第108話
「依頼書ですか?」
「はい。見回りらしき騎兵に持参するよう言われたんです」
「そうですか。ギルドとして例外は避けたいのですが…」
「仕方ないですね。では依頼はお断‥‥」
「ダメです。分かりました。これが依頼書です。どうぞ!」
「………」
渋々と言った表情で渡す受付嬢。笑みを浮かべその依頼書をしっかり受け取るとギルドを出た。
「闇魔法・影移動」
本来は闇魔法じゃ使いにくい影。しかし元々影系のスキルを持ち闇魔法と統合した俺の闇魔法は影を操ることが用意に出来る。
「ふぅぅ。忘れてた…」
屋敷の影に現れた俺の体。ギルドから数キロをほんの数秒で移動したこの魔法だが、元は影移動という単一のスキルだった。
「御待たせしてすいません。これでよろしいのでしょうか?」
「よし、確認した。この御方の御屋敷はこの先の曲がり角を右に曲がった3軒目である。間違わぬように注意せよ!」
「はい」
よく整備された道の先には小さな広場がありそこから四方に道が広がっていた。そこを右に曲がると確かに3軒目の前に来た。
「ここか…」
大きな門で屋根には金色の装飾が少ないながら施されている。しかしよく見ると門は傷付いていた。
「あー、あー、誰かいますか?」
一応閉まっている門に呼び掛けるとギィッという蝶番の音と共に良い身形をしたお婆さんが出てきた。
「何方ですか?」
「ギルドで戦闘指導の依頼を受けたのですが?」
「それはそれは、ありがとうございます。粗末な所ですがどうぞ、」
門を潜ると中は貴族っぽくはないがちゃんとした整備がされていて、屋敷自体も綺麗だ。そんなことを思いながら通された客間には柔らかい花の香りがした。
「良い趣味ですね!」
「これはサチ御嬢様が御自分で御用意されたものです。あと少しで旦那様も御出になります」
「はい、分かりました」
この世界では珍しいガラス張りの窓がある。そこから見える庭には美しい花達が咲き乱れ、大きな庭に広がる池には寒いのに魚が泳いでいる。
「ん?」
トントンと叩かれた肩。振り向くとそこには美しいレモン色の髪をした男性が俺を値踏みするように眺めていた。
「これはこれは、初めまして。私はここデイア家5代目当主クロスです。以後お見知りおきを」
「は、はい。よろしくお願いします!」
差し出された手を両手で握り返すと俺は促されるままソファーへ座る。
「早速ですが貴方が私の依頼を受けてくださった方で間違い御座いませんか?」
「はい…」
「依頼内容はお聞きになりましたか?」
「いえ…」
「そうですか。それでは私の方から説明させていただきます。依頼内容としては私の娘に戦闘指導をしていただきたいのです」
「娘、ですか?」
「はい。最近では貴族も狙われますので、自分の身は自分で守れるようになってほしいと思いまして…」
「そうですか。分かりました。それでは今日からでよろしいですか?」
「私は願ったりなのですが、今日は娘が不在でしてね。今日の分の報酬も御支払致しますので明日から指導の程御願いいたします」
「は、はい。分かりました!」
「それでは私は仕事がありますので失礼しますね」
クロスさんはそう言いながら部屋を出ていった。そしてそれと入れ替わりに婆さんが入ってくる。
「それではお客様、御自由にしてもらって構いませんよ。今日の依頼はこれにて終了ですので」
「はい。それでは俺も失礼します」
なんとまあ。相手は貴族の娘で恐らくは戦闘経験ゼロの箱入り娘なんだろうな。これを規定の実力まで上げるとなると大変だな…。
「まあ、いいっか!」
面倒なことは考えない。今考えても無駄。今は今のことを考えなきゃな!
「ん?」
目の前の屋敷の影で数人の子供が集まっている。横目で観察するとどうやら…、
「イジメ、かな?」
1人を取り囲んだ数人の子供達が暴言を吐きながら蹴る等殴る等してリンチ(?)している。
「どうしようかな? 闇魔法・影移動」
取り敢えず影に潜り子供達の近くへと出てくるとそれを気付かれぬように眺める。どうやらイジメられてるのは女の子。そしてイジメてるのは男の子か…。
「面倒だなあ~。そうだ!」
良いことを思い付いた。わざわざ俺自身が出る必要はない。疑似生命でいい!
「と言うことで頼む!」
炎を纏う翼は俺の願いに答えるべく真っ直ぐに子供達の方へと飛んでいくと火の粉を撒き散らした。予期せぬことに子供達は戸惑い恐れ逃げ散ってしまう。残ったのはイジメられてた子だけ…。
「キュイ、キュィィィ!」
「よくやったな炎鳥。ご苦労だった!」
魔法を解除し魔晶に戻すと怯える女の子へと近付いていく。何処と無くクロスさんの所のお婆さんに似てるな…。
「あ、ありがとうございます!」
「いいえ、どういたしまして。君は?」
「私はサチ・デイアと言います。貴方は?」
「俺はリョウ。冒険者だ!」
「冒険者…」
「じゃあな。また会えたら良いな~」
「は、はい!」
後ろ向きに手を振りながら歩いていく。どうせ明日には会うんだし、今名前を教えてもいいだろ。
《やあ君、調子はどうだい?》
《問題ないさ。と言うよりも裏背。流石にそろそろ君ってのは止めてくれないか?》
《どうして?》
《慣れない…》
《そうかなあ。なら白狩君でいいかな?》
《………。良しとしようか…》
《不満そうだね?》
《当たり前だろ。普通そこは名前じゃないのか!?》
《んー、そうかなあ。なら遼君?》
《いや、止めてくれ…》
《なら良いじゃないか。白狩君!》
《………》
《じゃあ僕はそろそろお暇するよ。じゃあね!》
ボンッと消えた裏背。貴族達の住宅街を抜けた所には大きな図書館がありその隣には大きな神殿のような建物が建つ。
「デカイな。そんなに入るのか?」
神殿のような建物の大きさは尋常じゃない大きさだった。下手をすれば高さだけで30メートルあるんじゃないか?
「まあいいっか!」
今日2度目のまあいいっか!
全てを深く考え追及するのも大事だが時には適度な所で中止し深入りし過ぎないというのも大事なことだ。取り敢えず俺はまた新しい依頼でも探して少しでも稼がなきゃ…。
カラン、カラン、
ギルドを開けると朝と比べ人の量は2倍程に増えていた。と言うのも昼時ということで大勢がカフェや酒場に集まっていた。
「これでいいっか!」
適当に討伐依頼を受けると俺は急いでギルドを出た。そして物陰に隠れると…、
「闇魔法・影移動!」
一瞬のブラックアウトの後、視界に映るのは鬱蒼とした草原地帯。討伐依頼の内容はリーフボアの討伐で計10体が目標のようだ。
「ほう、こいつらがリーフボアか…」
少し高めの丘から見下ろした先には小さな者から大きな者まで、様々なイノシシ達が草を堪能していた。
「最後の晩餐だな。複合魔法・炎隕石」
ドンッ!
物凄い勢いの隕石が草原の中心に墜ちた。するとそれに応ずるように次々と同じような隕石が墜ちてくる。炎を纏う隕石達は草原を燃やし尽くした。
「以上。やり過ぎたかな?」
見渡すとザッと30匹程のリーフボア達が丸焦げの状態で倒れている。しかし幸い、依頼は証明部位を持って変えるだけでいいしコイツから採れる物も牙だけだった。と言うことは…
「ふぅ、疲れた…」
ひたすら魔晶、証明部位、牙を収集すること数時間。30匹と思っていたリーフボアは見えない範囲や余波によるのよ合わせて60匹以上。それらを全て終えた俺は慌ててギルドへ戻った。