第101話
俺の脳裏に稲妻が落ちたかのような強い衝撃が走った。悲しくも幸福な時間の記憶がマザマザと蘇ってくる。
「やっと会えた…」
「す、少し待ってくれ。俺には理解が落ち着かない…」
繋がれた手をしっかりと握り返したあと、パッと離した。俺の頭の中は正直なところ考えが浮かんでは消えていっていた。それも莫大な量の仮説と感情が……。
《ふふっ、良かったじゃないか》
《この人はリアスで会ってるのか?》
《どうだろうね。幻覚、隠蔽、空想、色々あるけど調べてみればいいんじゃないかな?》
《っ!》
「どうしたの?」
野次馬の中からリリスが出てくる。フードを被った人の手を俺が持ってる状況。これは……、
「…んっ!」
リリスを見たリアスは後ろのもう1人と視線を交わすとそれぞれが頷いてその場を走って去っていった。残されたのは沢山の野次馬と俺達2人。
「今の人は誰?」
「後で話す。先にここを去ろう」
手早くそう話すと俺は野次馬の中を進み宿へと戻る。扉を開け部屋の中へ入った瞬間、俺の中で様々な記憶が駆け巡った。
「話して、くれるよね?」
「あぁ…」
急いで人混みを出て宿に戻ったのはいいが正直俺自身頭が追い付いていなかった。感情と思考、さっきの出来事はその2つを大きく揺れ動かしていた。
「改めて聞くよ。あの人は誰?」
「その前にリリス、昔の仲間のことは話したか?」
「うん。恋人みたいな仲って…」
「そうだ……」
「もしかしてっ!?」
「その通り。あの人の名前はリアス。俺の仲間だ…」
「けど死んだって…」
「そう思っていた。薬で眠ってる間に瓦礫に埋もれたのだから……」
「………」
「まあ、あの人の正体はそんな感じだ。とは言えもう関係ないことだ……」
「リョウはそれでいいの?」
「………」
やはりリリスの質問は核心を突いている気がする。正直俺は今すぐにでも飛び出したい…。
「死んだと思ってた、ったことはお別れもしてないんでしょ。いいの?」
「ありがとな、」
「大丈夫。あと連れてきてもいいよ!」
「っ!」
「行ってらっしゃい!」
扉をバッと開けると俺はポンッと部屋を出されてしまった。ここまで優しい人っているのか?
「本当に、ありがとな」
最後に礼を言って振り返ると下への階段の手前に裏背が背中を預け薄笑いを浮かべながら俺を見ていた。
《君の言いたいことは分かるよ》
《頼む》
《仕方ないな~。今回だけだよ~》
《礼を言う。『状態変化・霊』》
《ふふっ、行こうか》
裏背と同じ霊体となり俺はその後を追う。コイツのことだ。面白そうとでも思って後をつけていたのだろう。その進む速度に迷いは無かった。
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「どうして!」
「リアス、落ち着いて…」
「私、私どうして…」
「………」
やっと、やっとリョウに会えたのにどうして逃げてきちゃったのか分かんない。嫌われちゃったかな…。路地裏でうずくまっていると地面にポタポタと涙の跡が見える。
「私、泣いちゃってた…」
「へへ、リアスも?」
「ティナも?」
あの時目を合わせて頷き合った。そして同じ気持ちだった筈。なのに、なのに……
「ティナ、泣いちゃってる。分かってたけど、リョウ兄、ティナ達のこと忘れてないよね!?」
「大丈夫、大丈夫…」
不安に駆られた胸は何かに締め付けられるように苦しい。私の手を持って私の名前を呼んでくれた。その顔は別れた時から何一つ変わってなかった…。
「あとでまた、会いに行こう?」
「どうやって、リョウがどこにいるのか…」
「………」
「ごめん…」
ついついティナにイライラをぶつける感じになっちゃった。自分では冷静なつもりだけどやっぱり焦ってるのかな…。
「それにしてもリアス、これ役にたったね」
「だね。絡んできてくれて良かった…」
船に乗って部屋にいた時、急に扉が壊されたと思うと剣を持った男達が私達を襲ってきた。だから殺してその荷物を奪取したんだけどその中にこれが入ってた。獣人、エルフであることを隠そうとしてたんだけど……、まさか亜人全般として捉えられるなんて…。
「リアス、会えるかな?」
「会いたい。リョウに……」
そう言って狭い空を見上げてるとコツンと頭に何かがぶつかった。それが飛んできた方向を見ると腕を抱え立ち尽くす男の人。その後ろには似たような感じの人がいて、全員に共通するのは首元に十字架のネックレスをしてること。
「リアス、囲まれたみたい……」
後ろを振り向くと同じくらいの沢山の人が道を塞いで私達を包囲していた。敵対行動、かな。
「少しくらい感傷に浸る時間が欲しいよ…」
「ホント。酷いよ…」
すると戦闘のリーダーらしき男の人が拳の手甲を打ち鳴らしながら叫ぶ。
「下賤な亜人が我々崇高な魔族統団の信者を殺したとの情報を手に入れた。よってお主らに制裁を下す!」
と言うことでまた翳された紫色の宝石。少し回復していた魔力もそれに奪われて私達は立ってることさえ出来なくなった。
「いけ、」
リーダーが号令を出すと一斉に後ろの信者達は私達へと歩いてくる。リョウとまだちゃんと話せてないのに……。
「待てよ」
と言って何処からともなく現れた姿は私の中を満たすには十分過ぎた。その声、姿、全てが私の大好きな人。
「リョウ……」
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裏背に連れてこられたのはあそこからそこまで離れていない路地裏。そこでは数え切れないくらいの大勢の人に囲まれた2人。
《行かなくていいの?》
《行くさ》
ストンと地面に足をつけるとそれと同時にスキルを解く。刃を向けたのは当然リーダーらしき人物。取り敢えず殺す!
「リョウ……」
「さっきはごめんな。俺も、頭が追い付いてなかった…」
「何をごちゃごちゃとぬかしてんだ!」
「お前達を殺す相談かな。氷魔法・氷像化」
凍てつく冷気は体の芯から氷に変えて正真正銘氷像へと変える。範囲内にいた奴は陽光に煌めく氷像と姿を変えた。
「くっ、いけ!」
リーダーが紫の宝石を翳すと共にドンドン俺の魔力は吸われていく。しかし残念。スキル『永久炉』には勝てない。
「ふっ、どうした?」
「なにっ!」
「死ねよ、『絶炎ノ矛』!」
切り下ろされた大太刀はリーダーを切り裂いたうえ、その後ろへ控える他の奴等まで斬り倒す。
「まだやるのか? お前達のリーダーは殺したぞ?」
『‥‥‥‥』
斬り殺したリーダーの首を掲げるとゾロゾロと信者達が消え失せていく。まったく、久し振りの再開が血の中なんて…。
「………」
「………」
「久し振り…」
「久し振り…」
「ごめんな…。約束したのに…」
「いいよ。仕方ないから…」
「………」
「………」
なんとも気まずいな。前までは眼帯も外せたのに今は何故か外せなかった。そしてリアスの目を直視出来なかった。
「…………」
「…………」
血塗れの手から刃へと血が伝わる。それと同じようにそれぞれの感情は空気へと伝わり余計に気まずくなっている。
「………」
「………」
「はぁっ。もう2人共、どうして黙ってるの!」
血塗れの手を引かれ俺はリアスの目の前まで引っ張られていく。近付いたことで分かった。その目尻には涙の跡があって、今もその瞳には涙が溜まっていた。
「けど、会いたかった…」
「っ!」
目の前のリアスを力強く抱き締めた。その体は震えてたけど直に無くなった。
「俺、ずっと後悔してた。残してきたこと…」
「……。私も、会いたかった!」
戸惑いで下を向いてた手は俺をしっかりと抱き締めてくれた。温かい。2度と、失いたくない…。