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霧崎舞の自由研究1

 夢見町。私が住んでいる町。不思議なものがいっぱいあって、不思議な生き物もいっぱいいる。大好きな町。辺りは森に囲まれていて、たくさんの動物たちが住んでいて、一部は海にも面している。一回だけ見たのだけれど、ケセランパサランも住んでいる。人口は少なくて、三千人ぐらいだって学校で習った。そんなに人数が少なくて本当に町なのかと言われそうだけれど、町は町なのだ。

 その町唯一の郵便局の前に、私は立っていた。夢見町15-8。月や星の飾りが入り口に吊り下げられている。それはとてもきれいなのだけれど、何度か来たことのある私は知っている。中はとても雑然としているのだ。きれいなのは入り口だけ。私はよく知っている。

 すうっと息を吸って、自分を落ち着ける。初めてのことだから緊張するのは当たり前だ。けれど、緊張しすぎて失敗するのはよくない。少しでも自分を落ち着けなければ。もうひとつ息を吸う。後ろからいきなり声がかかった。

「何してるんスか、郵便局の前で」

「ひゃいっ!」

 思わず間抜けな声が出た。勢いよく後ろを向くと、そこにはポニーテールのお姉さんがいた。タンクトップにジーンズというとてもラフな格好をしたお姉さん。名前を佐瀬ゆかりさんという。郵便局でアルバイトをしているお姉さんで、とても美人。運動もできる。

「んん、舞ちゃんじゃないスか。郵便局に何か用っスか?」

 私と目の高さを合わせて聞いてくるゆかりさんから目線をそらす。まだ覚悟ができていなかった。覚悟を固めている途中だったのだ。いきなり話しかけられたことで、私の覚悟は空中に消え去ってしまった。黙り込んでしまった私に、ゆかりさんは首をかしげる。

「まあ、いいっス。郵便局にご案内っスよー」

「え、ちょ、待ってゆかりさん!」

 郵便局に引きずり込まれそうになって、必死に抵抗する。ゆかりさんは不思議そうな顔をして、ここに用事があるんじゃないっスか、と運動部に所属している近所のお姉さんが先輩に対して話しかけるときのような口調で聞いてくる。

「そうだけど、まだ覚悟が――」

「佐瀬、一体全体何を騒いどるのですかなあ」

 上から降ってきた声に、私は体をぴたりと固めた。男の人の低い声。郵便局で男の人といえば、一人だけだ。郵便局はそもそも二人しかいないけれど。おそるおそる上に視線を向けると、そこには郵便屋さんがいた。

 郵便屋さん。名前を私は知らないし、たぶんきっと誰も名前を知らない。いつも分厚くて大きいぐるぐる眼鏡をかけていて、顔立ちもよくわからない。わからない尽くしの人だ。お母さんが言うには、お母さんが小さいころからずっと郵便屋をしているらしい。そしてお婆ちゃんが言うには、やはりお婆ちゃんが小さいころから郵便屋をしているらしい。年をとらない郵便屋さん。それが夢見町七不思議のひとつに数えられているのは、ある意味当然で、ある意味不思議なことだった。年をとらないことは不思議だけれど、そんなことめじゃないぐらい不思議なことはこの町にいくらでも転がっているのだから。

「……霧崎さんちのお嬢さんですかあ」

「郵便屋さん、舞ちゃんっスよ、舞ちゃん、霧崎舞ちゃん」

「ああ、そんな名前だったような気がしないでもないような」

何かを思い出すような顔をした郵便屋さんに、ゆかりさんがやれやれとため息をついた。お客さんの名前ぐらい覚えとくべきっスよ、と言うゆかりさんに郵便屋さんは、三千十九人全員覚えろってのは無理があるもんだと思いますけどなあ、と返した。三千十九人、確かに覚えるのは難しいんじゃないのかな、と思う。

「それで、一体何の御用ですかな、霧崎舞さん」

「あ、あの、えっと」

 私の口が意味もなく動く。パニックになりそうな頭を必死に動かして、考える。大丈夫だ、ちょっとお願いするだけだ。女は度胸だってお母さんも言ってたし、ここで度胸を見せないと。でも迷惑だったらどうしよう。怒られたりしないだろうか。郵便屋さんの眼鏡と同じぐらいに頭がぐるぐるする。くらりとめまいがしたところで、あわてて息を吸う。息を吸うと少し落ち着く。もうひとつ息を吸って、呼吸を整える。郵便屋さんはそんな私をただ見ている。

「い、」

「い?」

 言え、私。言え、言え!

「インタビューさせてくださいっ!」

 そして私は言い切ったのだった。




「やー、舞ちゃんも大変っスね。自由研究」

「はい……」

 結局私はゆかりさんと郵便局に二人きりでいた。郵便屋さんはというと、いなくなってしまったのだ。こう、言い残して。

「自由研究のインタビュー、なら私じゃなくても佐瀬で構わんでしょうよ、なに、私が年を取らないことに関するインタビュー、それなら佐瀬が知っとるんで佐瀬に聞いてくんなされ、けけけ、私はこれから仕事なんでね」

 そう言って自転車で駆け出して行ってしまったのだ。少しぐらい付き合ってもいいじゃないかと思うと同時に、忙しかったのに邪魔しちゃったのかなとも思う。落ち込んでいると、ゆかりさんが笑顔で言った。

「大丈夫っスよ、落ち込まなくても。アレ、郵便屋さん、逃げただけっスから」

「逃げた?」

「あの人、子供の相手慣れてないっスから」

 もう何十年も生きてるのに不思議っスよね、とからから笑うゆかりさん。私は複雑な顔をした。そう、私はまだ子供なのだ。気分としてはいっちょまえのレディーなのだけれど。ほかの子と比べて難しい言葉だってわかるし、大人の考えだって理解できる。でも私は見た目はどうやったって子供で。複雑な気分だった。

 私の複雑な顔に気づいたゆかりさんが、何かを察したようにうなずいた。けれど、触れることなく別の話題へ移す。それは少しばかりありがたかった。子ども扱いされてむくれてしまうなんて恥ずかしいこと、触れられていたら恥ずかしさのあまり爆発してしまう。

「それで、何で郵便屋さんが年をとらないか、スよね」

「あ、はい。ゆかりさんが知ってるって郵便屋さんが言ってましたけど……」

「知らないっスよ」

 あっけからんと言われたそれに、私は思わず、え、という声を漏らした。嘘を、つかれたのだろうか。私が知ってるのは究極の若作り、ってことしか知らないっスよ。続けて言われた言葉に、思わず苦笑が出てくる。何だそれは。究極の若作りって。若作りだけでざっと七十年も同じ姿のまま生きられないと思うのだけれど。私は口を開いた。

「あの、それってあからさまな嘘ですよね」

「まあ、嘘でしょうねー」

 でも、私はそんな嘘ぐらいしか知らないっス、と言われ私はめまいに襲われた。一歩目から躓いてしまった。私の自由研究が。夏休みは後二十日。間に合うだろうか。いや、間に合わせなければ。

「あの、ほかにも郵便屋さんについてわかることはありませんか」

「んー、なんだか人間離れした力持ってるっスね。後、笑い方が変なのと、嘘つきなのと、後、えっと、そう、仕事には真剣っスよ!」

 唯一のいいところっス、と笑うゆかりさんに釣られて私も笑う。題材選び、間違えただろうか。私が選んだのは、年をとらない生き物三つ。吸血鬼さん、人魚さん、そして郵便屋さん。吸血鬼さんと人魚さんは最初から挑むにはハードルが高すぎるので、郵便屋さんから挑んだのだけれど。郵便屋さんも意外とハードルが高かった。まず私の相手をまともにしてくれない。逃げ出す。極め付けに嘘をつく。

「……出直します、また今度来ます」

「はーいっス。頑張ってくださいっスね!」

 ゆかりさんの声援を背に、郵便局から出る。そのまま家に戻ろうとして、ふと何か予感がして後ろを振り向く。そこには、こっそり音を立てないように郵便局に入ろうとしている郵便屋さんの姿があった。

「っあー!」

「げっ」

 思わずゆびを指して、大声を上げる。本当に郵便屋さんは私から逃げていたらしかった。

「仕事なんて、嘘ですね!」

「……いや、ちょっと忘れ物をしただけですぜ」

「嘘つき!」

 ゆかりさん知らなかったですよ、何で郵便屋さんが年をとらないのか。恨めしげに言うと、郵便屋さんは言葉に詰まった。けれど、すぐに思い直したかのようにぺらぺらと口を動かし始める。

「そもそも何で年をとらないかなんてプライベートなことに答えてなきゃならんのですかね、プライバシーの侵害ってやつですぜ。吸血鬼や人魚にしたってそうだ。彼らにしたってプライバシーってものがあるんですぜ、知っとられましたかね」

「それならそう言えばいいじゃないですか、嘘つく必要はないんじゃないです?」

「直接言ったら傷つけるのでは、と大人的考えにいたっただけですなあ」

「嘘をつかれるほうが傷つきます!」

 私がそう大声で言うと、郵便屋さんは眉をひそめた。しまった、言い過ぎた。後悔するけれど、言った言葉は戻せない。郵便屋さんはいらいらとした様子で言った。

「こっちは気を使ってやったってのに、これだから子供は嫌いだってもんですよ」

「……子ども扱いしないでください」

「子供を子ども扱いして何が悪いんですかなあ」

 何かを言おうとした。けれど、何を言えばいいのかもわからなくて、ただ口をパクパク動かした。そんな私を郵便屋さんは馬鹿にしたように笑うので、私はかーっとなった。かーっとなって、口走る。

「こうなったら、絶対、郵便屋さんが何で年をとらないか解明して見せます!」

 びしりとゆびを指すと、郵便屋さんは余裕綽々の笑みを浮かべてみせる。

「へえへえ、精精頑張ってみたらいかがってもんですな」

「絶対ですよ!」

 私はひとつ叫んで、郵便屋さんに背を向けた。明日から、郵便屋さんが何で年をとらないのか、大調査を始めなければ。今日はもう遅い。すっかり夕方になってしまった。後ろから郵便屋さんの声が追ってくる。

「『恋人の死体』までたどり着いたなら、答えを教えて上げてやらんこともないですぜ!」

 『恋人の死体』、何のことだろう。私には恋人なんていないし。いったい何のことかわからないまま、私は家へと戻ったのだった。




 数日後、私は頭を抱えていた。図書館の本を探しても情報がない。近所の生き字引として知られているおばあさんも知らない。どうすればいいのだ。

 あんな大口たたいてしまったのだ、郵便屋さんが何故年をとらないのか解明しなければ、郵便屋さんに合わせる顔がない。どうしよう、どうしよう。おろおろとあたりをぐるぐる回る。回って、回って、とある考えが思い浮かんだ。先延ばしだ。

 まず自由研究を完成させなければお話にもならない。そのためにも吸血鬼さんと人魚さんに話を聞かなければ。吸血鬼さんと人魚さんは長生きだというし、郵便屋さんのことも知っているかもしれない。そうだ、そうしよう。まずは吸血鬼さんと人魚さんから攻めてみるのだ。

 先延ばしだとは知っていた。けれど、それしか私には思いつかなかったのだ。なんとも貧相な発想力である。でも、実際自由研究を完成させなければお話にもならないのだ。郵便屋さんが年をとらない理由は別に後回しでもかまわないのだから。冬休みにまわしてもいい。けれど、とりあえずは差し迫っている夏休みの自由研究をやらなければ。なんだったら郵便屋さんを抜いて、不思議な生き物二つでやったっていいのだ。だから、まずは吸血鬼さんと人魚さんの二つをやってしまわなければ。

 私はノートと筆記用具が入ったリュックを背負う。目指すは吸血鬼さんの館。




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