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08 ゲシュタルトの祈り

 弾薬は店で購入することも考えたが、現在私は無一文である。

 仕事は探している段階。

 そのうえ、この世界での金銭感覚を身に着けていない。


 シキに頭を下げ弾を恵んでもらうことも考えたが、どの種類の弾を使うかすらわからない。

 ハンドガンでどんなことをしたいのか考えていないのに、貴重で金になる弾薬を譲ってほしいと交渉するのは、あまりにも情けないではないか。


 銃をガンケースに戻し、パチリと閉める。


 支度を終わらせ、信じられない重さのリュックを背負う。


 この荷物を届けたら、本格的に一人だ。

 生きるためにはハンドガンも売り渡したほうがいいかもしれない。

 異世界での人生設計図を頭で考えながら、部屋を後にした。



       ○



 外に向かう道中、あたかも幼馴染のような気楽さで少女にあいさつを受けた。

 昨日声をかけてきた少女だ。

 確か、イブキとか言う自称狩人である。


「おはよ!」

「うっす」


 適当に返事をして私たちは横を通り抜けた。


「ちょっと待って! どこ行くの?」


 シキとアイコンタクトで相談を試みるが、ぷいと顔を逸らされ背中に回られた。

 面倒だから私が対応しろというわけか。


「今日一日は村の外に用事があるんだよ。じゃあな」

「駄目だよ。今は外に危ないネクロマンサーがいるらしくて、ゾンビだらけですごい危険だって」

「外出は無理?」

「もしも殺されたらゾンビにされちゃうよ。……そしたらソラ君が誰かを襲うことになっちゃうかもしれない。だから、今は村の中にいたほうがいいって」


 イブキは右ひじを手で押さえながら、宙に視線を向けていた。


「忠告ありがとな。今日出るかは相談することにするよ」

「だから、外に出ちゃ駄目なんだって! 全然わかってないじゃん!」


 彼女は、堂々と真正面から私の目を見据えてこう言い放った。


「絶対外出ちゃダメだからね!」


 そういって彼女は去っていった。

 イブキからの忠告を受け、道端でしばし作戦会議。


「どうする? なんか外出るのダメっぽいけど」

「明日にする。……ねぇ、ちょっと」


 つむじがのぞき込めるほど、近い距離までシキが体を寄せてくる。

 不意を突くような接近に心臓が跳ねる。

 シキは私の袖をくいくいと引っ張り、


「なんか知らない人が、後ろからついてきてる気がする……」


 うつむき、震えた声でそう言った。


「怖い……」


 私の影に隠れるように、シキは脅えていた。


 ストーカーか?

 確かにシキにそういう悪い虫が付いてもおかしくはない。

 異世界だろうが現代日本だろうが、よからぬ事を企てる人間は存在する。


「わかった。適当に回り道して部屋に戻ろう」


 私は控えめに袖をつまむ彼女の小さな手を優しく握りしめた。



       ○



 どこからか流れてきた鼻をつまみたくなる鉄臭さ。

 それは怪我をしたときに嗅ぐ、血の匂い。

 脂質が鉄イオンに反応して発生する香気成分だ。


 目の前を二人組が必死の形相で通り過ぎていった。

 一人は、服の右半分ほどが血に染まり、絵筆のように引きずっている脚は地面に赤を引いている。

 肩を貸しているもう一人は、片手に血で汚れた布きれをきつく巻き付けていた。

 ゾンビに、指を食いちぎられたようだ。


 そんな彼らを誰かが助ける気配もない。

 保安官すら、二人を見捨てて入口のある上層階へと向かっていく。


 迂回する途中で、村の共有スペースに多くの人が集まっていた。

 聞こえるのは強い興奮が乗せられたピリピリとした大声だ。

 あまり良い空気は感じられない。


 関わるのも面倒だと、私たちは視線を向けることになく壁際を通っていった。


「ネクロマンサーは全員殺せ!」


 集団の中から飛んできた殺気立った怒号。シキは私の手を強く握った。



       ○



 意図せずして通りかかったサクラとハルカの店の前。


 ここも、人が普段よりも多く詰めかけていた。

 銃に加えて、角材や鉄パイプなどで武装した男たちがたむろしている。


 巻き込まれないように祈るが、見られたのか向こうからハルカが走ってきた。


「ソラ君って仕事探してるんだったよね!」


 私は肯定した。


「なら今日からウチで用心棒やらない? 給料は弾むよ」


 ハルカの提案を受け、私は周囲を見渡した。

 健康な男児というカテゴリーで、ほぼ無差別に人を集めているようだ。

 まるで徴兵である。


 スカウトされかけている私を見てか、用心棒の一人が軽口を叩く。

「おいおい、そんな青い兄ちゃんで大丈夫かよ。すぐ死んじまうんじゃねぇか?」


 不思議と嫌な気持ちは湧きあがらなかった。

 まあ、その通りだ。実績もある。

 生まれてこの方殺し合いなんてものをしてことなど、一度もないのだから。


 しかし、こんな私にまで声をかけてきたのは少し気になった。

 見れば幼い少年までもがこん棒を握っている。


「ネクロマンサーがなんだかは知りませんが、ちょっとやりすぎでは?」


 無知な私の言葉で、ハルカは突然目つきを変えた。


「ハイヴのネクロマンサーにそんな甘い考えは通じないよ」


 ハルカは凍えてしまいそうなほど冷たい声を出した。


「死体は物。調達の仕方によっては、この村の人口以上のゾンビを準備されていてもおかしくはないんだぞ。……ああそうか、君は確か記憶がないんだったな」


 聞きなれない単語に頭の上に疑問符を浮かべている私に、ハルカは机の引き出しからぐしゃぐしゃになった紙を取り出した。

 それは白黒の指名手配写真が印刷された紙である。


 粗い写真でも見惚れてしまう、ハリウッドスターのような眉目秀麗な男性が紙には印刷されていた。

 高い鼻筋と顔の彫り、キザに伸ばした髪は光をよく反射して白く映っていて、髭は丁寧に剃られており清潔感がある。

 金髪? 恐らくは外人だ。


「ハイヴというのはネクロマンサーの組織だ。こいつが指導者のヒサキ。一つの町の住民を丸ごとゾンビに変えて手駒にしたり、同じ人間とは思えないことをしてる異常者」


 この異世界はどいつもこいつも美男美女だらけである。

 しかし、このヒサキという凶悪犯は飛びぬけて容姿が優れていた。


 見とれている私を尻目に、ハルカは話を続けて。


「たぶん、この村もハイヴのネクロマンサーに狙われてる。死体を補給したいんだろう」


 私は頭を打たれたような気分になり、立ちすくんだ。


「死体を補充って、そんな……」

「凶悪なネクロマンサーのクウカイっていうのが、誰かに殺されたという噂がどうも本当ってことが最近分かって、ちょっとした祝勝ムードだったんだけどね。いきなりこれだよ」


 吐き捨てるようにハルカは言った。


「で、どうだい。少しでも死人を減らすためには団結するのが得策だと思うけど」

「すみません、今日はどうしても無理です。明日また声かけてください」


 私は考えるそぶりも見せず誘いを断った。

 ハルカは一瞬驚いたが、私の背中に隠れるシキの影を見ると、神妙な面持ちで、


「わかった。でも、一人で無茶しちゃだめだよ。大怪我でもしたら助かる可能性なんか、ほとんどないんだから」


 最後に彼女は、こう付け足した。


「死体をもてあそぶネクロマンサーなんて碌なものじゃない、見かけたら殺して。懸賞金も出るから」



       ○



 火の粉が降りかかることもなく、私とシキは部屋に戻ることに成功した。


 シキの察知したストーカーの存在は確認することはできなかった。

 杞憂であればいいが、しばらくの警戒は必須だ。


 偶然だが、知らなかったクロマンサーの知識は耳にすることはできた。

 死ぬのは嫌なのでハルカから譲り受けたリボルバーの木箱を開ける。


 fight-or-flight。逃げるか、戦うか。

 逃げる選択は頭の中からすぐに追い出された。


 付属の説明書を見ながらリボルバーにペーパーカートリッジを差し込み、ローディングレバーを引く。

 ニップルに雷管をセットし、シキが持っていたホルスターに収める。

 ホルスターには複数の何丁もの拳銃を収納することができるようだが、今は一丁だけだ。


 できれば予備のシリンダーにも弾を込めたかったが、弾と火薬がもうなかった。

 諦め、私はシキに問いかけた。


「シキ、なんか使っていい武器ない? 金槌とか」


 ゾンビという大義名分ができた私は生き生きとしていた。

 しかし、


「……ねぇ」


 湿っぽい声色で、シキは私に言った。


「どうして、逃げないの? ネクロマンサーが近くにいるんだよ?」

「そんなものは逃げる理由にならん。それに、どこに逃げろって言うんだ」


 外は、ゾンビだらけだ。


「シキこそ、逃げるんなら早くしろよ。あの荷物を家まで運ぶんだろ?」


 シキの体力で大量の食品を運ぶことは、ほとんど不可能と言ってもよい。

 単純な力仕事こそ、私の光る道だ。

 そのためにまずはネクロマンサーとやらの襲撃に備える必要があった。


 枕を力強く抱きしめているシキが言う。


「なんでそこまでして私なんかに付き合ってくれるの……? 他の仕事、誘われてたのに」


 しんみりと、沈み込むような口ぶりだった。


「……」

「私、ゾンビのことなんて、ほとんど分からないんだよ……?」


 シキが何を伝えたいのかが全く分からなかった。

 ただ、余計な口を挟んではいけないことだけは、なんとなく理解していた。


「だ、だって……私なんかと、一緒にいたって……。また死んじゃうかもしれないし……。か、隠してることも……、いっぱい、ある、のに」


 何かを探るような、言い方。

 うろたえるシキが目に涙を浮かべながら、声も出さずに唇だけを動かした。

 言葉を詰まらせた彼女は、たまらず視線を下に向けた。


 私はおもむろに歩み寄り、シキの隣に腰掛けた。

 気恥ずかしくて、お互い視線を合わせようとはしない。


「いいか、一度しか言わないぞ」前置きして私は息を吸い込んだ。


 首だけ動かすと、小さなシキの側頭部がある。

 重力に引かれ落ちている黒髪で、表情は見えない。


「シキが何かを隠してようが、俺は構わない。たとえどんなことだろうと、言いたくない過去があるなら察するし、接し方を変えるようなこともしない」


 手術を行うかのような慎重さで言葉を紡いでいく。


「つらいことがあるなら、無理して言わなくてもいい。……これ以上、つらい思いはしなくてもいいんだ」


 根拠もなく直観した。

 シキは拒絶されることを恐れている。


 恐怖、不安、閉じた心。卑屈、抑鬱。無関心。

 孤独、絶望。他人への警戒、不信。

 同じ匂いがした。心がざわつくのは、同族嫌悪。

 思考はトレースできるはずだった。


 しかし、私は壮大な勘違いをしていた。


「ち、違うの……!」


 シキが涙を浮かべた瞳で、私に顔を向けた。


「私……! 誰かに酷いことなんかしたことない……!」


 大粒の涙をこぼしながら、口をわなわなと動かし、声にならない悲鳴を漏らした。

 こみ上げた感情が、シキの何かを打ち壊した。


「わ……わたっ、私……うあぁ、ああああぁぁぁぁ……!」


 抱きしめた枕に顔をうずめ、押し殺したような声で彼女は泣き出した。

 幼い子供のように、うっぷんを晴らすかのように、内に押し込めた感情を燃やすように。


 泣きじゃくるシキを包み込むように、私は正面から抱きしめた。

 初めこそ彼女は華奢な体で抵抗したが、やがて抵抗することをあきらめ、私の腕の中で大人しくぐすぐすとしゃくりあげ始めた。


「シキ。お前は知らないかもしれないけどな、こういう時に、誰かがいてくれるだけで、人間は救われるんだ」


 背中をさすり、頭をなでる。


「信じても……っ、いいの?」


 私し震えるシキに優しく言った。


「言うこと、聞くよ。約束したろ」


 シキは、自信なさげにぼそりと言う。


「お父さんとお母さんの写真、覚えてる……?」


 いきなり、核心的な話題だった。

 忘れられるはずもない。

 腕の中にいるシキの呼気が、不安定になっていく。

 精神的な動揺が、そうさせているようだった。


「私の、お母さんとお父さんは……ハイヴに殺されたって言ったら……信じてくれる?」

「……そうか」


 私は動揺する心を抑えながら話を聞いた。


「……ね……ネクロマンサーだったの」

「……」

「わ、私の、お母さんと、お父さんが、ネクロマンサーで……私もっ、昔……ネクロマンサーになるための、勉強、して」


 薄々、そうではないかと感づいていたので、私は別段と驚きはしなかった。


「でもっ、一人になってからじゃ全然うまくできなくて……っ」


 うわごとを口走るかのように、シキは過去を吐露していく。


 人間は社会性を持つ動物である。

 人間は独りでは生きていけない。

 孤独は、心身を害する。

 思春期の少女ならば、なおさらに。


「誰にも言えなかった……! もしも知られて、こ、殺されるかもしれないって思うと、怖かった……!」


 それからしばらく、シキは泣き続けた。

 泣き続け、涙をすべて出し終わると、腕の中でもがき始める。


 何故シキは私に打ち明けたのか、考えた。

 この世界ではネクロマンサーとは、排斥される忌むべき邪悪な存在となっている。

 家族もいない。世間に、おそらくシキの味方は誰もいなかったのだろう。

 そこにやってきた、ネクロマンサーの『ネ』の字も知らない異世界の住人が私だ。


 もしかすると、今までの時間の中で、信用するに足りる人間か観察されていたのかもしれない。


「も、もう大丈夫だからっ……」


 曲げていた背中を伸ばし顔を上げた。

 真っ赤になった目が、しっかりと私を見据えていた。

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