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海の向こう  作者: 千佳石
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彼岸花

 俺の母さんは父さんに殺された。


 突然物騒な話をしてしまうが、俺の住む街は特段栄えていたわけではなく、あくまで普通の海沿いの街だった。ただある日、平和で平凡なこの街の海の浜辺で、眠るように亡くなっている母さんの遺体が発見されたのだ。


 父さんも警察の人も波にさらわれて事故死したと言っていたが、子供の洞察力を甘く見ないでほしい。母さんは、他の男とも出来てた。むしろそっちの方にばかり意識を向けていたのだ。


 結果から言うと父さんと母さんは喧嘩して、父さんはきっと灰皿で母さんを殴ってしまったんだろう。母さんの姿が消えたのと同時に灰皿が消えていたので、つまりはそう言う事なのだ。


 父さんは引っ越すと言った。突然の事なので抵抗しようとも思ったが、この街にそこまで深い思い入れは無いし、第一母さんを殺した父さんに物申す勇気は無かった。


 俺しか知らない、父さんは人殺しなんだから。



「起きろ。起きろ、翼。着いたぞ」

「んぁ?」

「新しい家だ」


 トラックの中から見えた景色は前とそんなに変わらなかった。どこまでも馬鹿みたく続いてる海と、それを見下ろす形で佇む一軒家。違いを挙げるとすれば、前の街は栄えてないと言ってもそこそこ都会風を吹かしてる景観をしていたが、ここら周辺はガラリと何もなく、子供が集ってる駄菓子屋が二、三建っているだけだった。田舎と都会の明確な違いがそこには広がっていた。



 ーー



三鷹原みたかはらから越して来ました。飯島いいじまつばさです。人付き合いは得意じゃないんで、空気扱いをして下さい」


 新しい学校に来て初めの自己紹介は思う限り最高に心の内を曝け出した物となった。元々会話が得意じゃないし、人が沢山群れてる所にいるのも好まない人間だ。転校して初日で早速スクールカースト上位の野球部くん筆頭のグループに腫れ物扱いをされるが、むしろそれが功を奏したと思う。イジメられているという立派な動機さえあれば、授業を何の気兼ねもなく抜け出す事だって可能なのだ。


 結局気持ちの問題になるが、サボりたい時に自分の居場所はここには無いと思い込んでしまえば、腹痛だって頭痛だって起こせちゃう便利体質なのだから仕方ない事だ。



「……わっ!」

「うおっ!」


 サボり癖が付いたが故に綾川との出会いは必然となった。俺は行く当てもなく図書室に入ってみると、授業中にも関わらず無人であるはずの図書室に女子生徒が居たのだ。

 そいつが同じクラスの綾川だという事に気付くには時間が掛かった。何故ならクラスの人間に興味などないし、綾川自身あまり教室に居なかったから。まあ前の席だから思い出せたという所か。


「綾……川? お前、何してんの?」

「……飯島こそ、サボり?」

「サボり。お前もサボり?」

「うん。ていうか、こんな所にこんな時間にいるのなんてサボり以外の何でもないでしょ」

「間違いないな」


 初めてした会話はかなりフランクだった。俺は初対面の人に気を遣って話す程出来た人間じゃないし、相手も同じタイプだったようなので結果的に初めての会話なのに何度か話したことある様なガサツな会話になってしまった。

 綾川の手には、スマホが握られていた。スマホを握って本棚にもたれかかって座っていた。校則破りまくりのぶっちぎりな奴だった。行動がこうぶっ飛んでると、清楚系な見た目にチグハグ感を覚えてしまう。クラスの人間と関わりを持つべからずと心に決めていたが、出会ったことの無い新鮮な人種であった彼女に俺は興味を抱いてしまった。


「何見てんだ?」

「……何でも。それより飯島さ、三鷹原から来たんだよね?」

「ああ、そうだよ。それが?」

「話してよ。あっちの街はどんな風なの?」

「は? ……どんな風って?」

「言葉のままだよ。街の特徴とか、ここと違う所とか。色々あるんでしょ? この島を取り囲む海の向こうには」

「そりゃ、この島は色々と遅れてるというかど田舎だから、ここに無いものは沢山あるけど」

「それを教えて欲しいの!」


 ズイッと彼女が身を起こし俺に言いよる形になる。それに気圧されて足を床の溝に拾われ尻を突く。その拍子に俺は、彼女のスカートがなびきその中身が見えた気がした。


「……分かった。だけど一つ、条件がある」

「うん、何?」

「あっちの話は俺がこっちに来た理由に繋がる。それは決して良い話じゃ無い。忘れたい記憶だからな。だが、どうしても知りたいというのならそれ相応の対価が欲しい」

「対価?」

「……傷を掘り起こすんだ。空いた傷を埋める為の何かも必要だろ」

「その何かって何よ?」

「……脱げよ」

「え?」

「俺だけが傷つくのは不公平だろ。だからお前も傷つくんだよ。そうしてやっと公平だろ」

「え、ちょっ、なにそれ。やだっ」

「うるせえ、言う通りにしろ!」

「……ッ!?」


 中二の夏。ストレスと苛立ちに人らしい感情を欠いた俺は、見事セオリー通りに一夏の過ちを犯してしまったのである。

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