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04 スマホ一号機二号機三号機

 死んで、また蘇生するなんて確証はなかった。

 だけどもまた当たり前のように私は生き返った。


 新しい体は、しっかりと学ランを着込んでいる。

 疲労感も空腹感もなく、眠気もない。今日は夜更かししよう。


 ポケットを探る。

 スマホが、また増えた。



       ○



 喉元過ぎれば熱さを忘れるという(ことわざ)がある。

 吐瀉物(げろ)塗れの私は、地獄の苦しみの表情で死後硬直を迎えた。

 絶望的なあの苦しみはもう人ごとに思えてくる。

 二度と得体のしれない山菜など口にしてたまるかと決意を固めた。


 そして自分の死体の処理という稀有な体験をした私である。

 死ぬのはこれで二回目だ。

 ちょっと慣れてきた感じはあるけど、まだ不思議な感覚がする。


 一度あることは二度あるという(ことわざ)がある。

 二度あることは三度あるという(ことわざ)もある。

 この諺は、失敗を積み重ねないようにしろという戒めである。

 さすがに、三回も死ぬほど私は迂闊ではないだろう。

 そう思いたい。


 毒入り夕食は全て廃棄し、使った食器は徹底的に洗浄した。

 初めてシキと一緒になってやる作業が、それだった。


「そういえばさ、俺の死体もう1つあったけど、あれどこやったの?」

「もう燃やしたよ」


 洗い物のついでに聞いてみたら、すでに火葬済みであった。


「……そうか」


 売れるかもしれないと火を通さなかった毒草は残しておくことになった。



       ○



 見分けがつかなくなるのを恐れ、スマホの裏に数字を刻んでおくことにした。

 五寸釘を片手に、シキが遊んでいた形跡のあるものには1を、

 私が日記の翻訳に使ったものには2を、

 たった今増えたものには3を。


 簡単に私の蘇生について基本をまとめておくことにする。

 死ぬと、直後に新しい体で復活する。

 その際身に着けていた衣服などは新しいものが与えられ、結果的に死体と衣服とスマホが増殖していくようだ。


 リスポーンするとでも形容すべきだろうか。

 つまりはちょっとした不死である。ただの学生ごときが不死である。


 これは一体、どういうことなの?



       ○



 毒草騒動が収束し、死を免れた代わりに夕飯を失ったシキは見たことないほど不機嫌になった。

 ぐるぐると地響きのような音がシキの腹から聞こえた。


 それがきっかけである。


「ソラのせいでもうご飯が無いの……!。もう日記なんていいから出ていってよ、あっちの山のほう越えていけばオニヅカっていう地下に作った村があるから」


 夕食後。

 今私はシキの家の外へと追い出されようとしている。


 長い階段を上らされ、天然の洞窟のような細い通路を進んで、重厚な扉を開けた先に玄関の外があった。 

 ……やはり、この家は地下にあったのか。


 シキは運動なんてほとんどしない少女だ。彼女の非力な腕力に心地よい力で玄関まで押し出されたのは、私が争いを好まないタチだからである。


「せめて近くまで案内してくれって。またゾンビに殺されちまう」

「死んでも生き返るでしょ」

「そういう問題じゃない」


 しかも今は夜だ。外はゾンビであふれている。

 迂闊に動けば結果は死だ。


 なにやらこの少女はゾンビのだらけの町を歩ける技術を有している疑いがある。

 それを解明するまで、この世界は安全ではない。

 何か他の情報も隠し持っていると見たほうがいいだろう。

 それを見るまでここにいる方が安全だ。


「しつこい! あっちいって!」


 シキは小さな炎を複数、散弾のように撃ちだし、私をゴミのように追い払った。

 火傷はイヤなのでバックステップで回避すると、その隙に扉を閉められ鍵をかけられた。


「くそっ!」


 死にたくない。

 どうにかしてシキを説得しなければならなかった。

 しかし大声を出すと、ゾンビが寄ってくるかもしれない。


 扉を適切な強さでノックする。

 返答はない。完全に見捨てられたようだ。

 扉は鋼鉄製のようだ。分厚く、叩けば私の拳のほうが早く壊れそうだ。


「……死ぬのかなぁ」


 サバイバルが始まった途端に詰んだ。

 しかしもうそれはサバイバルではないような気がする。


 風が音を立てて木を揺らしている。

 寒い。


(やれることは、今のうちにやっておくか)


 スマホの電池を外す。

 3号機から1号機にバッテリーを移し替えて、電源を入れた。


 最近使ったアプリの履歴が生き残っている。

 今はシキに関する情報を一つでも多く集めたかった。


 シキがいじっていた疑いのあるアプリは以下の通りである。

 保存した電子書籍、音楽プレイヤー、動画プレイヤー、ソリティア。

 そして最後に、カメラとアルバムだ。


 アルバムを見てみる。

 頭から見ていくのは粋ではない。

 取った順に見ていくのが人間らしい楽しみ方だ。


 一枚目は壁の写真だ、指が写り込んでいる。

 二枚目も壁の写真だ、指が写り込んでいる。

 それからしばらく面白くもなんてもない部屋を写した写真ばかりが流れる。


 部屋の写真が終わると、次はぼーっとしたシキの顔写真が出てくる。かわいい。

 インカメラに切り替えてしまったようだ。


 いろんなアングルのシキの顔写真が何枚か続いた後、外の風景写真へとシリーズが変わる。

 カメラはフロントカメラに戻ったようで、鳥や小動物が写った特に光る要素のない当たり障りのない写真が続いている。


 惰性で画面をフリックし続けていると、ゾンビの顔面アップ写真が表示された。

 突然のグロ画像っ。

 私は即座にフリック。

 しかし、次もゾンビの顔写真だった。


 ファインダーが街の建造物を写し始める。

 シキが撮った写真にはゾンビが映りこむようになった。


「……」


 確信に変わった。

 少女は悠々と死人だらけの街を歩いているようだ。


 最後の写真は、次も2体の老人の写真だった。

 棺に入れられた老爺と老婆には、顔伏せの白布がかけられていて顔を見ることはできない。

 まるで葬式だ。


 スマホを貸したあの日にこの爺婆は死んだというのか?

 引きこもりのシキがそれに立ち会ったというのか?

 まさか。ありえない。


 よく見ると、死体にしては血色がいい。

 壁や床を見ると、シキの家のどこかのようだ。


 つい最近死んだかのような、しっかりとした死体だ。

 不自然に見える点は多いが、エンバーミング(遺体保存)という技術もある。

 死体はしょせん死体だ。外見だけならどうとでも繕える。


 ……人殺し?


 そもそも何でシキはあんなゾンビだらけの街を歩いている?

 私の死体を燃やしたと言っていたが、その場面も私の遺灰も見たことはない。


「っ」


 風が、強くなってきた。


 見上げれば、空には雲一つない星空が広がっている。

 雲がないということは放射冷却により地上の熱が宇宙に逃げていくため、想像を絶するほど寒くなるだろう。

 凍死の二文字が現実味を帯びてくる。

 また死ぬのか……。


 月が見たこともないほど大きかった。スーパームーンなんか目ではない。

 宇宙の闇に浮かぶ燈火(ともしび)のような星が一生懸命に瞬いている。


 ついさっき毒死したけど、夜が明ける前に凍死しそうだけど、

 世界はかくも美しい。


 強すぎる月光が、星の光を潰してしまうというのは本当らしい。

 現代社会では実感しにくいが、満月の月明かりは小さな蝋燭程度には光を放っている。

 しかし月は、あまりにも強く、大きく光り輝いている。

 私に目につくのは、一等星のような大きな星ばかり。

 人工的な液晶の明かりを消した。


 ふと銀河の結びつきに思いをはせる。

 異世界での星座事情が気になるところだ。


 ……あれ?

 目をこする。

 夜の暗闇に張り付く砂時計。

 オリオン座だ。

 橙色に輝きを見せるベテルギウス。

 下には三ツ星、その下には一等星の青白く光るリゲル。


 ついでにシリウスも、プロキオンも見つけ、冬の大三角形の観測に私は成功した。


 よく見ると月の模様も、兎に見える。

 ……ここ地球で、日本じゃないの?

 違うことと言えば月の大きさくらい。

 妙な異世界に迷い込んでしまったな、と思った。


 次第に心細さが強くなっていく。

 ゾンビともう会いたくない…‥。

 死にたくない……。


 顔を下げると、月明かりに照られてる雪原が見える。

 雪の起伏の奥から、ひょっこりとシキが顔を出したのだった。


「うわぁっ!!」


 予想外の出来事に体が飛び上がり、スマホ一号機が床に落ちる。


「……なんでそんなに驚くの……」


 呆れるようにゆっくりとした足取りでシキが向こうからやってくる。

 こいつどこからやってきたんだ……。

 死亡3回目がショック死になるかと思った。

 慌ててスマホを拾う、画面に傷はついていなかった。


「ねぇ……明日買い物に行くから私の代わりに荷物持ちして。そうしたら今日は家の中入れてあげるし、あっちまで案内してあげる。全部終わったら、後は勝手にしていいから」


 どういう心の変化だろうか。


「あっちまでって、ゾンビはどうするんだ。シキはゾンビに殺されないからいいけど俺は普通に追いかけられるんだぞ」

「……なんで、そのこと知ってるの……?」


 私は迂闊だった。冷や汗が、首筋を伝う。


「……ちょっと考えればわかるだろ」

「嘘つかないで」


 その時、スマホの画面が時間経過によって消えた。

 少女ははっとした表情になった。


「もしかして、私の撮った写真見たとか……!?」

「うっ」

「やっぱり! じゃあ私のお父さんとお母さんの写真も見たってこと!?」

「……お父さんとお母さん?」

「あっ……」


 口を滑らせた少女ははっとした表情になった。

 私は迂闊だったがシキも迂闊だった。こんなとこばかり似た者同士だ。


「今私が言ったことすぐに忘れて!」

「無茶言うなよ!」

「ああぁ……もう……どうしよう……」


 シキは頭を抱えて唸った。

 にわかには信じられない光景だった。

 両親の存在に触れただけで、こんなにも彼女は動揺してしまうとは。


 寒さに震えながら傍観に徹していると、髪を振り乱しているシキと目があった。

 ゾンビと遭遇した感覚に似ていた。

 敵意を、感じた。


 シキが服の内側から、突然銃を取り出した。

 小さな手に握られたリボルバーの、深く黒い銃口がこちらに向く。


「お父さんとお母さんのことを知ったからには……」


 切羽詰まった表情で、シキはおぞましい目つきで私をにらみつけ、


「お願い……し、死んで」


 シキは思い出したように撃鉄を起こした。

 その銃口は、激しく揺れていた。


 問答無用の暴力装置を突き付けられ、時が止まったような錯覚を受けた。

 彼女が引き金を引いた瞬間、高い確率で私は死ぬだろう。


 鉛玉が体を貫く衝撃も、その痛みも知らないが、想像力は働く。

 どこかで拳銃よりもナイフを向けられる方が怖いと聞いたが、今ならわかる。

 両方怖いことには変わらない。


 シキは鼻息を荒く肩を震わせて興奮していたが、銃をすぐには撃たなかった。

 まるで無計画かつ初めての銀行強盗のように、何かを躊躇していた。


 私は一種の確信を持って、口を開いた。


「お前、人殺しなんて、したことないだろ」

「……ソラはあるの」

「あるわけないだろ」


 予想したとおり、シキは銃で人を撃った経験がないようだ。


 彼女は迷っていた。

 あたかも、その場の流れで人質を取った立てこもり犯のように。

 銃を向けている人を殺すべきか殺さないべきかの判断に、迷っていた。


 俺に、説得できるか?

 警官でも交渉人(ネゴシエイター)というスペシャリストに任せる分野だ。

 銃口という存在に頭が引っ張られて、うまく言葉が出ないどころか頭も回らない。


「俺は死んでも生き返るぞ! 知ってんだろ! 殺しても解決にならんぞ!」


 殺害という最も効果的な口封じは、私には通じない。

 シキは何故か涙を浮かべていた。


「……じゃあ! ……っ、私は、どうしたらいいのっ…‥!」


 知らねぇよ!

 ……本心を叫ぶことができたら、どんなに楽だったか!


「ずるいよ……! だってソラ、もう使えないって言ったじゃん! もうカメラの写真見れないって言ったのに!」

「それは、すまん!」


 謝罪の言葉と共に、風が吹いた。


「……少し、俺の話を聞いてくれないか!」


 私はおもむろにシキに近づいていった。

 両腕を軽く広げ、両手から力を抜いて、ゆっくりと歩き敵意がないことをアピールする。


「俺は2回死んで2回蘇った。理由は知らん。もしも、何度死んでも何度も蘇るなら、このまま元の世界に帰ることができないなら。俺はこの世界で永遠に生き続けることになる」


 一足一刀の間合いを踏み越え、手で触れることができる距離まで私は詰め寄った。

 シキは銃を下ろすことなく、祈るように銃口を私の頭に向けた。

 構わず歩を進める。

 眉間に銃口が触れ、鉄の冷たさが広がっていく。


 あまりにも近すぎて、リボルバーの輪郭がぼやけたものが見えた。

 賢明な生き方をしているなら、決して見ることのない光景だ。


 引き金にかけている指だけはしっかり見えた。

 シキは撃たない。


「……俺は一人じゃ生きられない。もし撃ちたいなら、撃ってくれていい。それでで蘇らなかったらそれでいい。だけど、蘇ったら、その時は取引がしたい。少しでいいからこの世界で生きるための知識を俺に教えてくれ。協力してくれるなら、俺はシキの両親のことも忘れるし、他のことも協力を惜しまない」


 死というものは唯一無二ものだ。それなりの価値があるようにも見える。

 私の死は価値がないほど薄い気はするが、それで取引を持ちかけるしかない。

 こうするしかなかった。


「わかった……それで、いい」

「……!」


 シキは頷いた。

 命を対価にしたように見える詭弁が功を奏し、私の死が確定した。


「わかったから、最後に、一つ」


 眉間にへばりついた金属が、動いた。

 鼻筋をなぞり、人中を渡り、唇を撫で、喉仏に触れて、左胸に着地した。


 ……えっ? 頭じゃなくて心臓?


「撃っていいなら、こっちにする」


 銃声が冬の空に吸い込まれていった。

 無駄に与えられるこの苦しみは、私が犯した罪への罰なのだろうか。

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