第111話
ジンワリと立ち込める冷気が俺の体をブルッと震わせた。自然由来の冷気ってどうしてこんなに冷たいんだろ?
「ふぁぁ。少し寝坊したかな?」
窓の方へ目をやると強い日差しが俺の目を照らす。それと共に体を照らす光は僅かな温かさを含んでいた。
「ふふ、ティナより遅いなんて珍しくない?」
扉に背を預けたティナはそう言うと部屋の中へ入ってくる。もう完全に酔いは抜けたんだな…。
「ティナは早いな~」
「エルフだからねっ!」
昨日は酒に酔い潰れたのを運んできた筈なんだが全くその気配を見せない。俺と違い翌日には酔いは無くなってるんだな。
「くぅぅ。おはよう~」
次に入ってきたのはリリス。本当に俺、寝坊したな……。
「おはよう。昨日はありがとな!」
「いいえ、私はリアスを運んだだけだからね!」
「運んだ……、あっ、そう言えばティナ達寝っちゃってたんだった!」
「そう。だから俺とリリスで運んできたんだ~」
「ごめんリョウ兄、迷惑掛けたね…」
「大丈夫。あれくらいお安いご用だ!」
「ありがと…」
「さあ、2人共降りよう。どうせリアスはまだ起きてこないから!」
その言葉と共に俺の体を魔力が包んだかと思うと一瞬で服は取り替えられた。意外に便利なんだよな~。
「ねえリョウ、誰が起きてこないって?」
扉を出るとその真横にリアスがジト目で俺を睨んでいた。マジッ、俺もしかしてリアスより遅かったのか!?
「悪かったよ。だからその目は止めろ!」
「んーだっ! どうせ私はっ!」
「なんだ、不貞腐れてるのか?」
「そんなことないよ!」
よし、俺のペースに誘い込めた。ならばあとは俺の勝ちだ。朝からは少し疲れる…。
「まあいい。早く降りないか?」
「だね……」
俺に負けたと自覚したリアスはシュンとしてうなずく。垂れ下がった獣耳が意外に可愛いんだけど…。
「すいません。適当に朝食を頼めますか?」
「あいよ、」
無愛想に了の意を示した婆さんは厨房へ入り何やら料理を始めた。今更ながらあの人の料理、食べられるのか?
「なあ3人共、今日はどうするんだ?」
「私は引き続き騎兵達の模擬戦相手をしてくる。報酬が大きいから!」
「私はリリスと一緒にいくよ!」
「ティナは昨日と同じ…」
若干暗い影を見せたティナ。あとで俺と来るか誘ってみてもいいかもしれないな。
「ほれ、粗末なもんだけど勘弁しとくれ。お代は結構だよ!」
朝からか!っと思ってしまうが料理と一緒に運ばれてきた小さな酒瓶を飲み干すと端に追いやる。ちなみに料理の盆は全員分用意されそれ全てに酒瓶が乗っかっていた。
「さあ、食べよう。今日も予定あるしな!」
色々とやりたいことやすべきことは残っているが取り敢えずは考えないでこう。考えると疲れる…。
「さあ各自出発!」
その掛け声と共にリアスとリリスは2人で騎兵の模擬戦という嫌われがちな依頼を受けに行った。残ったのは俺とティナ。俺は昨日の依頼の続きなので何も受ける気はないのだが、ティナは迷ってるようでただ依頼ボードの方を見つめていた。
「いってきます!」
「じゃあね!」
横目で迷うティナを眺めていると先に2人はギルドを出ていってしまった。ティナ、大丈夫だろうか…。
「なあティナ」
「ん、どうしたの?」
「今日、俺と一緒に行かないか?」
「行くって…、リョウ兄の依頼?」
「あぁ。俺は依頼を2つ受けるからっ!」
「いいの?」
「勿論だ!」
「ありがと!」
影が差していた顔から一変、パッと明るくなった顔で笑うティナ。やはり…、この土地じゃ過ごしにくいのかもしれないな。
「行くぞ!」
「えっ、何!?」
ギルドを出てその隣に体を隠した俺とティナ。位置は昨日行ったので大体は掴めている。正確、じゃないのが難点だが……。
「闇魔法・影移動!」
一瞬視界がブラックアウトして次に出てきたのはどこか分からない建物の影。この魔法は影が無ければ使えないし影のある所しか影響がない。だから必然的に暗い場所でしか使えない。
「ここは、どこ?」
「貴族達の住宅街だ。俺から離れるなよ!」
物陰から出るとそこは昨日通った道の中半だったのでそのままデイア家へと向かう。
「ここがデイア家の屋敷だ!」
「デイア家?」
「俺が戦闘指導する貴族だ」
「貴族!?」
「まあな。すいませーん、誰かいますか?」
今気付いたがこの貴族、デイア家はそこまで裕福ではないのかもしれない。門等の外装も隣の屋敷とは比較にならないくらい質素だ。
「リョウ様御待ちしておりました。どうぞこちらへ、」
「今日は連れがいるのですが大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ。歓迎しますよ」
婆さんは微笑みながらそう告げると軽い足取りで屋敷の中へと入っていく。そして昨日と同じ部屋に通されると今日はクロスさんがソファーに座って待っていた。
「遅くなってすみません、」
「いえ、私も用意できたばかりでして…。そちらの方は?」
「彼女はティナです。俺の…」
「………」
「?」
「恋人です」
「っ!」
「そうでしたか。私はデイア家5代目当主クロス・デイアと申します。以後お見知り置きを、」
「は、はい!」
「そう緊張なさらずに。私はどうも上下関係が苦手でしてね。ティナさんもゆったりして下さい?」
「は、はい…」
現代人の俺には馴染み無いのだが、この貴族という気品と風格に当てられたティナは緊張して微動だにしない。その額には冷や汗が滲み出ていた。
「えーと、クロスさん。早速ですが依頼の方を?」
「そうですね。娘も控えさせてありますし再確認よろしいですか?」
「はい!」
「それではティナさんもいることですし改めて説明させていただきます。報酬は1日10000G。娘がFランク冒険者に値する実力まで育ててくれれることが最低条件です」
「分かりました。依頼期間は?」
「一任致します。10日以内なら何日でも構いませんよ」
「分かりました。それでは俺達は闘技場で待っていますので!」
「闘技場……。私の屋敷の物を使ってはどうですか?」
「あるのですか! それではありがたく使わせてもらいます!」
「はい、どうぞ。場所は祖母に案内させますのでついていってくださいね」
クロスさんが横目で見た方には同様に柔らかい笑みを浮かべた婆さんが立っていた。その手には何故か短剣が…。
「それでは参りましょう」
「はい、」
その鋭い視線に俺はドキリとした。まるで心の奥底まで見通すような鋭い視線だった。
「こちらが闘技場となります。少々変わった闘技場ですが御構いなさらずに、」
ガラガラという扉が開く音と共に開かれた闘技場。そう言われ入った先にあったのは…
「竹刀だと…」
壁際に立て掛けられた武器はなんと日本のと変わりの無い竹刀。その隣に飾られた鎧は魔物由来の素材を使った精巧な物だった。
「変わった物でしょう。これは昔クロス様が外町領主、町領のディアブロ様から頂いた賜り物とのことです」
「そうなんですか……」
よく見るとその鎧の各箇所には日本の甲冑のような物が技術が使われていた。その黒光りする鎧はどこか妖しく感じた。
「ねえリョウ兄、竹刀って何?」
「向こうの世界特有の武器だ…」
「と言うことは?」
「町領は同じ転生者である可能性が高い…」
竹刀に甲冑似の鎧。その2つに妖しいながらも惹かれた俺はじっくりと見つめていた。すると、
「リョウ様、クロス様がおいでになりました」
婆さんの声に視線を変えた。すると足音と共に扉が開かれ、その先には驚くべき人物が立っていた。