陽炎と少女
八月の蝉は酷く盛んだ。する事もなく堤防に座ってると、私の背後に広がる木々から何重にも重なった騒音が一際大きく鳴り響いてくる。
「あ、綾川」
「……?」
ボーッと揺れる水平線を眺めていたら声を掛けられた。重く溶けそうな背中を引いて、頭をグリッと曲げて声の主を見る。相手は同じクラスの飯島って男子だった。
「何してんの、お前」
「なんでも」
「……なんか見えるの?」
「何も見えないよ」
「本当に何してたんだよお前」
「だから何もしてないって。ただ何もせずボーッとあっちを見てたの」
「あっち?」
「そ、海の向こうが見えないかなって」
「そうかい」
飯島は馬鹿にするように肩をすかし歩き出した。折角の暇なので、私からもちょっかいを出してみよう。そう思ったが、何をしてやろうかな。
「……」
「……な、なんだよ。人の顔ジッと見て」
「んー、別にぃ」
「変な奴だな……あ、そうだ。綾川、お前今から暇?」
「ひま」
「そりゃそうか。実は俺もひま」
「ふーん」
「だからなんだって事はないんだけど……」
それっきり、飯島は黙りこくり目を逸らした。彼は他の男子に比べ全体的に髪が長めでだらし無い。だからこう目を逸らされると、彼の目が完全に見えなくなってなんか素っ気ない対応を取られてしまってるように思っちゃうのは、単に私の思い過ごしなのだろうか。
「……飯島んち、ゲームとかないの?」
「ゲーム……モンハンとか?」
「家庭用ゲーム機を挙げてほしいんだけど」
「……ないわ。でも、PSPはある。一応二台。……うちくる?」
「行く」
気まぐれでそう答えた。どこぞの誰かは中二の夏こそ一番危険というか、スペクタクルな体験をすると言っていたが、これはそのスペクタクルの開幕を意味しているのだろうか。
そんな事を思い馳せながらも、こんな小さな島に住んでるんだ。どうせ今までと変わらない当たり障りない日常を過ごすんだなあと思う中二の夏休みが始まった。