だんだら羽織
第四章
昨日、あんな風に土方さんに泣かれて、俺は困った。
俺だって出来ることなら帰してあげたいけど、どうすればいいのか、全くわからない。
こういうのって、何かの偶然が重なって起きるって聞くけど、その偶然って何だろう。
やっぱり誰かに相談した方がいいのかな。
「新さん」
「なに?」
「あの、今日、仕事終わったら、ちょっと付き合ってもらえませんか」
「飲みか?」
「いえ、そうではないんですけど。よかったら俺の家へ来てもらえませんか」
「なんだよ、いきなり」
「相談したいことがあって」
「相談?」
「はい。ちょっと込み入った話なので今は言えませんが」
「おいおい、金の相談とかだったらお断りだぜ」
「金の相談・・・それだとどんなに気楽か・・・」
「は?」
新さんは渋々ながら、俺の家へ来てくれることになった。
土方さんのことは、帰りながら話すとしよう。
歴史好きの新さんなら、きっとわかってくれるだろう。
そして帰りの時間になり、俺は覚悟を決めた。
「新さん、今から言うこと驚かないで聞いてほしいんですが」
「な・・なんだよ」
「俺ね、一週間ほど前に、いきなり新選組のことを訊いたことがあったじゃないですか」
「うん」
「新さんも驚いてましたよね。なんでって」
「そりゃ驚くさ。歴史なんて全く興味が無いお前だからな」
「なんで訊いたかっていうと、先日、俺、ある人と出遭ったんですよ」
「ある人?」
「新選組の土方歳三が公園のベンチで倒れてたんです」
「あっはっは!なにを言うかと思ったら。お前、大丈夫か?」
「信じないのはわかっています。誰でもそう反応しますよね」
「だって、あんまりだろ。あっはは」
「でも本当なんです。で、土方さんを俺の部屋へ連れて行って、今、一緒に暮らしてるんです」
「あっはは、マジかよ!」
そりゃそうなるわな。
でも何も言わずにいきなり連れてって、混乱するよりはいい。
「だから、とにかくその目で確かめてください。土方さんの顔は知ってますか?」
「もちろん知ってるさ」
「ですよね、それならいいです」
そして俺たちは部屋の前まで来た。
「いいですか、驚かないでくださいね。大きな声も出さないようにしてください」
「まだ言ってる。あはは」
「マジで言ってるんです」
「はいはい、わかりましたよ~」
そして俺は玄関を開けた。
「ただいまー」
「おかえり」
中から男の声が聞こえたので、新さんはちょっと引いていた。
「入ってください」
「あ・・うん・・」
新さんは土方さんの姿を見て、言葉を失っていた。
「新さん・・」
「おい、太陽。これって・・・そっくりさんじゃないのか・・・」
「違いますって。本物の土方さんです」
「う・・・う・・・そ・・・」
「星川、その人は誰だ」
「仕事場の先輩で、小二田新五郎さんです」
「そうか」
「しゃ・・・喋ってる・・・土方歳三が・・・喋ってる・・・」
新さんはその場にヘタレこんだ。
「俺、歳さんのこと話したんです。小二田さんは歴史が好きな人なので」
「そうか」
「あの・・・本当に土方歳三さんですか・・・」
「そうだ」
「な・・・なんでここに居るんですか・・・」
「それは俺にもわからねぇ」
「新さん、土方さんはタイムスリップしてきたんだと思います」
「タイムスリップ・・・?」
「はい、どう考えてもそうとしか思えません」
「あり得ねえ・・・マジか」
そして暫く三人で話した。
すると新さんも、ようやく緊張がほぐれてきた。
「それで池田屋へ向かってる途中だったんですか・・なるほど」
「そうだ。俺は気が気ではなかったが、星川が討ち入りは成功したと教えてくれてな」
「じゃ会津藩が駆けつけてきた時、中へ入るのを土方さんが阻止したことは、まだ行われてないんだ・・」
「なにっ!会津藩は合流してなかったってのか!」
「ひっ・・・」
土方さんは、また鬼の形相になった。
新さん、めっちゃ引いてる。。
「くそっ!会津の野郎。するとなにか、近藤さんたちだけで突入したってのか・・・なんということだ・・・」
「あの・・・でも、新選組の犠牲者は最小限に留まりましたよ」
「そうか・・もうそれ以上言わないでくれ・・」
「歳さん・・大丈夫ですか」
「ああ。でもこれ以上、俺は知りたくねぇ。胸が張り裂けそうだ・・」
「じゃ、俺、この辺で帰ります」
「新さん、まだいいじゃないですか」
「いや、帰るよ。ありがとうな」
「そうですか」
「土方さん、会えてうれしかったです。また来ます」
「そうか、気をつけてな」
俺は新さんを駅まで送って行くことにした。
「新さん、もっといてくれればよかったのに」
「俺さ・・・泣きそうになったんだよ」
「え、そうなんですか」
「うん、あのまま居たら、絶対に泣いてた」
「・・・・」
「そういえば、土方さんって池田屋に向かってた途中だったんだよな」
「はい、そう言ってましたね」
「じゃ、羽織は着てたのか?」
「羽織?」
「そう。新選組の羽織。青色のさ」
「いや、倒れていた時は、着物だけだったけど」
「そっか。羽織だけあの時代に置いてきたのかな」
「どうなんでしょうね」
「公園って言ったよな。それどこだ」
新さんはそう言って、俺たちは公園へ向かった。
「このベンチで倒れてたんですよ」
「そっか」
新さんは、何かを探すようにそこら辺を歩き始めた。
新さん、羽織を探してるのかな。
「あっ!!!あったぞ!」
新さんがそう叫んで、俺は急いでその場へ行った。
そこは大きな桜の木の下に、植え込みがある場所だった。
新さんが見つめる先には、かすかに青色の着物の袖のようなものが見えていた。
でもそれは一見、ボロきれのようにしか見えなかった。
雨が降ったせいもあってか、泥と葉っぱに埋もれていた。
「こんなに汚れて・・・かわいそうに・・・」
新さんは泣きながら、それを拾い上げた。
「やっぱり新選組の羽織だ・・・土方さんのだ・・・こんなになって・・・こんなに汚れて・・・」
「新さん・・・」
「なあ、太陽・・・」
「はい」
「新選組って、悲惨な末路を辿るんだよ」
「そうなんですか・・」
「それこそ池田屋事件ではその名を轟かせたけど、時代の流れは残酷でさ。敗戦に継ぐ敗戦で、追う立場が追われる立場になってな。近藤さんは斬首、沖田さんは結核で病死、土方さんは北海道で鉄砲に撃たれて戦死。その前も隊内部で袂を分かつものが出たり、切腹させられたりね」
「・・・・」
「栄枯盛衰ってやつだな。でも新選組はその期間が短すぎた。この羽織を見ていると、俺は新選組を象徴しているように思えてならない」
「そうですか・・」
「せめて、洗って綺麗にしてやりたいな」
「はい」
「新選組のその後のことは、土方さんには言わない方がいいぞ」
「はい、そうですね」
新さんは、その羽織を持って帰り、家で洗濯すると言っていた。
そうなんだ。新選組って悲惨な末路を辿るんだ・・
土方さん、かわいそうだな。
俺は歴史のことなんて全くわからないけど、時々、刀を出して抱えている姿を見ていると、気の毒でならないもんな。
いつもは、すっと背筋が伸びているのに、その時だけは背中が丸くなって、愛しむように抱えているもんな。
家へ戻ると土方さんは、また愛刀を出して、じっと見つめていた。
「歳さん・・」
「あ、帰って来たか」
「はい・・」
俺はさっきの話が頭から離れなかった。
悲惨な末路を辿るくらいなら、このまま今の時代で人生を全うする方がいいんじゃないのか。
鉄砲に撃たれて死ぬくらいなら、このままの方が。。
「どうした」
「いえ・・別に・・」
「さっきの男、最初は驚いてたな」
「はい。誰でも驚くと思います」
「でも、いいやつだな」
「はい、すごくいい人です」
俺は、羽織を抱えて泣いていた、新さんの姿が頭から離れなかった。
第四章END




