道場
第八章
「土方くんは道場を開きたいとか」
「はい、このまま星川に世話になるわけにもいかず、己で稼ぎませんと」
「その話、私は賛成ですよ。是非、伊佐美くんと共にやってください」
「ありがとうございます」
土方さん、そんなのでいいのか。
簡単に乗っちゃダメだ。
「ちょっと待っていただけませんか」
「なんでしょうか」
「俺なんかが口を挟んで申し訳ないんですが、普通に考えて過去から来た人に簡単に道場を開けとか言わないと思うんですが」
「そうですかね」
「俺も同意見です」
新さんも口を開いた。
「どうして君たちがそう思うのかは、私にはわかりませんが、困っている人を目の前にして過去の人間も未来の人間もないでしょう」
「そ・・それはそうですが・・」
「じゃあ、君はどうして土方くんを助け、土方くんだとわかった後でも追い出さなかったのですか」
「そ・・それは・・」
「君は人助けをしておいて、私にはするなと言うのですか」
「あの・・この際、はっきり申し上げますが、俺の場合、助けるといっても自分のできる範囲です。無理はしてません」
「だから?」
「だから、俺は、道場まで開かせるという葛下さんの本心というか、本音を知りたいんです。もしかして騙されてるかも知れないと思っています」
「なるほど。私を悪人ではないかと疑っているのですね」
「はっきり言ってそうです」
俺は言い過ぎたと思ったが、土方さんが酷い目に遭うくらいなら、自分がなんと思われてもいいと思った。
「なるほど。君は正直でいいですね。本心を言ってくれて安心しました」
「土方さんは何もわからない現代に来て、それだけでも大変なのに、この時代で嫌な目に遭ったら気の毒すぎますし、なにより未来の日本や日本人に失望すると思うんです。今の時代はみんな自分勝手で人のことなんてどうでもいいって社会ですけど、でもそうじゃない人たちだってたくさんいますし、少なくとも俺は歴史に名を残すような土方さんに失望してほしくないと思ってます」
「そうですね」
「土方さんだって、俺だって同じ日本人なんです。それが150年経ったら同じ日本人と思えないと失望してほしくないんです」
「太陽、俺は失望なんてしてない。むしろ感謝している」
「土方さん・・・」
「俺は150年前の人間だが、今はこの時代に生きる29歳の男だ。そんな俺がお前の世話になり続けるのは間違っている。俺は自分の足で歩いて行きてぇんだ」
「・・・・」
新さんは、ずっとうつむいていた。
「星川くん、あなたはいくつなんですか」
ずっと黙ったままだった伊佐美さんが口を開いた。
「俺は24です」
「そうですか、私は26です」
26・・・伊佐美さんも若い。
でも、なんでこんなに大人に見えるんだ。
「そちらの方はいつくですか」
「俺は25です・・・」
「えっ、では私たちはそれぞれ年子なんですね」
「土方くんが29、伊佐美くんが26、そちらの二人が25と24。なんとお若いんでしょう」
葛下さんが、羨ましそうにそう言った。
「私など、もうあの世に近い年齢ですからね」
「失礼ですが、おいくつですか」
「86です」
86・・・。でもそんな風に見えないな。70代に見える。
「それで、星川くん、道場の件はどうしますか」
「えっ・・」
「私なら構いませんよ。場所も当然、全て無償でお貸しします」
「・・・・」
「それから土方くんには、伊佐美くんと一緒にここで住んでいただきます。部屋も余ってますしね」
「それでいいんですか、土方さん」
「たくさん稼げるようになったら、家を探す。それで伊佐美と暮らそうと思っている」
「そ・・・そうなんですか・・」
「星川くん、そんなに心配なら毎日様子を見に来なさい。そちらの君も」
「あ・・はい・・」
新さんは、頼りない返事をした。
「決して悪いようにはしませんから。年寄りの最後の道楽と思ってください」
「はい・・・」
「それと、土方くんと伊佐美くんの素性は決して他言無用です。わかっていますね」
「それはもちろんです」
ほどなくして、俺たちは葛下さんの家を後にし、途中で新さんと別れた。
「なあ、太陽。そんなに心配するな」
「あ・・はい・・」
「これでも俺は人を見る目があると思っている。たとえ時代が違ってもな」
「はい・・」
「お前は知らねぇだろうが、新選組に源さんって人がいてな。その人と感じが似てるんだよ、葛下さんは」
「そうなんですか」
「優しい人でな、ちょうど話し方もあんな感じだ」
「だから初対面でも、親しそうに話せたんですね」
「そうかもな」
土方さんがそう言うなら、いいのかも知れない。
見る目は、少なくとも俺なんかよりずっと肥えてるはずだし。
なにより家が近いってことが幸いだ。
「新さん、昨日のこと、どう思いました?」
俺は早速、次の日、しんさんに尋ねてみた。
「正直、俺にはわかんないけど、あのじいさん、悪い人ではなさそうだよ」
「そうですねえ」
「年も86だし、今更、悪いことするようにも思えないし」
「しかし相手が、なんといっても歴史上の人物ですから、何かに利用するとか、ないですかね」
「利用するったって、公にしてしまったら日本中が大騒ぎになるし、じいさんだって巻き込まれるわけだから、そんな危ない橋渡るかな」
「まあ確かに」
「それにしても、昨日の太陽の高説は見事だったよ」
「高説?」
「ほら、過去の日本人に失望されたくない、というあれさ」
「ああ、思わず言っちゃった感じです」
「俺も太陽と同じ気持ちだよ。だってさ、150年前の日本人がどんな人だったのかはわからないけど、少なくとも、歳さんや伊佐美さんを見てるとすごく立派だろう。俺たちと同年代なのにあの二人は全く違うよな。150年経ったら日本人は幼稚になっててその上、悪だくみするやつがいて、ってなったら嫌だよ絶対に」
「はい。150年前の日本や日本人は、今と全然違うと感じますね」
「まあ、そもそもあの時代は動乱に継ぐ動乱だったから、自ずとしっかりしないと生きていけなかったと思うし。今は平和そのものだもんな」
「人間って平和が長く続くと、ふ抜けてしまうんですかね」
「まあな。贅沢にもなるし、堕落してることは確かだよな」
「それを「ありがたいこと」と感じないですもんね。当たり前だと思ってますよね」
「そうだな」
その後、俺と新さんは、道場の件は認めることにした。
道場として使用される場所は、葛下さんが保有している土地に、とりあえずプレハブ小屋を建てるということになった。
そして土方さんは、俺の部屋から出て行くことになった。
「太陽、色々と世話になった。心から感謝する」
「いえ、何もできませんでしたが、葛下さんのところで何か不自由なことがあれば、いつでも帰って来てください」
「ありがとう。今まで世話になった分は、俺が稼いだら必ず返すからな」
「そんなのはいいんです。気にしないでください」
「道場を開いたらお前も入れよ」
「えっと・・それは、おいおいと・・」
「そうか」
そう言って土方さんは笑っていた。
俺は土方さんを葛下さんの家まで送って行くことにした。
「そうだ、京都へ行くこと、忘れないでくださいね」
「ああ。楽しみにしているぞ」
「それでは、これで。また様子を見に来ますので」
「ああ。じゃあな」
そう言って土方さんは、中へと入って行った。
なんだかちょっと淋しい気がするけど、土方さんの新しい暮らしが始まるんだ。
少しでも今より楽しいことがあればいいな。
それにしても、いつになったら元の時代へ戻れるんだろう。
土方さん、戻りたいだろうな。かわいそうに・・・
それから約半月後、小屋が完成した。
俺と新さんは、早速見に行った。
するとそこには、土方さんも伊佐美さんも葛下さんも来ていた。
「こんにちは」
「おう、太陽、新五郎」
「こんにちは、葛下さん、伊佐美さん」
「こんにちは」
「いらっしゃい。どうぞゆっくり見学していってください」
葛下さんは、優しくそう言ってくれた。
「今から看板を掛けます」
「そうなんですね」
土方さんと伊佐美さんは木製の看板を持ち、入り口に掛けた。
--------星川道場
あっ・・・俺の苗字になってる。
俺、関係ないのに。
「土方くんや伊佐美くんの名前を出すわけにもいかず、君の苗字にしました。既に土方くんと君は親戚ということらしいですし」
「はい・・」
「これでいいですね。それから、門下生募集を市の広報にお願いしました」
「えっ、もうそんな手はずができてるんですね」
「はい。土方くんが一日も早く開きたいとのことでしたから」
「そうですか。何から何までありがとうございます」
土方さんは看板をじっと見つめていた。
どんな心境なんだろう。少しでも気が紛れるのならいいんだけど。
「歳さん、試衛館のこと思い出してるんじゃないかな」
「試衛館?」
「近藤さんが開いてた道場の名前だよ。土方さんはそこの門下生だったんだ」
そうか。新さん、相変わらず詳しいな。
中へ入ってみると、胴着や道具も何組か揃えて置いてあった。
水道もあるし、小さな流し台や冷蔵庫もあった。
とりあえず、必要最小限のものは揃っている。
後は門下生が集まるのを待つだけか。
「歳さん、よかったですね」
「ああ。これで俺もやることができた。俺と伊佐美はこの時代で生きていかなくちゃならねぇからな。遊んでばかりはいられねぇ」
「そうですか・・」
「この時代で死んでしまったら、元の時代に戻れねぇからな。何としてでも生きなくちゃならねぇ」
「はい」
そうだよな。その通りだ。
土方さんは元の時代へ戻るために、今を生きると決めたんだな。
伊佐美さんもきっとそうだ。
第八章END




