怒り
第十章
道場を開いて二週間が経ったけど、人は一向に増えない。
三杉浦さんもダイエットのためとはいえ、休むことなく頑張っているし「先生がかっこいいのよー」と周りの主婦たちにも宣伝してくれてるらしいが、なぜか人が集まらない。
確かに、土方さんと伊佐美さんの指導は厳しいかもしれないが、新さんも三杉浦さんもついていけてるのだし、もう少し評判が広がってもいいと思うのだが。
あの瓜阪さんの子供なんて、真っ先に入門してきてもいいと思うんだけどな。
俺は正式な門下生になったわけではないが、素振りを中心に土方さんや伊佐美さんの打ち合いを見て勉強し、雑用もこなしていた。
「こんばんは・・・」
あっ、あれは剣道クラブの宇座峰さんだ。
「どうも、お久しぶりです」
「ちょっとお邪魔してもいいですか」
「はい、どうぞ」
俺は宇座峰さんにお茶を用意した。
「今日は、見学に来られたんですか?」
「ええ・・まあ、そんな感じですかね」
「まだ二人しかいないんですよ。門下生」
「あなたは?」
「俺は、見習いっていうか、マネージャーっていうか、雑用係っていうか。ははっ」
「そうなんですね」
「あのですね・・・」
「はい」
なんか、宇座峰さん、訳あり顔だな。
「うちのクラブに通っている子供たちが、星川先生に習いたいと言って部をやめようとしたんですが・・・」
「はあ・・」
「部長が許可しなくてですね・・」
「えっ・・」
「実は、私も星川先生に習いたいんですよ、正直」
「そうなんですか」
「部長は、いい人なんですけど・・・ちょっと自尊心が強いっていうか・・。星川先生が初稽古に来られた日、あったでしょ」
「はい」
「あの後ね、子供たちはそれは大騒ぎで、何日たっても星川先生の話題で盛り上がってて、部長は機嫌が悪くなったというか。それで今回の道場開きでしょ」
「ああ・・」
「親御さんたちも、今まで部長さんにお世話になってる手前、子供たちに我慢させている状態なんですよ」
「あらら・・」
だからか。。全然人が増えないのは。
曲がりなりにも武道をやる者として、潔さっていうか、そんな気持ちないのかな。
悪いけど、あの部長じゃ、土方さんや伊佐美さんの足元にも及ばないよ。
素人の俺でもわかるのに、子供とはいえ、経験者だと一目で見抜くよな。
「あのおばさん、フラフラですね・・・」
「はい。でも、休むことなく頑張っていますよ」
「羨ましいな。星川先生とマンツーマンなんて」
確かにそうだ。今なら独占状態で教えてもらえるもんな。
「ああ~~私もここで習いたいな」
「来たらいいじゃないですか」
「ダメよ。子供たちを放っといて、私だけ来るわけにはいかないでしょ」
「そっか・・」
「さて、休憩だ」
土方さんの掛け声で休憩に入った。
「おっ、入隊希望者か」
土方さん・・・入隊って。。
「この人は剣道クラブの人です」
「そうか。ゆっくりしてってくれ」
「ありがとうございます」
「稽古が終わると、歳さんと伊佐美さんの打ち合いが始まりますよ」
「そうなんですか」
「是非、見てって下さい。すごいですよ」
「はい」
休憩が終わって、後半の稽古が始まった。
「俺も素振りしてきます」
「そうなんだ、じゃ私も」
そう言って宇座峰さんも竹刀を持った。
「おりゃー!おりゃー!」
へぇーうまいんだな。宇座峰さん。
「なかなかいい振りをしてますね」
伊佐美さんが声をかけてきた。
「そうですか、ありがとうございます」
「私と打ってみましょうか」
「はい!」
宇座峰さんは嬉しそうに返事をした。
すごいな。素振りだけで見抜けるんだ。
二人が向かい合って、打ち合いが始まった。
おおお、宇座峰さん、いい踏み込みだなあ。切れがあるっていうのか、勢いがあるっていうのか。
足で鳴らす板の音も違うな。
「あの女性、ここに入りたいの?」
新さんが声をかけて来た。
「いや、とりあえず見学に来たみたいですよ。あの人、剣道クラブの人なんですよ」
「へぇーそうなんだ」
「それにしても、新さん、上達速いですよね」
「そうかー。だといいんだけどな」
「こら!三杉浦、さぼってんじゃねぇぞ」
「はっ・・はいっ!」
あはは、三杉浦さん、また土方さんに叱られてる。
でもちょっと痩せたんじゃないかな。
「では、今日の稽古はこれで終わる」
「はい!ありがとうございました!」
「宇座峰さん、始まりますよ」
「はい・・・」
ほどなくして土方さんと伊佐美さんの打ち合いが始まった。
二人は何日か前から木刀を使っている。
この音が、またすごいんだ。
「私は先に帰らせてもらいますね・・」
「お疲れさまでした。三杉浦さん」
三杉浦さんは、稽古が終わるとすぐに帰っていた。
ちょっと見ればいいのにな。もったいないな。
二人が打ち合う木刀のカンカンという音が、道場に響いた。
宇座峰さんは、黙ったまま見つめていた。
「すごい・・・」
「でしょう」
「これは、稽古じゃないですね・・」
「はい」
「あの・・・星川先生と伊佐美先生って、何者なんですか・・・」
「何者って・・それは・・」
「いわば、実戦を想定した剣術の達人ですね」
新さんがそう言った。
「実戦・・・」
「俺たちには到底真似できないハイレベルです」
「なるほど・・・」
「たとえ、そこそこ近づくことができたとしても、中身は全く違いますからね」
「中身・・?」
「剣術に対する想いです」
「はぁ・・・」
「新さん・・・」
俺は新さんの腕を引っ張って制した。
新さんはこのままだと、危うく言ってしまいそうな気がした。
「私、やっぱりここで習いたいわ」
「えっ・・それって大丈夫なんですか」
「部長に話してみる」
土方さんと伊佐美さんの打ち合いも終わり、俺たちは道場を後にした。
「新さん、ちょっと話があるんですが」
「ん?」
俺は新さんを家に連れて行くことにした。
「どうぞ」
「ああ・・」
部屋に入って、俺と新さんは向かい合って座った。
「さっきの女の人、いたでしょ」
「うん」
「あの人が入っている剣道クラブの部長って、土方さんに嫉妬してるらしいんです」
「ええっ!なんだよそれ」
「実は、以前、土方さんをそのクラブに連れて行ったことがあって、その場で土方さんは部長をコテンパにしたんです」
「だろうな・・」
「もう、瞬殺でしたよ。それで、子供たちは一瞬で土方さんの虜になっちゃって、道場開いたことも知ってるらしいんですけど、部長が許可してくれないそうなんですよ」
「なんだーーそれ。勝手な奴だな」
「それで、さっきの女性、宇座峰さんっていうんですけど、とりあえず見学に来たみたいです」
「そうなんだ」
「どう思います?」
「それは横暴だよな。だれがどこで習おうが、その人の勝手じゃんか」
「ですよねえ・・・。で、俺、ちょっと部長に話してこようと思ってるんですよ」
「ええー、大丈夫なのか」
「だってこんなの許せないですよ。子供たちだってかわいそうですし」
「まあな」
「星川道場に人が集まらない原因って、それがかなりあると思うんですよ」
「うん」
「で、土方さんたちを巻き込みたくないから、俺一人で行ってきます」
「えっ、俺がついて行かなくていいのか」
「新さんは、稽古に励んでください。新さんがいないと三杉浦さんだけになってしまいますから」
「そうか、わかった」
そして俺は部長に話をしに行くことを決め、次の日の夜、剣道クラブへ出向いた。
「こんばんは」
「あら、星川くんじゃない」
「あ、昨日はどうも。宇座峰さん」
「どうしたの?」
「ちょっと部長さんに用があって。時間が空いたら呼んでいただけますか」
「そ・・そうなんだ。。わかった」
一通り稽古が終わるまで、俺は見学していた。
なんか、緊張感がないというか、ダラダラやってるなあ。
子供たちも寝転んだりしてるし。
こんなの土方さんや伊佐美さんなら、絶対に許さないぞ。
「星川くん、ご無沙汰しています。私に何か用ですか」
部長がやって来た。
「あ、どうも。お久しぶりです。お時間取らせて申し訳ないです」
「いいですけど、何ですか」
「あの、私の叔父の歳が、道場を開いたことはご存知ですね」
「ええ・・」
「はっきり申しますが、誰がどこで剣道を習おうと自由じゃないでしょうか」
「はあ?」
「部長さんは、子供たちがうちの道場に来ることを拒んでいるそうですね」
「そのことですか・・・」
「はい」
「はっきり申し上げて、あなたの叔父さんのあれは、剣道ではありませんよ」
「えっ・・・」
「あれは我流です」
「我流・・・?」
「ええ。なんかごちゃ混ぜ流というか」
「流派なんてそれぞれじゃないですか。叔父は叔父の剣術を貫いてるんです」
「でもそれでは、剣道として正しくないですよ」
「でもあなたは、そんな我流に一瞬で負けたじゃないですか」
「なっ・・・」
「俺には何が正しくて、何が間違ってるのかわかりませんが、子供たちが叔父に習いたいという気持ちは、あなたが決めることではありません」
「なんてことを。侮辱するのもいい加減にしなさい!」
「そっちこそ、叔父の剣を侮辱しないでください!」
「あなたは素人でしょう。なにがわかるというのですか」
「素人でも、剣術に対する思い入れくらいは、見ればわかります」
「思い入れ・・?」
「叔父の剣に対する想いは、あたなの比じゃないです」
「っんな・・・」
「更に言うと、叔父の剣は「本物」です。自分の命を懸けた剣術です」
「あははっ。何を言うかと思えば。やれやれ・・・命を懸ける、ですか」
「あなたに笑う資格なんてない!叔父を侮辱するな!」
俺は怒りをぶちまけて、その場を後にした。
なんだよ、あいつ!土方さんの気持ちなんてわかってないくせに!
どんな想いでこの時代を生きてると思ってるんだ!
くそっ・・・俺は自然と悔やし涙が流れていた。
第十章END




