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霧崎舞の自由研究6

 久しぶりに教室の机に座る。机のひんやりした感覚が懐かしかった。今日の一時間目は集会で、二時間目から自由研究発表だ。発表は出席番号順で、私は六番目だ。袋に入れた白い模造紙にそっと触れる。私の努力の結晶は今日発表だ。

 そういえば、恵美ちゃんはちゃんと自由研究が出来ただろうか。横目で恵美ちゃんの席を見る。恵美ちゃんの席には大きな模造紙が置かれていて、ああ完成したんだな、と思う。肝心の恵美ちゃんはというと、少しはなれたところで友達と楽しそうにしゃべっていた。私とは大違い。私に友達はあまりいない。その数少ない友人もほかの人としゃべっていて、私は一人ぼっちだ。別に、いいのだけれど。

「はーい、みんな、席に座ってね」

 先生がドアを開いて現れる。みんながばらばらと席に座っていった。恵美ちゃんもしかり。私は元から席に座っていたので関係ない。

「じゃあ、自由研究の発表会をします。出席番号順にやるのは、夏休み前に言いましたね。じゃあ、トップバッターは相川さん」

 がんばってね、と先生が声をかける。相川さんはおどおどとした様子で出てきた。手には肩下げのバッグ。

「わ、私は、一人でバッグを作りました!」

 少しどもりながら、相川さんが発表をする。一人で始めてバッグを作ったとか、小物が入るように小さいポケットを作ったとか、そんな発表だ。少しすればその発表も終わって、次の人へ次の人へと移っていく。私の発表は六番目。あとちょっとだ。

 ついに私の前、恵美ちゃんの順番がやってきた。いかにも自信満々といった様子で、教室の前のほうに出てくる。白い模造用紙を黒板に張って、発表の準備は万端だ。何を調べたのかな、と思いながら模造紙に目をやる。私は目を見開いた。

「私が調べたのは、夢見町で年を取らない生き物三つです!」

 恵美ちゃんが声も高らかに言う。それは、私の調べたものだ。恵美ちゃんも知っていたはず。なのに、何で被るの?

「まず、一つ目は吸血鬼さんです」

 そこには吸血鬼さんの生まれ育ちや、年をとらない理由が書いてあった。私の書いたものと一言一句違わない。イラストも入っていて、それは私のものよりうまかったけれど。

 ――盗まれた?

 私の自由研究は盗まれたのだろうか。恵美ちゃんに。何で、だろう。いや、最後まで見なきゃ盗まれたかなんてわからない。ちゃんと、最後まで見なきゃ。

「次に、二つ目は人魚さんです」

 やはり一言一句違わないことが書いてある。私の心臓は早鐘を打っていた。どうしよう。この後発表したら、私が盗んだと思われる。みんなに弾劾される。どうしよう。どうしよう。頭の中は真っ白で、何をすればいいのかもわからなかった。

「最後に、郵便屋さんです」

 顔が上げられなかった。読み上げる恵美ちゃんの声だけが、私の頭の中に入ってくる。なんと、究極の若作りだそうです。みんなが笑う声がする。この後、私の発表だ。どうすれば、いいんだろう。自由研究を忘れたことにする。だめだ、白い模造紙は大きくて隠し場所がない。どうすれば、どうすれば。

「じゃあ、次は霧崎さんね」

 先生の声が、死刑執行の声にも聞こえた。

震える足で立ち上がり、白い模造紙を手に取る。先生に渡し、先生が黒板に貼り付ける。

「わ、私は……」

 模造紙を見たのか、ざわざわとクラスがざわつく。クラス一声が大きい男の子が叫んだ。

「あーっ、パクリだ!」

 体がびくりと跳ねる。違う、盗んだのは私じゃない。恵美ちゃんだ。けれど、声は出てこなくて舌はぴくりとも動かなかった。足が震える。手が震える。

「パクリだ、パクリだ!」

「パクリ女だ!」

 クラス中からやってきた罵りを、私は体を震わせながら受け止めた。違う、私が盗んだんじゃない。違う、私じゃない。違う、違う違う違う!

「どうして、私の真似したの?」

「え……?」

 恵美ちゃんが一歩前に出て言う。何を、言っているの?

「舞ちゃんなら、すごいものが出来るって期待してたのに、どうして恵美の真似するの?」

「ちがっ……」

「どうして?!」

 恵美、舞ちゃんに何かしたかなあ、と恵美ちゃんが叫ぶ。私の言葉はかき消されて、誰にも届きやしない。周りの子たちが、恵美ちゃんかわいそう、と恵美ちゃんに寄っていく。そして向けられるのは、私への敵意だ。

「パクリ女、謝れよ」

「そうだー、パクリはいけないことなんだぞ!」

「謝れ!」

 クラス中から謝れという声が上がる。先生が必死にみんなを止めようとしているけれど、もう遅い。口元が引きつる。床がゆがんでいって、立っていられなくなる。床にぺたりと座り込んで、耳をふさぐ。男子に頭を小突かれて、手を無理やりに引っ張られた。痛い。

「謝れよ、謝れって言ってんだろ!」

「こら、みんな止めなさい!」

「えー、でも先生、こいつが悪いんだよ」

「そうだよ、恵美ちゃんかわいそう」

 もう、聞いていられなかった。つかまれた腕を無理やり振り払う。張り出された模造紙を乱暴にはがし、持ったまま駆け出した。後ろから聞こえてきた罵声と、先生の止める声を聞きもせずに。




 ぽつりと、一人きりで道を歩く。模造紙は歩きながらくるくると丸めて、持ちやすいようにした。どうして、こんなことになったんだろう。ただ、私は良かれと思って見せただけなのに。なのに、何で。じわりと涙がにじむ。どうして、何で、どうして。そんな言葉が頭の中にふわりと湧き出ては消えていく。

 どうして恵美ちゃんは私のなんかを盗んだんだろう。偶然目に付いたからだろうか。そうだったのなら、なんて最悪だろう。止まりそうになる足を無理やりに動かす。

 丸めていた模造紙をおもむろに開いてみる。あんなにがんばったのに、もうただのくだらないものにしか思えなくて驚いた。あんなに、がんばったのに。ただのちっぽけな落書きにしか思えなくて、涙がぽつりと流れた。

 一粒こぼれてしまうと、もう止まらなかった。次々に涙がこぼれだしていく。

「どう、して?」

 どうしてこんなことになったんだろう。私、何か悪いことしたかなあ。思いながら、模造紙をびりりと破いた。びりり、びりり、びりびり。こんなもの、もうどうでもよく思えた。こんなものがあるせいで、私はこんな思いをしなきゃいけない。八つ当たりだとはわかっていた。けれど、止まらなくて。破いて破いて、空に紙切れを撒き散らす。なんだか、笑えた。

「あは」

 泣きながら、微笑む。ぼろぼろと涙はまだこぼれていて、地面に落ちてはしみを作った。立っていられなくて、しゃがみこむ。そのまましばらくそうしていると、すっと私の影に影が落ちた。

「そんなところで、何してるんですかな」

 上から降ってきた声に、後ろを向く。そこには、いつも通りの余裕綽々の笑みを浮かべた郵便屋さんがいた。

「ゆう、びんやさん」

「はい、何ですかな

 知った人間に会ったことで、緊張の糸が切れる。う、え、と声にならない声が漏れた。あ、もう駄目だ。

「う、あ、うわああん!」

「うわっ、いきなり泣き出さんでくださいよ!」

 対処に困る、と叫ぶ郵便屋さんをよそに私は泣き喚いた。わんわんと、辺り一帯に響き渡るぐらいに。そんな私の頭を、郵便屋さんは困ったように撫でてくれたのだった。



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