不思議な少女の秘密
緋炎は移動用の呪符を受け取り、指定された場所へ向かう。菜月はそれを不思議そうに見ていた。
「お前は移動用の呪符を」
「使ったことないです。だから本当に基礎だけ」
「……そうか」
淡々と答えてくる少女に思わず驚いた。
「ここって……」
「来るぞ」
携帯で陽光が指示を出してくる。それにあわせて呪術を整えた。
「げ」
菜月らしからぬ声が後ろから聞こえた。
「……これって……かなりまずいかなぁ」
「悠長な事を言ってるな!!」
そう言いながらも呪術を練っていく。
体力的にかなり不適任だ。すぐに息があがっている。
「危ない!!」
妖魔が菜月へ襲い掛かっていた。
ひらりとかわしながら、基礎中の基礎の魔術を練っていく。
「大丈夫か?」
「はい。何とか」
「基礎しか使えないって、本当なんだな。使い魔くらい持ったらどうだ?」
「そこまで必要なんですか?」
「必要になるだろうと思う。師父に聞いておけ」
「師父?もしかして聖さんのことですか?」
その言葉に頷いた。
「お帰り。予想より遅かったね」
「妖魔の数が予想より増えた。陽光から話は?」
「あぁ。聞いている。私から見れば予想の範囲内だよ。何せ祖父江の者だ」
「……だったな」
祖父江はヒトならざるモノを集めやすい。そのせいだ。
「菜月、君はもう終わりだ」
その言葉を受けて菜月が帰っていく。
「……ふむ。本当に基礎だけだ。というよりあまりにも基本に忠実すぎだね。……それよりも基礎体力がなさすぎる」
菜月のデータを見ながら聖が分析していく。
「予想よりも四条院の呪術に組みやすい子なのかな?いい逸材なのか……それとも」
「それとも?」
「あえてあの男が仕組んできた子供なのか。いや、それくらいなら自分の餌食にする男だ……それともすでに餌食になった子供なのか?」
聖の言うことは残酷すぎる。
「祖父江……まさか……あの男の子供?」
つまりあの少女ということか?
だが、その少女はすでに父親と共にあり。出る事叶わず。それが報告だった。
数日後、楽しそうに陽光と話をしていた。
「お子さんいるんだったら、就職活動本腰入れないとまずいんじゃないんですか?」
「なんだよね。今年三歳になるんだ。可愛いよ」
そして当たり前のように写真を見せていた。
「へぇ……どちらかというと、奥さん似?」
「あったり。男の子も捨てがたいけど、かみさん似の女の子も欲しいかなって思っちゃうよ」
相変わらず和気藹々と話している。そこから情報を入れる。それが陽光の作戦だ。
「いや、無理。結構口堅いわ。いっそ女同士の方が話しやすいのかと思うぞ」
根負けしたのはそれから数日後だった。そしてもう一つ分かった事がある。黒龍に対してかなり警戒をしている。それは黒龍がヒトならざるモノだと気がついてかどうかは分からない。
「俺がヒトならざるモノだから警戒するなら、白銀の旦那にも警戒するはずだろ?」
「師父をヒトだと思っている?」
「いや、私がヒトで無いことはこの間伝えたよ。まぁ、元々私にもさり気なく警戒している。もちろん、緋炎にもだ。一番警戒していないのは陽光なんだよ」
「へ!?」
陽光が驚いている。
「プライベートな話は良く話すだろう?ところが緋炎のプライベートに関しては聞こうとすらしていない。その違いはどこから出てくる?」
警戒の度合いが違う。あからさまな黒龍への警戒と他へのさり気ない警戒。そして紫苑がいそうな時は遅れると連絡が来る。
「あの子も祖父江の者。おそらくいるのが分かるから来ないと思っているよ。あの子に言わせると『偶然』だそうだ」
果たして偶然かどうか。楽しそうに聖が言う。
「すみません。遅く……どうしたんですか?」
不思議そうに菜月が言う。
「いや、何でもないよ。一つ、君に聞きたいことがあってね」
「あたしに聞きたいことですか?」
きょとんとした瞳で聖を見つめ返してきた。
「君の両親の名前だ」
「さぁ?」
不思議そうに菜月が言う。
「これは嘘じゃないですよ。母はあたしを産んですぐに亡くなったそうですから。父は顔も知りません」
冷めた瞳で言う。
「なら、君の兄の名前は?」
「聞きたいことは、一つだけ、でしたよね?」
あとは答える気がないと言わんばかりだった。
「今日も緋炎と出かけてもらう。今回は君が発動させなさい」
「無理です」
これは即答だった。
「何故?」
「移動の仕方ってあたし習ってないんです」
「今から教える」
「さすがにあたし、前習った方以外の方から今教わるのは間違いかと」
これにはこちら側が苦笑するしかない。基礎しか使えない、それは完全に習得していないせいだと暗に言っているのだ。
「分かったよ。緋炎、お前に頼む」
「……あぁ」
思い描いた場所に飛ぶ。だから違う呪符を用意してもらった。