全ての始まり
時代設定は江戸ですが、作者の知識が不足しているため、少し風変わりになっているやもしれません。
暖かい目で見守って下さると幸いです。
誰かが言った。
“世界は喜びに満ちている”
いや、そんなことはない。間違えている。物事の一片を見ただけで本質を理解したと勘違いしている。自分が幸せだから他人も同じだと信じて疑っていない。この世界はそんなに悪くは無い…と。
それなら例を挙げてみよう。ある少年はヤマトという国で産まれた。しかし、周囲は誰も祝福しなかった。両親は女の子が欲しかったからだ。少年の家は代々続く武士の家系で、戦では連戦連勝―いわゆる将軍の右腕であった。ふとしたときに将軍様からこんな提案があった。
「時にムジナよ、お主の妾が子を成したようじゃな?どれ、それがもし女子であればわしの愚息とつがいになるが良い。じゃが、もし違うていたらわしの前から姿を消せぃ!……どうじゃ?お主ならこれくらいの要求、応えるのは朝飯前じゃろうて?」
将軍様は賭け事がたいそう好きで、この日もやはり尋ねてきたのである。どんな無理難題を突きつけられてもその度にくぐり抜けてきたムジナも今回ばかりは思い悩んだ。既に懐胎している子供の性別など、どれほど努力しようと変えようが無いからだ。
だがムジナは諦めなかった。以前まで神など見向きもしなかった彼は変貌した。毎日のように神壮へ通い、朝から晩まで狂った様に祈り続けるようになった。しばらくすると妾にも信者になるように強要し始めた。しかし、女性の身には過酷過ぎたようで一月後には寝たきりになってしまった。
女子どころか子を産むことすら難しくなった事を知ったムジナは、毎晩叫んだ。声がかれても、喉から血が噴き出ても、叫び続けた。その甲斐があってか、妾は子を産むことが出来た。しかし、そうして産まれてきた子は男児であった。
当然、将軍様には城への出入りを禁じられ、武士の階級も剥奪されてしまった。
ムジナは神を愚弄し、世界に失望し、運命に絶望し、そして妾と子を強く恨んだ。
それからというもの、ムジナは月に数回しか姿を見せず、帰ってきたときは金を奪って何処かへ消えて行くという生活が続いた。
浪費するばかりで収入など無いムジナには周囲は呆れ果てていたが、産まれて間もない赤子を抱える女性を放っておくことなど出来ず、毎月必ず誰かが麦や野菜を援助していた。
また、妾の実家からも少なくない額の仕送りがされていた。
だが、数年ほど経ったある月に実家からの仕送りが少し遅れてしまった。普段通りの生活をしていればぎりぎり暮らせる程度の金はあったのだが、そんな状況下でムジナは現れた。
自分が欲するだけの金が無い事を知ると、妾を殴り、暴れだした。その姿はまるで癇癪を起こした童子のようであった。
自らの怒りのぶつけ場所を探すムジナの目に飛び込んできたのは妾と地位を失う原因となった疫病神の子
だ。
何かを察した妾が子の前に立ちはだかったが、ムジナはためらいなくそれに刀を振り下ろし、返す刀で子を斬り付けた。
動くものが無くなって頭が冷えたムジナは、この場所にいることが恐ろしくなり、妾の体に刀を突き刺した後に走って何処かへ行ってしまった。妾が強く抱きしめて刀から護り抜いた子にはまだ息があることには気づかずに。
そして十五年後、その話を聞いたムジナの子 ミコトは思った。
なぜ母は死ななければならなかったんだ?男に産まれてきた俺が悪かったのか?それとも俺を産んだ母が悪かったのか?つまらない賭けをした父や将軍が悪かったのか?それとも・・・
だから、世界は凶悪だ。性悪だ。傲慢だ。そう、いつだって――
世界は理不尽だ。