魔法狂いの魔法使い
「よぉぉぉぉっし!」
深い森の中。
弱き森の住人たちが必死で生み出した静けさを吹き飛ばし、気合の入った声が放たれる――途端、昼間であることを忘れさせるほどの鬱蒼とした暗さを打ち消すほどの爆光が、辺り一面を黄金色に染め上げた。
ブヒィィィィ!? と、知性ある者ならざる存在の悲鳴が周囲に響く。
魔物だ。
大きく太った体をものともせず、四足で移動する赤眼のそれは、巨大な猪よりも更に一回り上回る巨体の持ち主。その姿は、数年ほど前からこの森を支配していた王者にふさわしく、恐ろしいほどの邪悪をまとい、恐怖の体現者として森を我が物顔で徘徊していた。
これは、その矢先の出来事であった。
唐突に現れ己が目を麻痺させた不届き者はどこだ、と邪悪なる森の支配者は地を引っかく。土に埋もれていた木の根すらも容易く砕いて地面をえぐるその脚力は、かするだけでも普通の鎧ならば陥没するという、ありがたいとは言えない威力を宿していた。加えて、それが二度、三度、と地に深い溝をつくる様は、たとえ腕利きの剣士であったとしても、冷や汗をかかずにはいられないだろう。
しかし、その強者達でさえ恐れるべき動作は、五度目を行うことなく、終わりを迎えた。丁度地面が四つ目の傷跡を刻んだその時。再び沈黙を消し去る声が響いたのだ。
今度は、明確な〝力〟を宿して。
「〈風渦〉!」
次の瞬間、邪悪なる魔物の周囲に、突如として爆風が生まれた。それは、強烈な渦を巻きながら魔物の巨体を揺さぶり、ついにはその巨体を一息に空中へと巻き上げ、巨樹の天辺をも上回るほどの高さへと放り投げた。
真っ赤な瞳に驚愕を浮かべた魔物は、しかし地に足着かぬ空中では成すすべも無く、自身を空へと飛ばし終わった今でさえ、地に戻ることを妨げるかのように強風を残したまま消えた渦を見届けることしか出来なかった。
そうして、無慈悲な鉄槌は下される。
ようやく風を振り切ってゆるりとした降下を始めようとした魔物の形無き耳に、三度目の声が届く。
それは、今までとは一線をくつがえすほどの魔力を宿した、高らかな詠唱であった。
声は響く。
恐怖の体現者をも恐怖させる、類稀なる力を宿して。
「〈天と地を結びし閃光となるものよ、〉」
魔力がこもる。
世界に許された奇跡を、今まさに顕現させんとして。
「〈今こそその身を雷矢と成し、〉」
真なる悪を、滅さんとして。
「〈我が敵に黄金の裁きを――!〉」
――蒼空の彼方より、強き邪悪をも滅するイカズチの矢が、地へと突き刺さった。
刹那の沈黙と、轟音。
再度眩い輝きに彩られた森は、しばしの後、その邪悪なる脅威を消し去って元の姿へと戻った。
魔物の姿は空中にも地面にも欠片も見当たらず、不思議と断罪の矢が落ちた地面には、痕一つない。
――と。
「――ふ、あははっ」
確かな脅威が消え去った森の中。またもや声が発せられる。
声の発生地は、先の出来事があったそのすぐ近く。一本の樹の、上だった。
「ははっ、あはははっ」
実に楽しそうで、それでいて人気の無いこの森の中では、若干不気味に響く、笑い声。
声の主は、実に嬉しそうな顔で、笑っていた。
「これが、魔法! そう!!」
それは一種、狂気的で。
「これが奇跡の権化! 古より変わらぬ、至上の奇跡!」
そして、何よりも誇らしく、嬉しそうに。
「これが! 魔法の素晴らしさだーっ!!」
それは驚くほど純粋な、歓喜の言葉であった。
彼の名は、アイン・アタラクシア。
古の過去にて、不老不死の生を神より贈られし、真の不死者。
そして、何よりも魔法を愛する、魔法大好きな魔法使いである。
敵となったものに贈るは人生最後の悪夢。味方となったものに贈るは人生最大の歓喜。
そう、いくつかの時代の中で語られた彼は、時としてこう呼ばれた。
いわく、魔法狂いの魔法使い。
空前絶後の大魔法使い――と。