹介させていただきます。この子は私の娘のサチ・デイアです。サチ、ご挨拶しなさい」
「サチです。よろしく、お願いします」
昨日と違い少し緊張したような態度をとるサチ。俺は元から分かっていたが知らなかったサチからすれば驚きだろうな。
「よろしく。数日間だが戦闘指導させていただくリョウだ」
「はい…」
「それではリョウさん、私は仕事が残っていますので失礼します。足りぬものや分からぬものがあれば祖母に、」
「はい、分かりました」
頭を下げるとクロスさんはトコトコと出ていく。それにしてもこんな小さい子に何から教えていくかな……。
「リョウ様、わたくしに御手伝いできることがあればなんなりとお申し付け下さい」
俺にそう告げた婆さんは扉の隣へ移動すると静かに立ち尽くす。凛とした雰囲気を放つ婆さんはいるだけで存在感をもっていた。
「土魔法・創作。使ってください」
白い石で形作られた椅子と机はあまりに使いにくい。しかしそのまま立ってるよりは疲れないだろう。
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきますね」
微笑みを見せた婆さん。なんと言うか本当に完成された美しさという感じだな。
「さあさあ、早速始めたいんだがその前に自己紹介といこう」
「はい……」
テンションが低い。怖がっているとかじゃないんだが憂鬱って感じだな…。
「俺は冒険者のリョウ。こっちは連れのティナだ。数日の間、お前に戦闘指導を頼まれた者だ」
「サチです…」
「……」
えっ、まさかそれで終わり?
少しイラッとしたのはさておき、やる気無いんだなこいつ…。
「まずは何からすればいいですか? 時間潰しでも構いませんよ」
「…………」
そうか。冒険者達の態度の意味が分かった。コイツの態度のせいなんだな。と言うことはクロスさんは何度も同じ依頼を出したと言うことか……。
「何をすればい‥‥」
「馬鹿にしているのか!」
「リョウ兄っ!」
言いかけた覇気を込めた視線を向けると蛇に睨まれた蛙のように全く動かなくなる。まずは意欲から正してやらなければならない。
「そんな態度ではなにをするにしても失敗する。今のお前には何を教えても無駄だ。金は受け取らん。帰らせてもらうぞ!」
「っ…………」
「じゃあな、」
戸惑うティナの手を引き俺は扉に手を掛ける。俯き無言のサチと薄笑いをこぼす婆さん。流石に経験豊かな先人には勘づかれてしまうか。
「私だって…」
「ん?」
「私だって頑張ります! けど、けど…、出来ないんですよ!」
泣き崩れるサチ。やはり訳があったのか……。少し心苦しいが俺には上手く聞き出すなんてことはできないからな…。
「ふっ、笑わせてくれるな」
微笑を浮かべサチの前まで移動すると片膝をつき俯く顎を持ち上げる。その頃にはティナも勘づいたのか微笑を浮かべていた。
「………」
「俺はお前を指導する為雇われたんだ。必ず期待に添えるように鍛えてやるよ。お前が心配するようなことじゃないんだ!」
「……っ、……」
目を閉じながら静かに涙を流すサチ。こんな時に思うことじゃないんだが身近で見ると綺麗な顔してるよな…。
「泣くなよ。まだまだ伸び代はあるんだ。お前は俺に、俺達に任せればいい」
チラッとティナに目を向けるとニコッとした顔をしていた。俺だけじゃ限界がある。だからティナにも手伝ってほしい。
「ありがとうございます…」
「なあ、今日は遊びに行かないか?」
「はいっ!?」
「いいですよね?」
「はい。クロス様からはリョウ様の仰せのままにと申し付けられております」
「だそうだ。どうする?」
「えーと…い、いきます!」
俺の提案はサチからすれば予想だにしないことだろう。考え込んでいたサチをよそにティナへ目を移すと気合いを入れたように笑みを浮かべていた。
「婆さん、今日1日分の報酬は必要無い。遊びに行くんだからな」
「了解致しました。行ってらっしゃいませ」
メイドのように丁寧に頭を下げ見送る婆さん。戸惑う小さなサチをティナへ任せると部屋を出て物陰に隠れる。
「サチは初めてだな。行くぞ。闇魔法・影移動」
いつも通り視界がブラックアウトすると次に光が戻ったのは人が賑わう大通りの建物の影。周囲にはいつかの町のように屋台等が並んでいた。
「行くぞ2人共、昼まではまだまだあるからな!」
まだ昼にまでなりきっていない空。まだ朝一の仕事人達が歩くその場所は夜とは違った賑わい方をしていた。通りの先にある噴水には煌めく水飛沫が散ってその下で楽しむカップルが多く集まっていた。
「リョウ、さん。いいんですか?」
「当たり前だ。今日1日は楽しめよ!」
「はい……」
何かもう1歩が欲しいな。まだ俺達と馴染みきれていないサチは恐らくどれだけ今日遊んでも意味がないだろうな。
「なあティナ、この町って遊ぶところとかないのかな?」
「どうだろう。聞いてみる?」
「だな。誰か…」
周囲を見回しても朝一で忙しい人々はみんな走って移動していた。聞けそうな人は…、いないな。
「誰も聞けそうにないね」
「あぁ。仕方ない。サチはど‥」
「私はいいです!」
「………」
「私は…」
「遠慮するなよ。少し待ってろ。闇魔法・影移動!」
パッと移動したのはさっき使った屋敷の物陰。闘技場の扉を開けると静かに紅茶を嗜む婆さん。
「お早いお帰りですね」
「少し御相談に来ました。この町の‥」
「お嬢様を喜ばせられる場所ですね」
「はい…」
「動物園、等どうでしょうか?」
「動物園?」
「はい。お嬢様は動物がお好きでしてね。小さな頃は良く遊んだものです」
「ありがとうございました。闇魔法・影移動」
全て見透かしていたような婆さんは微笑をこぼしながら再び紅茶を楽しみだした。今回は自分の影に入ったのだが小さな影だったせいか目標地点がズレたようだ。
「ここは…」
さっきの場所から見えていた噴水の影だった。周囲にいたカップル達は急に現れた俺に驚いたようだが流石カップルと言ったところかすぐに2人っきりの世界へ戻っていく。
「んー、探すのか…」
今俺がいるこの場所とティナ達と別れた場所とは少し離れていた。ここからあの2人を探すとなると少し面倒かもな…。
「んー、動物園、か…」
噴水の石レンガに腰を掛けながら思考を巡らせていると冷たい水飛沫が俺の髪を濡らした。そういえば向こうの世界で動物園なんて行ったことなかったな…。
「んー、いつか向こうへ遊びに行きたいな…」
向こうへ未練はないがコッチで暮らしていると向こうがいかに便利か理解できる。ただリアス達3人にも向こうの生活ってのを味わわせてやりたい…。
「さあ、探すか!」
立ち上がって周囲を見渡すがティナ達らしき人影は見当たらない。取り敢えず大通りへ歩いていくが人混みのせいで動きにくい…。
「リョウ兄~」
ふと呼ばれた方向を見ると人混みの中を無理矢理割って通ってくるティナ。その片手はサチの手をしっかり握って連れてきていた。
「よく見付けられたな~」
「まあね。リョウ兄の魔力かなっ!」
「あー、それか」
確かに俺からは微量だが常時魔力が漏れ出ていた。これは全ての人に有り得るのだが俺の『永久炉』のようなスキルや能力を持つ者はもっと魔力の漏洩量が多く分かりやすい。
まあ、合流できたのは幸いだ。
これからは楽しい時間になるだろうな。