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ドーベルわんこはロマンチスト


 ついた先で数多の妖魔が襲ってきた。どれ位頑張っても菜月は基礎体力が追いつかない。すぐに息切れする。

「はぁ……はぁ」

「止まってるな!!」

 その瞬間、菜月がよろめいた。

「くそっ」

 菜月が怪我をしてしまえば、もっと妖魔は来る。そのまま庇った。

「きゃぁ!!」

「っつぅ」

 左腕を抉られた。

「緋炎さん!?」

「そんな、声出すな。かすり傷だ」

 昔与えられた傷に比べれば。

「血……いやぁぁぁぁぁぁ!!」

「菜月!?」

 菜月のチカラが暴走していく。妖魔が消し去られた。

「菜月!しっかりしろ!!」

「……血は、やめて……」

 すぐに止血だけして、菜月に寄る。

「大丈夫だ。止血した。だから、もう怯えるな」

「緋炎さん……」

 抱きしめた肩が予想以上に細かった。

「……ここは?」

 雨が降ってきたので雨宿りに入った空き家を見て菜月が言う。

「気にするな。ここはどうせ圏外だ。携帯も通じない。もう少ししたら師父のところから助けが来るから、それまで我慢してろ」

 外にある薪を持ってきて囲炉裏に火をつけた。あの時は確かそんな知識が無くて、震えていた。

「服はあまり濡れてないな。ここが近くてよかったよ」

「え?」

「昔よく遊んだ場所だ。だからこの空き家もすぐ分かる」

 不思議そうに菜月がこちらを見てきた。

「そういえば帰りの呪符って……」

「さっき落とした」

 菜月を庇ったときに落としてしまった。それに気がついたのだろう、しょんぼりとしていた。

「気にするな。師父がやりすぎなんだ。いくら魔術をたしなんでるからって、基礎体力が低いお前には無茶苦茶な話だ」

 だが、うつむいた菜月は震えていた。

「……血だけはどうしても駄目なんです」

「そうか」

 血を見る恐怖は緋炎には分からない。ただ、あれだけ怯えたのだ。よほど駄目なのは容易に想像がつく。しかも、妖魔はいきなり襲ってきたのだ。挙句の果てにはすぐに携帯は圏外になった。その時点で陽光からの支援は受けられない。つまり敵索が苦手な緋炎がせざるをえなくなってしまったのだ。

 雨は酷くなっていく。雷鳴がとどろいた。

「あ……」

「どうした?雷も怖いか?」

「いえ。あたし、雷は好きなんです」

 そして窓際へ向かう。

「いくら囲炉裏に火がついたからって、まだこのあたりは寒い。火のそばにいろ」

 確か、あの時も雷鳴がとどろいた。思わず笑いがこみ上げた。

「緋炎さん?」

「いや、なんでもない」

――泣かないで、ちい姫は僕が守るから――

 何とませた言葉だろう。雷鳴に怯える幼子が側で泣いていた。

――じゅあにいちゃま――

 泣きじゃくる幼子はたった一人の身内の名前を呼んでいた。

――今、疾風が迎えに行ったから大丈夫だよ。もうすぐ来るから――

 そう言って幼子を暖めるように抱きしめた。あったのは一枚の毛布だけ。それを幼子にかけて抱きしめた。

 本当は疾風とはぐれたのだ。それでもわざとそう言って慰めた。それしか、その時の自分は出来なかった。そして、そんな無力な自分が嫌だった。

 懐いた幼子を連れて外に出た。その時追っ手が来たのだ。今になって思えば、幼子を追う追っ手だったのかもしれない。

――ちい姫、泣かないで――

 思わずその幼子にキスをした。きょとんとして初めて泣き止んだ。

――ちい姫は、僕の事すき?――

 こくんと幼子が頷いてきた。

――じゃあ、僕とちい姫が大きくなったら結婚しよう――

――けっこん?――

 不思議そうにくるんとした瞳をこちらに向けてきた。

――うん。ずっと一緒にいて僕がちい姫を守っていくってこと。その為の約束だよ――

 幼子はにっこりと微笑んできた。約束のためだと言い、もう一度幼子にキスをした。そして、約束を取り交わしたのだ。

「緋炎さん?」

 再度菜月に呼ばれて我に返った。

「薄気味悪。いきなりニヤニヤして」

「悪い。ちょっと昔を思い出しただけだ」

「昔?」

「あぁ。何ともませた餓鬼だったなと」

「誰が?」

「俺」

 あの時、火を使えなかったことが、救出に時間をかけた。だが、逆に追っ手にも見つからずにすんだのだ。だから褒められた。

「昔もこうやってこういうところに閉じ込められた事がある。その時は本当に小さい子供と一緒で、その子供は雷が怖くて泣きじゃくってたなと」

「子供って普通、雷怖いんじゃないんですか?」

「かもな。さっき震えていたお前と被った」

「は?あたし雷怖がって……」

「いや、だからその前」

 その言葉にいきなりむくれた。

「普通駄目だって言ったもので、そういう風にからかいますか?信じらんない」

「悪い。思い出しただけだ」

 何故そこまで怒るか分からない。それにからかったつもりも無かった。

「緋炎さんって、結構デリカシーないですよね」

 ずばっと言われると結構堪える。

「そう言うお前もそうだと思うが」

 思わず隣にたった。

「お前だってあっさり人の思い出けなしやがって」

「けなした覚えないですけど。あたしは小さい子供は雷怖いんじゃないかなって言っただけですから」

「うるさい」

 ここのところそちらのほうに時間をまわせないのが癪に障っているだけだ。

「俺からみれば結構大事にしてる思い出に、あっさりそういう風に言うのが面白くない」

「ひょっとして、緋炎さんってロマンティスト?」

「やかましいわ!!」

 けたけたと声をあげて笑い出した。

「どんな思い出か知りませんけど、いきなり思い出してニヤニヤするし、大事にしてるってだけで図星指されて怒って、どこがロマンティストじゃないって言うんですか?」

「だからそれがやかましいって言うんだ。俺からみればかなり大事な約束なんだ」

「大事な約束?」

「あぁ……こんや……」

 しまったと思った。連中にも話していないのに口を滑らせた。

「こんやって……もしかして婚約ですか?」

 あまりにもくさすぎると笑い出した。

「うるさい!!」

 だが腹を抱えて笑っていた。

「散々周りに言われたから何も言うな。相手が覚えていなかったらどうするつもりだって聞きたいんだろ?」

 その言葉に顔をあげてきた。

「そんなに昔の話なんですか?」

「……十年以上前」

「それでませてるって事ですか。だったら言われても仕方ないですよね。でも、それ以上にその相手が健在だと良いですね」

 健在だと良いですね、その言葉にぞくりとした。

「緋炎さん?」

「いや……なんでもない」

 そうだ。すでに無事でいる可能性がかなり低いのだ。

 聖たちが迎えに来て救出された。


 その日、今までにないほどの悪夢に襲われた。


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