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凡人ギルド員です

凡人ギルド員です、はい3

作者: ひちみ






どうも、凡人ギルド員ことコハク=ルテリアです、はい。

さわさわと揺れる木々、吹き抜ける爽やかな風。

森林浴にでも来ているかのような穏やかそうなこの森で現在、私は迷子になっています。


この森、実は強力な魔物が巣食うことで有名な『叫びの森』。

ここの入口は紫のおどろおどろしい木々で覆われており、まさかこの様な綺麗な場所が存在しているなんて知らなかったのだが、今はそんな景色にうっとり見惚れて心落ち着かせている場合ではない。



波瀾の王立学園高等部卒業パーティの後、既に一ヶ月が経過しており、私は頻繁にかかってくるハル君からの連絡に軽く(本当は二時間ぐらいの長電話)対応しつつ、まあ、穏やかな日々を過ごしていた。


ハル君も無事に事件のあった高等部に入学したようで、その日は自分の事のように大喜びした。


そのハル君は今度はウチのギルドに入りたいと言い出したのだ。

私は勿論、拒否。

だってアレだけ粗暴なハル君だが、あれでもお貴族様なのだ、怪我なんぞ以ての外。


だが、彼等のご両親、つまりはウェルアム伯爵公にウェルアム伯爵夫人はまさかの軽くOKを出してしまった。

久々に会った私が逞しく成長している姿を見て、息子ももっと世間を知って上を目指さなければと考えたらしい。


正直、何故しがない凡人ギルド員である私を見てそう考えたのか疑問しか残らない。



だが世の中とは厳しいものである。

我がギルド『黒猫の根城亭』、入団試験に関してはすごくシビアである。

貴族も平民も平等、賄賂も効かない。


先ずは団員誰かしらの紹介状が必要で(私は拒否したが義理のある伯爵夫妻からのお願いで観念した)そして団員からの入団審査がある。

他のギルドもこの様な審査はあるようだがウチのギルドは世間からは超厳しいと言われてるようだ。


そんなギルドに何故私のようなものが受かったのかだが、それはまた今度お話ししましょう。



そして、今日はそんな彼の入団試験の日だった。

試験官を紹介者以外の者が務め、試験内容もその試験官が決める。

そして我がギルドが誇る実力者の女性、彼女が今回試験官を行い、試験内容は『姫とり』なる彼女が考えたらしいゲームだった。


彼女は言った。




「ルールは簡単。今日の日没までに攫われたお姫様…この場合コハクちゃんを貴方が取り返したら勝ちね。因みにコハクちゃんに手で触ったら取り返したと見做すわ。あと、私や彼女に貴方の魔法で怪我を併せたらその時点で失格。はい、スタート」




彼の行く末を見守るべく呼ばれていた私は突如、試験官の彼女に俵のように担がれると彼女は森の中に向かって走り始めた。


私の心境は



えええぇぇえええ!聞いてないぃ!ってかはやぁぁあぁぁああ!そしてハル君顔こわぁぁあ!?!??



試験が始まってから瞬時に内容を理解し、爆烈スタートした彼の顔を見て、終始こんな心境だった。


ハル君のスピードはなかなかのもので時たま試験官の彼女に追いついたりしたが、彼女は遊ぶように私をポンポン投げてハル君は一向に触れる気配すらない。

そしてポンポン投げられる私は目が回って溜まったもんじゃない。


偶に出てくる魔物の相手をしつつ続くこのゲーム。


そんなやり取りを数回繰り返した一瞬、魔物に気を取られたハル君の隙をついて彼女はトップスピードでハル君を引き離した。


ハル君が見えなくなるまで走ると彼女は初めて私を下ろしたのだが、その瞬間私は女性らしからぬ吐気を催して耐えきれなかった。



彼女は軽く謝ると水を取ってくるとその場を離れたのだが私はダウンして近くに腰をかけた瞬間、近くの茂みがガサガサと揺れたのだ。


彼女が水を取りに行ったにしては早いなと思ったが、早いに越したことはなく、助かったという思いで顔を上げたのだが、私の目に入ってきたのは茂みから顔を出して低い唸り声を上げる魔物の『ウォルフ』である。




「ガァァアァア!!!」


「うぁぁあぁあああ」




飛び出してきたウォルフを間一髪で避けて即座に強化魔力を纏って地を蹴り走り出した私。

その私をダラダラと涎を垂らしながら追いかけてくるウォルフ。


後ろから吠える声は途切れず、暫く走っても何故か付かず離れずの距離を保っている事を不思議に思って振り返ってみると、何故かウォルフは3匹に増えており、更にそれら全てが魔力を纏って追いかけてきていた。


魔物は時たま魔法を使える個体も勿論存在するが低級魔物でのそういった存在は稀で、それが3匹も揃うなんて本当にツイてないとしか言えない。

そしてその中の一匹が不穏な空気を纏い始めた。


一匹のウォルフの頭上にボボボと赤い火の玉が浮かび上がりそれが徐々に大きくなっているのだ。


明らかに火炎系統の魔法である『火球(ファイアーボール)』。

私は走りながら短く叫び声を上げて此方も自身の属性魔法である『雷』系統の魔力塊を瞬時にあるだけ作り出した。




「バウッ」


「サ、『雷球(サンダーボール)』!」




投げ出された火球に対し、私の雷球が当たり小爆発を起こして火球を使ったウォルフを巻き込み、適当に投げた数発の雷球も幸運な事に他の2匹に命中して怪我を負わせるのが見えた。


い、今のうちに逃げねば!


魔物とは血の匂いに敏感なものでいつ強い魔物が近寄ってくるかも分からない現状、3匹のウォルフを仕留めたか確認する前に私は即座に逃げ出して取れるだけ距離を取ろうと出せる限りの全力で走った。


流れる景色は背負われていた時よりもゆっくりで、辺りを暗く囲う木々は不気味で、まるで化物にでも襲われているかの感覚に陥る。

ぎゅう、と苦しくなる心臓に、不安と恐怖は少しずつ煽られて、だけど止まりたくても止まらなくて。


耳に残るは遠くに聞こえる獣の声や揺らぐ葉音、その全てが私を襲う。

目を塞ぎ、耳も塞ぎたくなる。


どのくらい走ったかはわからない、少しかもしれないし、入口からずっと離れた場所まで来たかもわからない。


ただただ怖いこの場から逃げたくて、先に見えた小さな光が希望のように見えて、私はそこに飛び込んだのだ。



開けた視界の先は空から淡く暖かい太陽の光が差し込み、不気味だった木々は何故か其処だけイキイキとした緑の葉へと変貌していた。

中心には透き通るような泉がキラキラと光を反射し輝いていて、今の今まで息苦しかった肺に少しヒヤリとした空気が入り込むと私の足は力が一気に抜けたような感覚に陥り、その場にぺたりと膝を折った。


ホッとして力が抜けたとは正にこのことだろう。

全然立てる気がしなかった。


しかし、ここはまだ叫びの森の中で、周りはきっと魔物がうじゃうじゃ。

モタモタしていれば時期に餌食となるのが分かっているが簡単に立ち上がれそうにもない。


座り込んだのは丁度泉の前で、少し体を前に倒せば水面に自分の像が映った。

手を水へ通せば波紋が広がり、像は消える。

触れた水は冷たくて、透き通る水を手で掬って軽く顔を濯げば、脂汗で滲む肌は水を弾いて幾分かサッパリとした。


体をそのまま引き摺って近くにある木陰に入るとその木の幹に体を預けた。


考えるのは彼女への連絡方法。

念話は相手の位置が分からなければ使えないし、狼煙を上げれば気付いて貰えるかもしれないが、それよりも早く魔物が来る可能性もある。

私の雷の属性魔法では生憎と自身の言葉を相手に伝えるような便利魔法はない。




「最悪だ…。本当に死ぬかも」




私の重くなる気と比例するように明るく感じた陽の光も淡くなってきた。

夕刻へと近付いてきたのだろう。


体力も少しは回復したが魔力の方はあまり進んでおらず、先のようにウォルフに追いかけられれば次は上手く逃げ切れるとも限らない。


この森の出口が分かっていないのに無闇に戻り、途中で魔力切れになればアウトだ。



泣きたい訳では無かった。


だが生憎とこんな状況では不安になってしまうのも必至で、無意識で目尻に涙が溜まる。



ああ、情けない。もう20のいい大人だぞ。大丈夫、大丈夫だって。泣くな、泣くな、泣くな。



涙が落ちそうになるのを堪える為に暗示をかけるように何度も自身を励ます。


ギュッと拳を握って、不安を痛みに変えて気を紛らわそうとした時、真正面の茂みが揺れた。

ビクリと体が揺れたが、頭はまだ冷静だった。


動けない体、少ない魔力で最小限に、掛かってきた瞬間に魔物を倒す。

その為に腰に仕込んだナイフを出してそれのみに魔力を最小限に纏わせる。


擦れば感電麻痺させるぐらいは出来る筈だ。


茂みの揺れが激しくなり、遂に来る、と思った瞬間、見慣れた顔がひょこりと顔を出した。




「ハルくん…」




暖かな色味のオレンジの髪や着ていた良質な生地の服には所々に葉っぱがついている。

彼は少し切れ長な目を丸くさせて驚いた表情でここへ入ってきた。


見慣れたその顔を見て、溜めた涙がポロっと一滴流れて頬を伝う。



急に視界が暗くなった。


ハルくんに抱き締められていることに気付くのに時間はいらなかった。




「捕まえたぞ、シロ。だから泣くな、俺がいる」


「泣いてない、泣いてないよ、グスッ。」


「…おう」




彼は私を隠すように少し力を込めた。


昔を思い出した。

嫌な事があって泣いてる時、私はみんなにその姿を見られる事を嫌ってよく隠れて一人で泣いてたんだ。

だけど、一人は正直嫌だと思う我儘な面もあった。


そんな時決まって現れるのはハルくんで、可愛い弟分にこんなみっともない姿を見せたく無かったのだが、彼はどうやってか分からないがいつも必ず現れた。


そして彼は言うのだ。

『泣くな、俺がいる』

これだけ言って彼は私の涙が止まるまで隠す。

何も聞かず、静かに待ってくれる。

それがひどく落ち着いた。



溢れた涙は少しで、襲ってきた不安や恐怖は彼の登場で何処かへ吹き飛んだ。

涙が止まれば何を言うでもなく彼はスッと離れた…と思ったら額に強めのデコピンを喰らう。




「ッッー!」


「ったく、昔から矢鱈見つかり難い所に隠れやがって。怪我はねぇみたいだな」


「今のハルくんの一撃で額が」


「減らず口も叩けるっと。さて、これで俺のギルド入りも合格した事だし、オラ、帰るぞ」


「え!?いや、こんなんじゃあ試験も中止…ってハルくん?」


「モタモタすんなよな、はよしろ」




彼は「んっ」と背中を向けて後ろ手に私を促す。

どうやら背負(おぶ)ってくれるようだが、畏れ多過ぎる。




「じ、自分で立て、ッッた」




無理矢理立とうと手をついてみたが力が全く入らなくてバランスを崩して不覚にもハルくんの背中に倒れ込み、彼に捕まった瞬間、逃すまいとホールドされて立ち上がらられば逃げられなかった。

抗議の声を上げようとした瞬間、



「黙ってねぇと舌噛むぞ」



そう言って凶悪な顔に笑みを貼り付けた彼に私は本能的に危険を感じ、ぎゅっと口を結び、彼の首に腕を回した。


一瞬で彼は自身と私を魔力で覆うと地を駆け出す。

もう自分で走るのは諦めよう、どう考えても彼に背負われた方が早いから。

だけど、一言だけ言わせて下さい




「ハルくん速すぎだヨォォおおおおぉぉ」







♢♦︎♢♦︎♢







くらくらふわふわ。

揺れる世界に吐き気を覚える現在。

叫びの森の入口に戻ってきた所で私はゆっくりとハルくんの背中から降ろされた。




「うっぷ、別の意味で死ぬかと思った…」


「情けねぇな」


「これ、ハルくんの所為なんだからね!ニヤニヤ笑わないでちょっとは反省を」

「コハクちゃんッッ!!!」




言葉が途中で切れる。

森から走ってくる試験官の彼女と被ったからだ。


彼女は一直線に私の元までくると顔から胴からペタペタ触って「怪我は!?ああ、こんなとこに傷が!」といつもはキリリと上がった眉を下げて不安そうに瞳を揺らしていた。




「すいません、心配お掛けしたみたいで…」


「何言ってるの!元々私が離れちゃったのが原因なんだから!あー、ほんと無事でよかったー」


「で、試験官さんよぉ。俺は勿論合格だよな」


「な!?ハルくんまだそんな事言ってるの!?そんなの中止に決まって…」


「文句なしに合格よ!!!」


「ぇぇぇええええ!!!」


「実際、日暮れまでに見つけてたんでしょ?通信端末に連絡があったし、それに探索能力、身体能力、魔法操作能力、どれもこれも一級品だったわ。合格」




彼女が凄くいい笑顔で親指を立てる。

私の頬を暑くもないのにたらりと汗が流れ、ゾクリと背筋に悪寒が走った。


私の背に立つ彼を見やる。


凶悪な笑みを貼り付けて彼は舌舐めずりをしながら一言






「よろしくお願いしまぁす、センパイ」




この日の出来事を、私はたぶん一生忘れないだろう。

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