真剣勝負
第九章
道場の門下生の集まりは、幸先がよいとは言えず、たった二人だけだった。
そのうちの一人は、新さんだし、実質一人だけの応募だった。
まあ、始めたばかりだしこれからだな。
こういうのって、口コミとかが影響するし、うん、これからだ。
今日は、初稽古の日。俺も見学に来た。
おお、やってるやってる。
ひゃ~~土方さんの胴着姿、画になるなあ。
伊佐美さんも似合ってるな。
新さんは、俺に気がついて目で挨拶していた。
もう一人は、主婦?っぽいぞ。結構なおばちゃんっていうか・・またなんで。
「それでは構えの手本をみせる」
土方さんがそう言って、手本を示していた。
「剣術は初心者だからといって遠慮することはない。むしろ初心者はどんどん前へ出て打ち込むこと。後ろに下がるな」
へぇーそうなんだ。
上段者は受けて立つってことなのかな。
「そこの女、背筋を伸ばして座れ」
「あっ・・はい・・」
おばちゃん、太ってるから猫背になっちゃうんだな。
それにしても土方さん、「そこの女」って。。
「おっ、太陽、来てたのか、こっちに入ってお前も座れ」
「あ・・はい・・」
「それでは組になって打ち稽古をする」
土方さんと、おばちゃん。伊佐美さんと新さんか。
おばちゃん、立つのも必死じゃないか。土方さん、どうするのかな。
「しっかり立て。まずは竹刀を横に構えて、礼だ」
「は・・はいぃ・・」
「両手で持って、ほら、こうだ」
土方さんが説明しても、おばちゃんは変な持ち方して・・無理じゃないか?
「いいか、こう持つんだ」
土方さんは、おばちゃんの後ろに回って手を添えて教えた。
わあ・・おばちゃん、どこ見てるんだ。前見ろって。
「俺を見るな。前を見てしっかり持て」
「はい・・・」
ダメだこりゃ~~。完全に土方さんに見惚れてるじゃないか。
伊佐美さんと新さんは、いい感じだな。
それにしても、新さん、真剣な表情だな。やる気満々って感じだ。
暫くして休憩になった。
「ようー太陽、お前もやれよ」
「新さん。俺は・・また今度」
「そんなこと言わないでさ、いいぞー、剣道」
「あ、俺、お茶持って来たんですけど」
「そうか。あっちにコップがあるよ。俺も手伝うよ」
「いいよ、新さんは座ってて」
俺は流し台へ行ってコップにお茶を入れて、みんなに配った。
「はい、どうぞ」
「あ・・どうも・・ハアハア・・」
おばちゃん、もう息が上がってる。
「どうですか、調子は」
「もう、ダメ・・・体が動かないわあ」
「あ、俺、星川太陽っていいます。よろしく」
「ハアハア・・・私は・・三杉浦志満子です。よろしくね」
「なんで剣道を始められたんですか?」
「見ての通りよ・・・ハアハア・・ダイエットにいいかと思ってね」
「ダイエット、ですか・・」
土方さん、理由を聞いたら残念に思うだろうな。
「頑張ってください」
「はいはい・・・ありがとうね」
俺は土方さんたちのところへ行った。
「伊佐美さん、新さんどうですか」
「なかなかいいですよ。まずはやる気が肝心ですからね」
「ですよねー、伊佐美さん」
新さんは、伊佐美さんに褒められ、嬉しそうにそう言った。
「歳さん、あの女の人はどうですか」
「あんなに太ってりゃ、動けねぇだろ」
「まあまあ、そう言わずに」
それから稽古再開。
「声を出すことも大事だぞ」
「はいぃ・・・」
「打ち込んでくる時に、おおーー!とか、やーー!とか言ってみろ」
「はいぃ・・ハアハア・・やぁ~~・・・」
「・・・・」
「ハアハア・・・」
「お前はまず、素振りからだな」
「素振り・・・」
「こうするんだ」
そう言って土方さんは、素振りをして見せた。
「わかったか」
「はいぃ・・」
「その時にも、声を出すこと」
素振りか。あれなら俺も出来そうだな。
竹刀も余ってるし、ちょっとやってみようかな。
おばちゃんの横でやると、俺の不格好も目立たないかも。。
俺は竹刀を持って、おばちゃんの横に行った。
こうかな。「おりゃーー!」
「おお、太陽、やる気になったか」
「いえ・・ちょっと試しに・・」
「いいじゃねぇか。えっとな、持ち方はこうだ」
土方さんは、持ち方を教えてくれた。
なるほど、こんなに風に持つのか。
「おりゃー!おりゃー!」
おおっ、なかなか楽しいぞ。
「三杉浦さん、頑張りましょう。おりゃー」
「おりゃ~・・おりゃ~・・」
「そうそう。その調子」
こうして初日の稽古は終わった。
「今日は、初日ということで、不慣れなこともあったと思うが、何事も継続することが大事だ。今後もその精神で取り組むこと」
「はい!」
「歳さん、お疲れさまでした」
「ああ。太陽もやれよ。剣術はいいぞ」
「ああ・・考えておきますね」
「太陽くん、素振り、なかなかよかったですよ」
「ありがとうございます、伊佐美さん」
「絶対やれって。な、太陽」
「新さん・・・そうですねぇ・・」
「では、私は失礼しますね、先生方、ありがとうございました」
「ああ、気を付けて帰るんだぞ」
「三杉浦さん、また頑張りましょうね」
俺と新さんが立ち上がったら、歳さんたちはまだ座っていた。
「あれっ、歳さんと伊佐美さんは帰らないんですか?」
「ああ、これから伊佐美と打ち合いだ」
「そうなんですか・・」
「たいぶ体が鈍ってるからな。いつ元の時代に戻ってもいいようにしておかねぇとな。お前らは帰っていいぞ。さっ、伊佐美やるか」
「はい、お願いします」
それから二人の激しい打ち合いが始まった。
それにしてもすごい。速すぎてよくわからないけど、技もたくさん使ってるんだろうな。
「すごいな・・・」
「はい、見惚れますね」
「俺も早くあんな風に打ちたいな」
「新さん、ほんとにやる気満々ですね」
「お前さ、これを目の当たりにして、やる気が出ない方がおかしいよ」
「そうですかね」
「そうだよ。なんか、血がたぎるっていうか、燃えるものが沸き上がってこないか?」
「うーん、どうなんだろ」
「はっ。全くお前はひょうひょうとしてるというか」
土方さんと伊佐美さんの息が上がってきた。
「まだまだ。もう一回行くぞ」
「はい、望むところです」
土方さんの顔は、次第に「幕末」に戻っているかのように、厳しい表情になっていった。
竹刀を振りながら、頭では不逞浪士を斬っているのかな。
池田屋にたどり着けなかった悔しさが、土方さんの体から滲み出ているようだった。
空気がピンと張り詰め、俺と新さんは言葉を失っていた。
「伊佐美・・・なかなかやるじゃねぇか」
「まだまだです。今度はこちらから行きますよ」
「ああ、かかって来い!」
静かな道場に竹刀の音だけが響いていた。
「なあ、太陽・・」
「はい」
「歳さんも伊佐美さんも、元の時代に帰りたいんだな・・」
「はい、そうですね」
「これは稽古じゃないよ。「本番」だよ」
「はい」
「二人のあの真剣な顔。俺たちは幕末の武士の斬りあいを見てるんだよ」
「そうですね・・」
「あの時代の人たちは、みんな毎日を死ぬか生きるか、それこそ真剣に生きてたんだな・・」
「はい・・・」
「そういう時代を経て、今があるんだな・・」
「はい・・」
「俺、二人を見てて、つくづく思うよ。俺が生きてきた25年間って何だったんだろうって・・」
「・・・」
「あんなに真っすぐに、真剣に生きてなかった。俺・・」
「新さん・・」
「俺さ、歳さんを見て、かっこいいなって思って剣道やり始めたけど、なんか違う気がする。あの二人にとっては生きるために剣術をやってるんだ。俺、もっと真面目に取り組むよ」
「そうですか・・」
俺もなんとなく素振りくらいならできるって思って竹刀を持ったけど、もし俺もやるとして、この人達に教えてもらうなら、中途半端な気持ちでやっちゃいけないな。
これだけは肝に銘じておこう。
第九章END




