浮かぶ文字とあの子
けたたましく仕事をする目覚まし時計の音にハッと目が覚めた、いつもは俺を叩き起こすこの時計にイラッとするが今日に限っては日常であることを証明してくれているようで愛らしく見えてくる。
スマホを取り日付を確認するといつも通り明日になっていた、なにが目を覚まさずに死ぬだあの女はやっぱり夢の産物だったんだ。
「夢ではないのです」
母親が朝食の準備が出来たことを近所迷惑なボリュームで伝えてきた、家族でさえ俺のことを「ガレ」と呼んでくる今更どうでもいいことではあるが。
朝食は決まって食パンに目玉焼きだ、朝は忙しいし献立に文句を言うつもりはないがオーブンで焼く前にマーガリンを塗ってほしい。
マーガリンだけじゃなくジャムなんかもそうだが塗って焼いたほうがおいしいと思うんだが一向に聞いちゃくれない。
母親も妹も食に拘りがないなら俺に合わせてくれてもいいんじゃないかと思う。
「はやく学校に行かなきゃなのです」
仕度を済ませ20分ほど歩いて学校に行く、自転車は乗らないのか?って聞かれるがどうせ学校前の坂で歩かなきゃいけないからなだったら音楽でも聞きながらゆっくり行った方がマシってやつだ。
今日は何を聞こうかとスマホでプレイリストを覗く、今日はthe pillowsの10枚目のアルバムThank you, my twilightにしよう、俺は特別音楽に造詣が深いわけでもないがこのバンドは初めて聞いたときに心を鷲掴みにされた、俺の年齢よりもバンドの方が歴史があるから当然後追いになったわけだがファーストから全て集めている。
「もっと慌てるべきなのです、時間がないのです」
どうやら俺は寝ぼけてたわけではないらしい、正直俺の勘違いや妄想だったらどれだけよかったか、朝起きてから見慣れない女がずっと話しかけてきていた、家族には見えても聞こえてもなかったから夢の続きであることを願ってたがそうもいかないらしい。
「はやく教室に行くのです、メインヒロインを見つけないと死んじゃうのです」
緑の髪を後ろで束ね上に持ち上げて止めている、これなんていう髪型だ?
「あんたいったい誰なんだ」
覚悟を決め話しかける、緑の髪の女は某野球ゲームのせいで苦手なんだが。
「はわっ、やっと返事してくれたのです、聞こえてないのかと不安だったのです」
質問に答えてくれない、迷宮入りする前に誰かこいつを麻酔で眠らせてくれ。
「僕はハレル子様の命によりガレさんのサポートをすることになったセクエンツィアなのです」
これであの出来事が夢ではないことが証明されてしまった、つーかこいつまで俺のことガレって呼ぶのか。
「えっーとセクエンティア」
「違うのです、セクエンツィアなのです」
「セクエンティア」
「ツィ」
「チ?」
「ツィ」
「セクエンツィアってちょっと呼びにくいな、何か略称とかあだ名とかないのか?」
ツィなんて日本語離れしすぎてて唇が戸惑っている。
「好きに呼んでいいのです、名前なんてただの記号なのです」
えらく達観しているな、といっても会ったばっかりだしなんて呼ぶべきか。
「じゃあ口癖っぽいからナノって呼ぶよ、それでサポートって何してくれるんだ?」
大分寄り道した気がするが何とか本題に入れた、このままだと俺は体の内側から爆発して死んでしまうらしいから何かしらヒントがないとな。
「実はハレル子様からよく聞かされていないのです、一冊の本を貰ったのですが何も書かれてないのです」
どうやら俺の人生は行き止まりにぶち当たったようだ、ヒントもなしにこのわけのわからないミッションをクリア出来るわけがない。
「おっはよー」
アフリカの部族もびっくりする程の大きな声で後ろから挨拶してきた。
「こんなとこで立ち止まってどうしたの?転校生?わかるわかるこんな時期に転校したらそりゃ友達作りにくいよね私は1-Aの結城凛だよ君の友達第一号、困ったことがあったらいつでも頼っていいからねそれじゃあ今日お昼ご飯いっしょに食べよっかお昼休みに1-Aに来てねじゃーねー」
畳みかけるように話していき結城凛は下駄箱の方に走っていった、しかし嵐のようだったなジェンガだったら間違いなく崩れてるぞ。
「あっ」
「どうした?」
「本にさっきの人のページができてるのです」
本を手に取るとたしかに結城凛のページらしきものが出来ている、顔写真と名前が書かれているが他は真っ白なままだ。
これだけでは何もわからないしさっさっと教室に向かおう、下駄箱で上履きに履き替えているとまたも話しかけられる。
「あなた不吉な相がでているわ」
いきなり失礼千万なことを言われた、昨日平田たちと見た1-Dの板井未来だ。
「昼休みにD組に来なさい、私が直々に占ってあげる」
ひきつった愛想笑いを返すと満足げに歩いていった、直々もなにも占いなんてお前しかやってないだろうが。
今日の一時限目はホームルームだ、くしゃくしゃな髪と服が個性的な担任が教室に入ってきた。
「みんなも少しは学校に慣れただろうし席替えをしたいと思います、出席番号順にくじを引いてください」
この先生はちゃんとご飯食べてるのか心配になる程覇気がない、見た目も相まって病的に見える。
くじを引き俺は窓際の後ろの席をゲットした、生徒からしたらここは一等地だ。
「見てくださいなのです、また本にさっきの子のページが出来てるのです」
確認してみると下駄箱で会った板井未来のページが出来ている、しかし朝教室で話した平田や荒川のページはない。
「ガレくんが隣なんだ、これからよろしくね」
不意に声をかけられ変な声が出てしまったが広瀬心美はクスクスと笑っている、この席に隣は委員長だなんて本当に主人公みたいだなと少し自嘲気味に笑ってしまう。
「またページが出来たのです、僕ちょっとわかってきた気がするのです」