第105話
「リョウ兄?」
干し肉片手にワイングラス。朝の陽光がボロボロの宿を照らす中、久しぶりの酒に舌鼓をうっていた。すると膝の上でガサゴソとした気配を感じたのと同時に可愛いらしい声が聞こえる。
「起きたか?」
「うーん。ごめん。リョウ兄動けなかったんじゃないの?」
「まあ、半分は寝てたから大丈夫だ。お前の寝顔も見れたからな!」
「もう!」
鮮血のような真っ赤なワインはその色を失っていなかった。俺の体に染み渡るその酒は久し振りの感覚に浸らせてくれた。
「やはり早起きなんだな?」
「まあね。エルフ、だし!」
「………」
見てる分にはなんの変哲もないその姿。しかし1度触れれば分かる。ジリジリとした魔力はエルフだけの物じゃない。
「どうしたの?」
「なんでもない。改めて見ると、少し変わったなと思ってな!」
「変わった…、ティナが?」
「あぁ。変わったよ。少し大人になった感じがする…」
「そっか~。けどリョウ兄はもっと変わったよ?」
「そうか?」
「うん。その翼もそうだけど魔力も力も強くなってるし…、それに…」
「ん?」
「魔力が少し、怖い…」
「………」
「け、けどリョウ兄自体は…」
「分かってるんだ。俺は既に人じゃないから…。異常な者を恐れるのは生き物の本能だからな…」
「け、けどティナ達はそんなこと‥‥」
「ふふっ、スマンが俺は言葉では信用できない…」
「…………」
俺のハッキリとした断言ともとれる言葉にティナはショックを受けたようだ。項垂れて無言になる。
「けどな、俺は元々お前達を信じてるんだ!」
顔を上げたところを抱き締めてみた。俺は元々1人だった。そんな俺に誰かといて心から幸せと思わせてくれたコイツらと俺は一緒にいたい。離れていくなら仕方ないが俺から引き離すなんてこと、したくないんだ。
「ティナも、ティナ達も信じてる。リョウ兄なら絶対にティナ達を忘れてない。だから追いかけてきたの!」
「ティナ…。ありがとな。俺も、会いたかった!」
「リョウ兄…、」
言葉では表せないような幸福感が俺を満たしてくれる。抱き締めたティナの鼓動がどこか安心する。
「また、散歩に行くか?」
「ふふ、いいよ!」
目を照らす陽光を手で遮りながら立ち上がるとティナの手をとって宿を出る。前もこんなことした気がする。
「なあティナ、何か欲しい物とかないか?」
「んー、特にないけどな~。弓もあるし!」
背中で日緋色の光を放つ大弓。魔力で引く弓なので最悪矢は必要無いという優れものだ。
「そっか…。そう言えば魔晶は使ったか?」
「リアスが使ってたよ。赤色の巨人だよね?」
「そうだ。それにしてもあれを使うって…、追い詰められたのか?」
「うん。初めは大きな鳥の魔物に襲われて、2回目は強い冒険者達に…」
「そうか…。俺が、ついていてやれば良かったのにな…」
「大丈夫! リアスもティナも十分強くなってるんだよ!」
「そうか…。お前達の力、も信じてやらなきゃな!」
「そうだよ。ティナ達も強くなってるんだから!」
「ふっ、頼もしいじゃないか!」
俺達の朝は早い。ある程度の距離を歩いたのだがやっと今頃朝日が昇りきったところだ。
「それにしても、綺麗だね~」
「だな。ティナはこういうの好きか?」
「うん。綺麗って、いいよね!」
「だよな~」
遠くまで見通せる程の大通りが続き、それが朝日とキラキラとした氷の礫に飾られ幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
「綺麗…。また2人っきりだね!」
「ふふっ、前も2人だけだったもんな~」
俺達の雰囲気とは違い、冷たい風が俺達に吹き付ける。その時、翡翠色の髪をパッと散らした。
「寒い…」
「精霊魔法・温暖。まだ慣れない魔法なんだ。効力は薄いぞ?」
「大丈夫だよ。暖かいっ!」
初めて使ったこの精霊魔法は弱い。本来ならば雨を干魃に、酷暑を極寒にする程の強力な魔法なのだが全くもって使っていなかった俺は周囲を少し暖めるくらしいかできない。
「ん?」
「ダメ?」
然り気無く手を繋いでくるティナ。俺が横目でティナの方を見ると少し恥ずかしそうに笑った。
「そんなことないよ。帰ろうか?」
「うん!」
ある程度の所まで歩いてきた。そろそろ戻らなければ遅くなってしまう。と言うことで俺達は宿へ戻り始めた。
「うわぁぁ。まだ誰も起きてないのか?」
宿に戻ってもカランカランという鈴の音だけで中には誰もいなかった。リアスやリリスが起きてきていないのはよしとしよう。婆さんさえ出てきていない…。
「ティナ達、意外と長い間歩いてたんだけど…」
「2人共、飲み過ぎたんだな~」
「リアスは単に弱いだけかも?」
「言えてるな!」
俺達が座っていたテーブルへもう一度腰を下ろし残っていた干し肉を一口。座るとテーブルの下で丸まっていたバトルハウンドは片目を開けて俺を見ただけで再び寝てしまった。
「そう言えばリョウ兄、リリスさんってどうやって知り合ったの?」
「んー、そうだなあ。少し長くなるがいいか?」
「うん!」
「ならまずは‥‥」
と言うことでリリスに知り合い旅を始めるまでの経路を話した。改めて考えると慌ただしかったな…。
「そうなんだ…。リリスさん、リョウ兄のこと大好きなんだね!」
「かもな。俺もリリスのことは大好きだ!」
「………」
「けれどそれをわざわざ言葉には出さなくてもいいと思う。俺は同じくらいお前も大好きだから!」
「っ!」
雰囲気を感じたのかバトルハウンドは静かにテーブルの下を抜け出すと2階へと上がる。意外と賢いんだな…。
「ティナ、前にお前、俺に離れないでって言ってたよな?」
「うん…」
「いつか俺がティナを残して死んでしまうかもってのも言った…」
「うん…。けどティナは、ティナは死ぬ前も死んだ後もずっとリョウ兄の家族だよ!」
「ありがとな…。死んだ後も家族、か…」
きっともう俺に寿命なんてない。どこか直感で分かる。答えはないけれど俺はもう死ねないんだろう。
《御名答。君はもう、死ねないよ!》
《出てくるな!》
《………》
これまでにない程の強い視線を向けると裏背は納得したような表情をして消える。今回ばかりはありがたいな…。
「どうしたの?」
ボウッとそんなことを感じていると横で心配そうに視線を向けるティナ。やはり分かりやすいんだな、俺。
「なんでもない。ただ…」
昇華しかけているティナにだけは話してもいいかもしれない。いや、違うな。これが裏背の言っていた1人しか愛せないというものなのだろう。
「なに?」
「いや、なんでもないんだ。ただティナを残しては死にたくないなって思ってな…」
「やっぱり優しいね。リョウ兄は…」
「………」
「ティナもね、何度かリョウ兄が死んじゃったらどうしようって考えたことがあるんだよ…」
「………」
「けどね、リョウ兄はきっとティナを残しては死なないと思うようにしてるんだ!」
「………」
「分かってるのに…、そう思わずにはいられない…」
目の前で目を潤ませながら悩んでるのにそれを解決してやれない。いや違う。これはティナを安心させてやるためだ!
「なあティナ、もし俺がもう死なないとしたらどうだ?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「もう死なないから…」
「………」
「………」
「そうなんだ。ティナ、ずっと一緒にいられるの?」
「あぁ。お前が死ぬまで一緒だ」
「流石リョウ兄!」
死なない、と言うことについてはあえて触れない。ただ嬉しいとだけ、それだけでいいんだ。