07 リボルバー&オートマチック
テーブルの上でリボルバーの機構を確認している私を見るなり、寝ていたシキは目を大きく見開いた。
「……どろぼー」
「うるせぇ。貰ったんだよ」
珍しくシキが煽ってくる。
しかし私の興味が銃から離れることはなかった。
「この銃が変なんだよ」
「何が?」
ほんの少しばかりの時間だが拳銃に手で触れてみると、どのような仕組みの銃なのかが分かった。
なんとパーカッション式のくせにダブルアクションなのである。
ハンマーも小さく、フレームも頑丈な作りになっている。
撃鉄と雷管が物理的に接触していないところを見るに、安全装置もばっちり搭載されているらしい。
弾と火薬を6発分込めることのできるシリンダーは簡単に取り外すことができ、予備のシリンダーを持ち歩けばかなりの速度でリロードができるようだ。
なんというか、いびつな銃である。
近代的なリボルバーを部分的に無理矢理パーカッション式に変えたような、この時代にそぐわない妙ちきりんな一品だ。
逆コンバージョンガンと言ったところだろうか。
別世界の人から見るとそういう不自然さを感じる、ということをシキにかみ砕いて伝える。
「ふーん」
眠たそうな返事。お気に召さなかったようだ。
「……それで誰か撃つの?」
「さあな」
親指でハンマーを起こし、輪胴を勢いよく回転させる。
シリンダーは回る、回る。回っていく……。
○
夜になった。
シキは無防備に寝ている。
ゾンビ殺せばお金をもらえる。
外で弾を拾ってくれば簡単に稼げる。
今日得ることのできた情報だ。
私の口から、シキを「一緒に金稼ぎをやろう」と誘う言葉はなぜか出てこなかった。
理由は単純だ。
金稼ぎは今の私の行動規範ではない。
望みを言えば、今すぐにでも元の世界に帰りたい。
しかし帰還のための手掛かりの、その一片すら見当たらない現状だ。
異世界という存在そのものが大して一般的ではないのが、原因の一つだろう。
二冊ある外国語で書かれた手記を思いだす。
恐らく、異世界人のほとんどは天寿を全うする前に逝っている。
異世界人で、言葉が伝わらず誰の助けも得られなかったならもうゾンビに殺されていてもおかしくはない。
日本語を話せる私も死んだのだ。間違いない。
スマホ3号機のライトを点灯させて、拾った日記を翻訳する。
別のケースを参考にさせてもらおう。
手記は何故か銃の撃ち方に関する説明から始まっていた。
文脈から判断するに、書き手の友人が読むことを前提に書いているようだ。
銃の握り方について、やたら綺麗な図とともに書き込みがある。
適当に流し読みしつつチマチマ翻訳していく。
しかし相変わらず辞書に載っていない単語が頻出する。
適当に判断したが、ブラックパウダーは黒色火薬を、
スモークレスパウダーは無煙火薬を指すようだ。
となると、グレインというものは火薬の量を指す単位だろうか。
弾道やサイトの調節についての項目もあるが、ヤードやらフィートやら見慣れない単位が乱舞していた。
この日記の持ち主の銃は25ヤードでゼロインしているようだ。
25ヤードって何メートルなんだろう……。
私はヤード・ポンド法を憎んだ。
メートル原器とキログラム原器でぶん殴ってやりたいほどに。
クリーニングの仕方も丁寧に書き込んである。
そして、後半にはゾンビに対処する方法のメモがつらつらと箇条書きに並んでいた。
そこでスマホの電池が切れた。
ネクロマンスの本質は、死者の活性化と、操作である。
最後に訳すことのできた文章がそれだ。
示す意味は、何か。
○
目ヤニでぼやけた眼をこする。
シキが日記を読んでいた。
「おはぉー」
「……おはよう」
床で寝ているので、寝起きはいつも凝り固まった筋肉をほぐすことから始まる。
伸びをして、寝ぐせを軽く整えて玄関へと向かう。
「どこいくの」
「歯磨いてくる」
寝起きのせいか、シキの質問の意図なんて考えることすらしなかった。
江戸時代みたいな歯ブラシ片手に共同スペースにある水場に向かう。
皆が思い思いに動く中、ぼーっとしながら歯を磨く私。
口をゆすいでいると、巨乳がなぜか私に声をかけてきた。
「平和でいい村だよね。ここ」
「あっ、保安官の人」
私のこの女性保安官の名前を憶えていなかった。
彼女は腕を組んでぼやいた。
たゆんと揺れる脂肪の塊。
「キズナよ。ちゃんと挨拶したでしょ?」
私は鼻の下を伸ばしながら警戒を強めた。
彼女の腰のホルスターには、当たり前のように銃がぶらさがっている。
一体、保安官が何しにきた?
「本当に3日で出ていっちゃうの?」
「あいつはそうですけど。俺は別に違いますよ」
キズナは何故か驚いた表情に変わった。
「……よくわかんないスけど、帰っていいですか?」
「そういわずにもうちょっとだけ」
キズナは両手を合わせて可愛らしく舌を出した。
私は両手をクロスさせてバツを作る。
「NO! 俺今お腹空いてるの!」
「じゃあおごってあげるから!」
「えっ」
まさかの会心の一撃だった。
現在私は一切の金を持っておらず、食事のたびにシキの前で床に頭をこすりつけていた。
ここで朝一の土下座がなくなるのを考えれば、悪くない。
「いきましょう」
きな臭さはあったが、背に腹は代えられぬ。
私は一目散に食堂へとかけていった。
「食べたいものはある?」
「なにがオススメですか?」
「うーん、これかな」
ということで、キズナの指さしたメニューを注文する。
ついでに彼女も注文し、流れのままに一緒に朝食を食べることになった。
キズナは少しだけ聞きなれた固有名詞を口にした。
「シキサイちゃんについて聞きたいんだけど」
「ひひはい?」
「あなたがシキって呼んでるあの子のこと」
もぐもぐしながら私は考えた。
シキサイ、縮めてシキ。
偽名ではないようだ。どちらかというとあだ名か愛称だ。
「ソラくんってあの子とどういう関係なの?」
「……関係ですか」
飛んでくるのはシキの質問ばかりだが、私は一食の恩に真面目に答えることにした。
答えることにしたが、答えに詰まった。
なんだろう、ヒモか寄生虫って言葉が正しい気がする。
無理矢理言葉をひりだした。
「単なる恩人ですよ」
「恩人? きっかけは?」
「ゾンビですよゾンビ。襲われてたところを助けてもらったんです」
まあ嘘はついていない。
シキがゾンビを始末していなかったらリスキル喰らっていただろう。
「初対面で? 前に何度かあったことあったりしない?」
「完全に初対面ですよ」
私はキズナの質問の意図が分からなかった。
「……何を聞きたいのかは知りませんが、俺とシキは大した関係じゃないっすよ?」
私が言うと、キズナは黙った。
「俺はあとちょっと仕事したら、このまま村でなんか仕事して普通に暮らします。そういう普通の人間なんです。家族はいませんが」
「……」
真摯に答えたつもりだった。
だけども何故か、キズナは急に声色を変えて
「……一緒にいて、彼女、何かおかしなところとかなかった?」
フレンドリーな雰囲気から一転、彼女は仕事の顔になる。
「あの子、何にも武器なんて持ってないのに平然とゾンビだらけの外を歩いてるの。もしかすると、無法者の手先って可能性もある」
「無法者?」
「無政府状態をいいことに弱者を狙う悪党たちのことよ。ゾンビに抵抗しながら、危険な外の世界で暮らしつづけているの」
恐らく、荒くれや山賊のようなものだろう。
シキの細腕を思い出す。
あんな引きこもりが、アウトロー?
見当違いも甚だしいキズナの言い分に、私は何故か若干の怒りを覚えた。
「奇妙な想像するのは勝手ですけど、そういうのは好きじゃないな」
私は絶対的な自信をもって断言した。
「シキはただ女の子ですよ。絶対に。もしもあいつが人殺しでもしたら、俺が腹斬って謝罪しますよ」
それは理屈ではなく、感情であった。
○
帰ってくるなりシキがアウトローであるという疑いを思い出し、失笑した。
ベッドで小説を読みながら足をパタパタさせているこいつが悪党?
「なに?」
「なんでもない、なんでもない」
睨みつけられたので適当に誤魔化す。
シキはまた原因不明の不機嫌な空気をばら撒いていた。
矛先がイヤミとなって私に向けられる。
「……歯磨きにしては、ずいぶん時間がかかったね」
「保安官の人とメシ食ってたんだよ。おごってくれるっていうから」
私は端的に事実だけを述べた。
「早く帰ろうよ」
「まだ荷物売ってないだろ」
「いいの」
部屋の隅を見ると保存のきく食料だけが大量に詰まれていた。
シキが単独で購入したようだ。
これを全部私に運べというのか。
「なに? 今から出発?」
シキは頷いて肯定した。
「その前にちょっとあの日記見たいんだけど」
「ダメ」
「なんでだよ。俺じゃないと読めないだろ」
「あれは私が拾ったの!」
シキは激怒した。
「何故ダメなのか理由を教えろ」
「駄目ったら駄目!」
「最後のほうになんかネクロマンシーに関することが書いてあったんだよ。それだけ読ませてくれればいいから」
私はムキになってテーブルに置きっぱなしにしてある本に手を伸ばした。
同時にダッとシキが起き上がり、ビーチフラッグもかくやとばかりに本に手を伸ばした。
綱引きバトルの発生である。
シキの力ごときで私に太刀打ちできるとは考えにくかった。
しかし力尽くの解決は避けたい。
シキが本をグイっと引っ張ると、イヤな感触が伝わった。
音を立てて破れる日記。
「「あ――!!」」
弾けるようにはらはらと紙が床に舞った。
慌ててページを拾い集めようとしたが、破れた背描写からにび色の何かが床に落ちていった。
チリンと鳴り響いた音に、私たちの手が止まる。
「鍵……?」
私は速やかに糊と紙の繊維でべたついている鍵を回収した。
ピンシリンダーキーやピンタンブラーキーのような立派な鍵ではない。
市販されている南京錠に付属する鍵のような、小さな鍵である。
しがみつくように腕を伸ばすシキを片手で制しながら、思い返す。
「この日記を書いた人が、あの銃の持ち主だったりして」
「あの銃って何!? いいから返して!」
「返すよ。……何の鍵かを確かめたらな!」
向かってくるシキの力を利用してベットに投げ飛ばすと、その隙に私はいつか拾ったガンケースを開けた。
中にはガンロックのかかったハンドガンが一丁入ってる。
確証のない自信があった。
ガンロックに鍵を差し込むと、するりと飲み込まれていった。
回す、カチリと確かな手ごたえ。
ワイヤーが解放される。
「~~ッッ!!」
あふれ出ようとする歓喜の叫びを押し殺し、声を出さずに両手を天に突きあげて私は喜んだ。
「……そんなにうれしいの?」
一週回って冷静になったシキが尋ねてくる。
私は無言で頷いた。
ガンロックから解き放たれたハンドガンを右手に握る。
体の大きさには自信はなかったが、手によくなじむ感触があった。
存在感を放つガンブルーのフレームは、弾を入れていないのにのしかかるような重さだ。
スライドリリースレバーを操作すると勢いよくスライドが前進する。
スライドを引くと高い音の金属の動作音が鳴る。
引き金に力を込めると下りていたハンマーが落ちた。
「……弾が無いのは、ちょっと悲しいな!」
弾の入っていないマガジンを差し込む。
見れば見るほど、仕上げが美しい銃だ。
使い込まれた痕跡はあるものの汚れは皆無で、持ち主の銃への愛が感じ取れる。
ガンロックなんかですぐに使えない状態にしていたのかは、考えたくなかった。
このカギはもう必要ないようだ
すてますか? Yes →No