霧崎舞の自由研究9
翌日、放課後、私は郵便屋さんと一緒にいた。仕事はいいんですか、と聞くと、佐瀬が舞ちゃんのそばにいてやれとうるさいもんですからな、今日は仕事は休みですわ、との回答が返ってくる。郵便局はそれでいいのだろうか。
「それで、加藤恵美ちゃんとやらはどうなりました?」
「……今日は、学校へ来ませんでした」
恵美ちゃんは学校へ来なかった。迎えにいった恵美ちゃんの友人が言うところによると、部屋に引きこもってしまっているらしい。ある意味、それは私のせいなのだろう。もともとは私の自由研究を盗んだ恵美ちゃんのせいなのだけれど。自業自得だ。わかっている。なのに心が痛むのは何故だろう。郵便屋さんが私の頭の上にぽんと手を置く。
「自分のせいだなんて、思っちゃいないでしょうな」
「……わかってます」
恵美ちゃんは自業自得で身を滅ぼしたんです。そうつぶやく。大丈夫だ、責任のありかを混同したりはしない。そんなこと、しない。郵便屋さんが口を開く。
「あのですな」
「はい」
「あんたに、贈り物があるんですぜ」
私は首をかしげた。贈り物。何でだろう。何かもらうようなことはした覚えがないし、逆に私があげないといけない気がする。結構お世話になったのだし。郵便屋さんが肩から提げたバックから何かを取り出す。白い、紙だった。何回も折りたたまれたそれは、若干分厚くなっている。
「これ、ですわ」
「これ……」
受け取って紙を広げる。それは、私の自由研究だった。どうして。あんなにびりびりに破いたのに。郵便屋さんの声がゆっくりと響く。
「風がない日で助かりましたわな。かけらを適当に集めて、まあ、ほとんど佐瀬がやったんですがな、かけらをつなげて、このとおりですわ」
私のつたない字が、イラストがそこにあった。私の努力の結晶。一度は破り捨てたそれが、あった。じわりと視界がにじむ。
「まあ、見つからなかったかけらもあるんで穴あきなんですがな」
いやあ申し訳ない、と郵便屋さんがちっとも申し訳なく思ってなさそうな声で言う。ぼろりと、涙がこぼれた。ぼろぼろと涙が零れ落ちていく。うれしかった。とても、とても。一時はくだらないものに思えたけれど、やっぱりがんばって作ったものだから。郵便屋さんを見る。
「郵便屋さん、ありがとうございます」
「礼は佐瀬に言いなされ。かけらを集めたのは私ですけど、つなぎ合わせたのはほとんど佐瀬ですからな」
これはさっきも言いましたが、と郵便屋さんが注をつける。でも、そんなこと私は聞いていなくて。ぎゅっと、郵便屋さんに抱きついた。
「何ですかな」
「ううん、何でもないです」
ただ抱きつきたくなっただけ。そう返して、さらに抱きつく力を強くする。温かい。郵便屋さんは、こんなにも温かい。心地よくてほおずりをする。
「郵便屋さんは、あったかいですね」
「手は冷たいんですぜ?」
私の頬に冷たい手がぴたりと触れる。冷たい、手だ。けれど、冷たい人は心が温かいと言うし。郵便屋さんは全体的に温かい人なのだ。
「郵便屋さんは、いい人ですね」
「おや、私は悪い人ですぜ。信用しちゃあなりませんよ」
「それこそ信じません」
ぱっと郵便屋さんから離れ、二三歩距離を取る。にっこり微笑めば、郵便屋さんもにんまりと笑った。私は言う。
「郵便屋さん、将来お嫁さんにしてくださいな」
「……はあ?」
「不老不死の郵便屋さんのところにお嫁に来る人ってほとんどいないと思いますし、私が立候補してあげます」
ね、お願いですよ。そう言って、身を翻す。また明日。そう叫んで、駆け出す。嗚呼、言ってしまった。冗談だと思われただろうか。まあ、半分冗談なのだけれど。好きとか恋してるとか、私にはまだよく分からない。けれど、あんないい人なのに一人きりなのは寂しい気がしたのだ。郵便屋さんは恋人かお嫁さんを作るべきだ。それが私でなくても構わないから。上気した頬に自分の手を当てる。自分の手はひんやりしていて、自分が意外と緊張していたのだと思い知らされる。
「本気に、してくれないかなあ」
ぽつりと呟いた言葉は、空気の中に消えていった。
私が本格的に郵便屋さんに恋心を抱くようになるのは、また別の話。
霧崎舞の自由研究終了。次は舞ちゃんが登場しない予定のお話です。ちょっとお休みします。