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霧崎舞の自由研究5

 マジックペンのふたを開け、白くて大きい模造紙に押し当てる。そのまま横に線を引けばきゅっという音が鳴った。

 結局、私は郵便屋さんが年をとらない理由を書かないことにした。不老不死を狙う人にもしも読まれてしまえば人魚さんや郵便屋さんが危ないし、なんだか書くことではないと思えたのだ。人魚さんのためにも、郵便屋さんのためにも。だから、郵便屋さんが年をとらない理由を最初ゆかりさんに聞いた理由にすることにした。究極の若作り。適当に笑いが取れていいんじゃないだろうか。

 あの後、私は郵便屋さんと約束をした。年をとらない理由は二人だけの秘密だって、約束だ。二人だけの秘密という言葉は、私にとって特別な意味を持っていた。友人も少ない私にとって、誰かと共有する秘密など初めてだったのだ。

 白い模造用紙をどんどん黒い文字が埋めていく。あいだには人魚さんや吸血鬼さん、郵便屋さんのイラストを入れる。書くのはとても楽しくて、気がつけば笑みが浮かんでいた。

といっても、私は絵がうまいほうじゃないのだけれど。字だって、丸字できれいなほうじゃない。でも、楽しかった。

 きゅっ、きゅっ、という音が私だけの部屋に響く。しばらくして、音が止んだ。マジックペンのふたを閉める。

「よし、できた」

 壁に模造紙を貼り出してみる。なかなかにいい出来のように思えた。内心鼻を高くしながら模造用紙を見つめていると、ふと恵美ちゃんのことを思い出した。まだ恵美ちゃんは自由研究が出来ていないのだろうか。夏休みが終わるまで後十日ぐらい。出来ていないとまずいと思うのだけれど。そう思うのは私だけだろうか。とりあえず恵美ちゃんに電話してみることにした。

 一階まで降りて、電話のボタンを押す。十一桁押して少し待つ。ぷるると言う音がした。音が三回ぐらい鳴ってから電話がつながる。

「はい、加藤です」

「あ、恵美ちゃん。霧崎です。霧崎舞」

「舞ちゃん。もしかして自由研究出来たの?」

 話が早い。私は、うん、そうだよ、とうなずいた。電話口の恵美ちゃんの声がはしゃぐ。

「じゃあ、明日見に行ってもいいかな」

「うん、大歓迎だよ」

「ありがとうね。じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 ぶちりと電話が切れた。あっさりとした電話だった。別にほかに話すこともないのだけれど。さて、恵美ちゃんが来るのは明日だ、少しは部屋をきれいにしなければ。私は部屋の片づけを始めたのだった。



「うわあ、すごいねえ」

「そんなことないよ」

 恵美ちゃんが感嘆の声を上げる。私は謙遜しながらも、いい気分になっていた。がんばって作ったものがほめられて嫌な気分がする人はいないんじゃないかと思う。

「写真撮ってもいい?」

「え、あ、うん、いいよ」

 私がうなずくと、恵美ちゃんは写真をぱしゃりぱしゃりと撮り始めた。携帯電話だ。今時のスマートフォンというやつだった。ちょっとうらやましい。私は携帯電話を持っていない。まだ早いといって、お母さんが持たせてくれないのだ。まあ、特に電話するような相手もいないからいいのだけれど。

 恵美ちゃんは一通り撮り終わると、かわいらしい笑みを浮かべた。

「ありがとうね、これ参考にがんばるよ」

「うん、がんばってね」

「うん、がんばる」:

 そう言うと、恵美ちゃんは私の部屋から出て行った。あわてて後についていく。送るよ、と後ろから声をかけると、別にいいよ、という返事が返ってくる。階段を下りて、すぐに玄関にたどり着く。私が玄関にたどり着くころには、恵美ちゃんはもう靴をはき始めていた。

「恵美ちゃん、もう帰っちゃうの」

「うん、自由研究やらないといけないから」

「そっか」

 ピンクの愛らしい靴を履いた恵美ちゃんは、ぴょこんとこちらを見た。

「舞ちゃんの自由研究、本当にすごかったね」

「そんな、言われるほどじゃないよ」

「ううん、ちゃんと取材しててちゃんと記事としてまとめててすごいよ」

 私はえへへと照れ笑いをした。髪をくるくるといじる。ほめられて悪い気分じゃないけれど、ほめられすぎな気がした。私のなんてたいしたことない自由研究だ。小学三年生としてはわりかし平均的な部類に入る自由研究だとも思う。

「じゃあね、舞ちゃん」

「じゃあね、恵美ちゃん」

 二人でばいばいをする。ドアを開けて恵美ちゃんが出て行ってから、ふうとため息をついた。やっぱり恵美ちゃんは苦手だ。私が苦手だと思っていることは、機微に鋭そうな恵美ちゃんのことだ、もう知っているのじゃないだろうか。でも、その割りにほめまくってくれたしなあ、処世術かなあ。私は首をかしげた。まあ、いいや。私は部屋に戻ることにした。



 そして、夏休みが明けた。



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