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霧崎舞の自由研究7

 少しばかりしてから、私は落ち着いて話せるようになった。赤くなった目元をこすりながら、郵便屋さんを見る。郵便屋さんはいつもの笑みを浮かべていないで、ちょっと困ったような顔になっていた。子供の扱いに慣れていないというのは本当らしい。泣いてる子供ならなおさらだろう。そう思うとなんだか笑えてきた。あのいつも余裕綽々の郵便屋さんがただの子供に悩まされてるなんて。くすりと笑いを漏らすと、冷たい声が降ってくる。

「何笑ってるんですかい」

「えへへ、なんでも」

「へー、さいですか」

 で、何で泣いてたんです、まだ学校の時間でしょうに。

 そう言われて、私の顔が曇る。思い出したくないことを思い出してしまった。少しだけ、気分がよくなっていたのに。うつむく私を郵便屋さんが小突いてくる。

「ほら、言わなきゃわからんでしょう」

「……盗まれたんです、自由研究」

「は、盗まれた?」

 そりゃあれですか、窃盗ですか、それともぱくられたってことですかね。

 郵便屋さんの言葉に私は、後者です、と静かな声で答えた。感情の高ぶりはもう収まっていて、今は静かな水面のようだ。不思議だった。あんなに私の感情はざわめいていたのに。

「加藤恵美ちゃんって子がいるんですけど、その子に盗まれて、みんなにパクリだって言われて、逃げてきたんです私」

 目を伏せながら言うと、頭に衝撃が走る。叩かれた。今叩いてくる相手は一人しかいない。郵便屋さんをにらみつけると、郵便屋さんは思ったよりまじめな顔をして私を見つめていた。

「どうして、逃げ出したんです。逃げたらぱくったことを認めたようなもんじゃないですかね」

 下唇をかむ。そんなこと、わかっていた。けれど、あの時は逃げることしか考えられなかったのだ。その場を離れることしか考えられなかった。私は黙り込んでしまった。黙ってしまった私に言い聞かせるように郵便屋さんが言う。

「あんたは逃げなければよかったんですぜ、正々堂々としていればよかった」

「私はっ……そこまで、強くないんです」

 罵声を浴びながら堂々としていられるほど強くなかった。私は、弱かった。罵声を浴びせられるだけで床がゆがんで見えたし、世界のすべてが敵のように思えた。私は弱いのだ。どこまでも弱い。また涙がこぼれそうになって、あわてて目元をぬぐった。

「それで、こんなにびりびりに破ったんです?」

 模造紙に罪はないんですぜ、と郵便屋さんが言いながら白いかけらを拾う。それはちょうど郵便屋さんのイラストが描かれたところで、恥ずかしくなって取り返そうとする。けれど、郵便屋さんは手を上に高く伸ばして私の手の届かないところへと白いかけらを追いやってしまった。

「いいじゃないですか、味のあるイラストで」

「それっ、ほめてっ、ないでっ、すよね!」

 ぴょんぴょんと跳んで白いかけらを取り戻そうとする。そんな私に郵便屋さんが言う。

「おや、もうこれ、いらないんじゃないんですか?」

 いらないから破り捨てたのでは。そんな言葉に、私はぴょんぴょんと跳ねるのをやめた。

 そうだ、私はいらないから破り捨てたのだ。なのにそれを取り返そうとする資格なんてない。視線を下に落とす。だって、くだらないものに思えたのだ。あんな簡単に盗まれるもの。あんなにがんばったのに。手をぎゅっと握り締める。つめが手のひらに刺さって痛みを訴えてきた。

「……明日、学校はどうするつもりです?」

「休みたいけど、休めないです」

 休んでしまったらもう学校に行けないような気がした。もう学校に行けなくなるのはいやだった。いやなことは起きたけれど、学校は楽しい場所だというのは変わらない。授業は楽しいし、図書室で本を読むのも楽しい。それができなくなるのは、ちょっとどころじゃなくいやだ。私の返事を聞いて郵便屋さんはにんまりと口を吊り上げる。

「じゃあ、休まなくてもいいようにするとしますかね」

「え」

「ありがたく思ってくださいよ。ただのしがない郵便屋がここまで動くことなんてめったにないんですから」

 そう言って郵便屋さんは私を抱き上げた。私は、わあ、なんて声をあげながら郵便屋さんにしがみつく。ほら、御覧なさい、明日を照らす夕日ですぜ。郵便屋さんがきざなことを言いながら、ゆびで夕日を指す。とてもきれいな夕日だった。きざなせりふには、思わず笑ってしまったけれど。




「で、あんたが加藤恵美ちゃんとやらですな?」

「……そう、だけど」

 翌日、私は学校の一室で郵便屋さんと一緒に恵美ちゃんと先生と向き合っていた。恵美ちゃんは少しおどおどした様子で郵便屋さんを見ている。先生も少し不安そうな様子だ。

「あの、郵便屋さん、今日はいったいどのような御用事で……」

「自由研究、と言えば分かりますかね」

「っ舞ちゃんが恵美のを真似したのよ!」

 恵美ちゃんが叫ぶ。恵美、がんばって作ったのに舞ちゃんが真似したの、ひどいでしょう? そう続けられた言葉に、私は眉間にしわを寄せた。よくも、そんなことを堂々といえたものだ。そういう意味で、恵美ちゃんは強いのだろう。私とは比較にもならないほど。人のものを盗んでおいて堂々とそれは自分のものだなんて言える強さ、なくたってかまわないけど。

 郵便屋さんが冷たい声で言う。

「加藤恵美ちゃんとやらの取材は受けたことがありませんでな。この霧崎舞さんの取材は受けたことがあるんですが」

「え」

 先生が一音声を漏らす。ほぼ同時に恵美ちゃんへ疑いの目線を向けた。恵美ちゃんはあせって口を開く。

「郵便屋さん、私と舞ちゃんを間違ってるのよ。わたしだよね、取材に行ったの」

「いいや、あんたじゃないですな。何を間違うというんです、あんたとこの子じゃてんで違う」

「っ……!」

 恵美ちゃんが下唇をかむ。その反応に先生は疑いを固めたようだった。先生が低い声で恵美ちゃんを呼ぶ。

「加藤さん、これはどういうことですか。説明しなさい」

「え、恵美真似なんかしてないもん、舞ちゃんが真似したんだもん!」

「でも、郵便屋さんはこう言っているでしょう!」

 先生に強く言われた恵美ちゃんは、きっとこちらをにらみつけた。そして叫ぶ。

「舞ちゃん、恵美のこと嫌いだからこんなことするんでしょう。恵美だって舞ちゃんのことなんか嫌いなんだからね!」

 みんなにいじめられちゃえばいいんだ、と叫んだ恵美ちゃんを先生がすごい形相でにらみつける。ちょっと怖い。

「みんなにいじめられちゃえばいいんだって、どういうことです加藤さん!」

「……そうよ、恵美が真似したの。恵美が舞ちゃんのを真似したの。だって、恵美はほめられるためにいいのを作らないといけないのに、ぜんぜん思いつかなかったんだもの!」

 だからしょうがないでしょ、と恵美ちゃんがヒステリックに叫ぶ。加藤さん、とやっぱり先生もヒステリックな叫び声を上げた。私は耳をふさぎたいのをこらえて、恵美ちゃんを見ていた。恵美ちゃんはぎらぎらとした目で私を見ていた。怖くて、隣にいた郵便屋さんの手をぎゅっと握る。ゆっくり私は口を開いた。

「恵美ちゃん」

「何よ」

「みんなの前で謝って。私がまた明日から学校に行けるように」

「嫌よ、恵美が学校に行けなくなっちゃう」

 それは恵美ちゃんの責任でしょ。そう言うと恵美ちゃんはくやしそうに舌打ちをした。びくりと体が震える。舌打ちは苦手だった。

 少しして恵美ちゃんが気を取り直したかのように言う。

「いいわよ、恵美がみんなの前で謝ればいいのね」

「……うん」

 こくりとうなずく。恵美ちゃんは何故かにんまりと笑った。いやな予感がする。でも、それを言葉にすることができなくて私は黙り込んだ。恵美ちゃんは踊るかのように歩き、ドアへと手をかける。じゃ、先生も行きましょう。

 いやな予感が、した。



だんだん文章が混乱してきた。一気に書くからもう。まあ、ちょっと前から文章は混乱してたんですけどね!

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