嗚呼…素晴らしき日常
努力がいい結果に繋がらないと悟ったのはいつからだろうか、小学校の運動会でビリになった時かリコーダーのファに屈した時か数合わせで女子の列に入れられ男ばかりフォークダンスを踊らされた時か。
第二次性徴も終え身長も体重も学力も平均にすっぽりと収まった俺は家が近いからと言う理由で高校を選び優等生でもヤンキーでも根暗でもないごく普通の男子高校生となったわけだ。
偏差値も高くなく秀でた部活もないこの高校で三年間平和に過ごしていく贅沢が始まって今日で一週間だ。
各々がクラスで話す相手を見つけ元気なやつは部活に所属しはじめた、俺にも話す相手は見つかったしすでに帰宅部を謳歌している。
生徒を不登校にさせるんじゃないかという坂道を登り切り下駄箱に到着した、五十音順ということで俺の場所は一番下だ、もし毎日のこの運動で腰を悪くしたら学校側はどう責任をとるんだろうか。
「おっすガレ」
軽快に挨拶をしてきたこいつは同じクラスの平田だ、わざわざ電車でこの学校に通う好き者だ、前に理由を尋ねたらこの学校の体操服がブルマだかららしい能より股間に主導権があるらしいが首尾はよろしくないみたいだ。
「荒川はいっしょじゃないのか?」
「知らん、あいつは自転車で俺は徒歩だ」
毎朝会う度に聞かれ知らないと言っているのになぜこいつは聞いてくるんだ、犬が人を見て吠えるようなものとして諦めるしかないのか。
「今日の昼休み空けとけよ、ガレと荒川にいいことを教えてやる」
俺の返事を待たずに平田は走っていった、同じクラスなんだからいっしょに行ってもいいだろう。
しかしいいこととはなんなんだろうか、あいつのことだからろくでもないことだろうがどうせやることもないしつき合ってやるか。
俺と平田と荒川の三人でとる昼食はあっという間に終わった、平田が急かすからだ。
「でいいことってなんなの?」
小柄でくねくねとした天パの荒川が平田に聞く、途端に平田は目をキラキラと輝かせ机を挟んだ俺らに前のめりなる。
「俺はこの一週間他のクラスを見て回っていたんだ、同学年のみならず二年三年のクラスもな、理由はいうまでもなくかわいい女を探すためだ」
涙ぐましい努力だが徒労に終わることが目に見えている気がする。
「三年はダメだ、受験や就活で相手にされないだろう、二年もダメだもうすでに彼氏を作ったりしているからな」
席が空いていても平田は座れない気がするが大人しく聞いておこう。
「そういうわけで一年のSクラスをお前らに教えてやろうと思ってな」
満面の笑みで立ち上がり「行くぞ」と俺らを引っ張る、教えるって実際に見に行くのか?あからさまに変質者じゃないか。
「まずは俺たちの1-Cだ、俺たちは運がいいぜ同学年に四人しかいないSクラスの一人と同じクラスなんだからな」
なぜ俺たちは自分のクラスを隠れて覗いているんだろうか、テストで出されても空白のまま提出してしまう状況だ。
「広瀬心美だ、名前の通り美しい心をしているぜ、みんなが嫌がるクラス委員に自ら立候補し毎朝頼まれたわけでもなく教室の花瓶の水を変えおまけに学業優秀運動神経抜群と非の打ち所のないマドンナ、平田100%で言えば東だな」
前髪パッツンロングストレートの女性を指さし平田が説明する、たしかに彼女は美人だし誰とでも分け隔てなく接するあたりマドンナという呼称がよく似合う。
「続いて1-Aだ、あそこで座って喋ってるだけなのに元気ハツラツな子がいるだろうあいつが結城凛だ、小柄でショートボブという守ってあげたくなる容姿、いつも一生懸命だがどこか危なっかしい行動、そして巨乳というギャップはまさにSクラス」
まるでステータスを可愛いに全振りしたような子がそこに居た、平田ではないが少しアンバランスなその胸にどうしても目がいってしまうのは男の性、遺伝子に組み込まれているから抗えない。
「次は1-Dだこっからの二人は美人だがオススメしない、あそこでカードを捲っているやつがいるだろうあいつが板井未来だ、自称占い師でクラスのやつらの前世を占ってるらしい、オカルトとかが好きなやつはどうしてもメンヘラ臭がするからな見た目はいいのに残念だ」
ウェーブのかかったロングヘアが印象的な美人だが少し目にクマができている、しかしクラスで占いは好評らしく彼女の周りには人集りが出来ている。
「最後は1-Eだが気をつけろ、窓際に金髪がいるだろ、あいつが大井静、絵に描いたような名前負けだ、スレンダーでキレイ系なのにヤンキーという宝の持ち腐れだ、なんでこんな学校にヤンキーがいるんだよと校長を呪ったね」
校長濡れ衣すぎるだろ、たしかにあいつは美人だがすでに俺は嫌われている。
「ちょちょっとなんかこっち来てるよ」
荒川が慌てて言う、そんなこと言ってしまったら言い逃れできないだろうが。
「お前らなに見てんだよ」
古典的なヤンキーの言葉だが効果覿面だ、空気が一瞬で凍り付く。
「いいいいいいいやいや見てなんていないですろ」
平田は震えながらも必死に抵抗する、ですろってなんだよ。
「んっお前は」
大井が俺を睨みつける。
「えっガレ知り合いなの」
荒川が言うが知り合いだったらこんな殺し屋みたいな目で睨みつけないだろ、俺だって内心バクバクだよ。
チッと舌打ちをして大井が自分の席に戻っていく、どうやら一命は取り留めたらしい。
チキン三人衆は足早に自分たちのクラスの1-Cに逃げ込む、途中二人から知り合いなら先に言えよだのなんだの言われたが知り合いってものじゃないしむしろ嫌われているんだ。
「結局なんなんだ、たしかに美人ばっかりだったけどそれがどうしたんだ」
平田に問いつめる、昼休みももう終わりそうだ無駄どころか恐怖を味わったぞ。
「俺は高校生活に大事なのは恋人だと思ってる、美人なら尚よし」
「つまりなにが言いたいの?」
「あの中の誰かとSEXを前提につき合いたいってわけだ、それをお前らにも分かち合いたかった」
こいつはワックスで固めたオールバックの中にチンパンジーでも飼っているのか、ユーラシア大陸よりも大きな欲望を教室で言っている時点で彼女なんて出来そうないが。
「阿呆が、そんな下らんことに俺らを巻き込むな」
「下らないとはなんだ、三大欲求舐めんな」
「まぁまぁガレは低燃費系男子だから」
勝手に人を新しいカテゴリーに入れるな、車と違って好まれなさそうじゃないか。
気がつけばもう0時を回ろうとしている、平田に巻き込まれ歩き回ったせいか少し疲れたな、今日のことがあってあの四人を学校で会ったときに意識してしまいそうだ、なんだか体が重く感じる風邪でもひいたのだろうか今日はもう寝よう明日もあの坂道を登らなければいけないと思うと気が滅入るな。
ん、なんだ真っ白な部屋で目が覚めた俺はたしかに自分の部屋で寝たはずだ。
「起きろこのねぼすけ」
バシンという音が響く、自分が叩かれたということに理解が遅れる。
「な、なにすんだあんたは」
ツンツンとした髪の毛つり目で三白眼、ピンクのナース服に手にはドデカいハリセンを持った女が立っていた、つーかそのハリセンで殴ったんだな頬がジンジンしている。
「あんたが起きないからでしょーが」
形容しがたい独特な声で悪びれもせず言い放つ、いや俺は起きてただろ。
手元からジャラという音で気づいたが手錠をかけられているおまけに服は上下白と黒のボーダーだこれではまるで囚人だ、自分が混乱していること以外何もわからない。
「おまえだれだ、ここは、この手錠はなんだ」
「もー一気に質問されても困っちゃーう」
軽い調子で返してくる、温度差がありすぎて恐竜なら絶滅してるぞ。
「私はハレル子、神様だよ」
は、神様だと、これは夢かそうに違いない。
「んでここは時間とは切り離された空間、精神と時の部屋みたいなとこって言えばジャパニーズピーポーにもわかりやすいかにゃ?」
そうだ夢だ、夢なんだから時間なんて概念はないんだ、早く目を覚ませ現実の俺。
「夢じゃないよー、言っておくけどあんた目を覚まさずに死んじゃうよ」
こいつ俺が考えてることがわかるのか?
「な、死ぬってなんだよ、」
「んっとねー、生命がなくなること、定義は曖昧だけどね」
「概念じゃねーよ、なんで俺が死ななきゃなんないんだよ」
「運が悪かったんだよ、でもね私は優しいからチャンスをあげる」
チャンス?死ななくて済むのか?これが夢なのかそうじゃないのかわからないけど今は乗っておくしかなさそうだ。
「私ねー、ラブコメってやつが好きなのチョーキュンキュンしちゃう、だから君にはラブコメの主人公になってもらいます」
何を言ってるのかわからない、電波がユンユン飛んでいる。
「んでーメインヒロインを見つけてねそしたら君の勝ち、でも他のルートに行ったりしたらそうだなー、体の内側から爆発して死んじゃうことにしよー」
テンションあげて何を物騒なこと言ってるんだ、そんなボン○ーマンみたいな死に方絶対いやだ。
「一応お助けキャラで私の部下を一人つけてあげる、タイムリミットは一日、それじゃー張り切ってラブコメしようぜー」
どこから取り出した笛をピピーと鳴らす、待ってくれまだ心の準備が………