逆さまジェミニ
展開がはやいです。
私には二人の幼なじみがいる。気の強い茜と無口な葵。顔も性格も似てない二卵性の双子と、幼稚園のときからずっと一緒にいた。美人なおばさんと格好いいおじさんの子供だから、高校生になった双子は他人の目を引く存在となった。そんな二人のそばにいる私は、とりわけ目立ったところもなく、至って平凡。いいところをあげるとしたらお母さん譲りの長い髪だけ。だから、目立つ双子のそばにくっついている私を面白くないと思う人がチラホラと出始め、軽い嫌がらせを受けたこともあるけれど、いつも双子が助けてくれた。気の強い茜が女子グループを仕切り、無口な葵が私を精神的に支えてくれた。
良い意味でも悪い意味でも私が依存してきた双子の一人、茜が、交通事故に遭った。
「……茜ちゃん、ちゃんと目覚ますよね」
病院の待合室。手術が成功したから、あとは茜ちゃんが目を覚ませば大丈夫らしい。そう茜ちゃんのお母さんから聞かされ、私は葵くんと休んでいた。
「アイツの性格、お前ならわかるだろ。すぐに目を覚ます」
隣に座った葵くんは、私の頭を撫でた。
双子の葵くんのほうが茜ちゃんのこと心配だと思うのに、こうやって私のこと慰めてくれるあたりが葵くんらしいと思った。それなのに、こうやって葵くんに慰めてもらっているのに、目頭が熱くなるのを止められなかった。
『あーあ、また果歩泣いてる。せっかくの可愛い顔が台無しじゃん』
私が泣いたら、いつも茜ちゃんがそういって慰めてくれた。その存在が、今はいない。茜ちゃんが交通事故に遭ったという知らせを葵くんから聞いたときから我慢していた涙が、思わずあふれそうに―――
「あーあ、また果歩泣いてる。せっかくの可愛い顔が台無しじゃん」
……え?
いつものセリフが隣から聞こえた。斜め上を見上げると、しょうがないな、という顔をした……葵くん。
「あ、コイツの身長だと果歩めっちゃ上目づかいになるんだぁ。眼福眼福」
「……あおい……くん?」
いつもの葵くんからはありえない言葉の数々に、おののく。あまりの衝撃に涙もひっこんでしまった。
「あー違う違う。あたしよあたし。茜!」
「……へ?」
「葵に乗り移っちゃた!」
てへっと可愛らしく舌を出したその顔は、葵くんの無骨な顔で……。
「……はい?!」
茜ちゃん曰く、手術中幽体離脱をしたそうだ。上から見る自分の体があまりにも悲惨で戻りたくないなあと思ったらしい。手術が終わり、いい加減自分の体に戻らなきゃと思ったものの、戻れなかった。体が拒絶したのか、魂が拒絶したのかわからないけれど、戻れなかったらしい。だから茜ちゃんは幽体離脱したまま病院を徘徊し、私たちを見つけ、観察することにした。そこで茜ちゃんはふと閃いた。もとは同じ腹の中で一緒に成長した葵の体なら、入れるのではないか、と。
「それが簡単に入れちゃって、あはは!」
「あははじゃないよ!」
葵くんの姿で笑う茜ちゃんは、いつものように能天気だった。
「葵くんはどうなったの?」
「葵?葵はちゃんとここにいるよ?声も聞こえるし」
相当焦ってるっぽいよ。
そう言った茜ちゃんは左手で胸を叩いた。どうやら、茜ちゃんの意識が葵くんの体に無理やり入り、体を乗っ取っただけで葵くんの意識はあるらしい。
「はやく出てけってうるさいわー。なんか感覚もあるらしいし」
茜ちゃんはため息をつきながら頭をふった。
「うわー。葵って立つと本当にデカイのね。あたしも女子にしては大きいほうだけど、こうも見える景色が変わるもんなのかぁ」
立ち上がって周りを見渡した茜ちゃんは、私の目の前に移動した。
「……泣かせちゃってごめん、果歩。この通り元気だし、心配ないよ」
似ていない双子だけれど、瞳はそっくりだった。その瞳を見ていると、姿は葵くんだけど、茜ちゃんに見えてきた。
私は思わずいつものように抱きついてしまった。
「うわああん茜ちゃんー!馬鹿ー!なんで道路で逆立ちなんかしたのー!」
「や、だって出来る気がしたんだもん」
間抜けな理由で車に轢かれたらしい茜ちゃんも、少しは反省しているのか、腰に抱きついた私の頭を撫でてくれる。
「……あら?なにこの動悸。もしかして……」
頭の上でなにやらブツブツ喋っているけれど、私はお構いなしにぎゅうぎゅう抱きついている。
「……あ、なんかそろそろ体があたし(魂)を呼んでるみたい」
引っ付いていた私を優しく離し、にこりと茜ちゃんは笑った。
「こいつにも大分心配かけちゃったからなぁ……お詫びということで……」
そう意味のわからないことを言った茜ちゃんは、私を正面から抱き締め、私の耳元でまたねと囁いた。
「……いやぁ、いい体験したなぁ!」
「いい体験なんかじゃないよ!こっちは寿命縮んだんだからね!」
もう二度と道路で逆立ちしないで、と叫ぶと、ベッドに横たわった茜ちゃんは苦笑した。
―――またね、と言われた瞬間に、茜ちゃんは葵くんの体から出ていった。なぜか大慌てで私から離れた葵くんと共に病室に戻ると、茜ちゃんは目を覚ましたところだったのだ。
「申し訳ないと思ってますよ、果歩。―――まぁ、誰かさんはいい体験と思ってるんじゃないかなぁ?」
私に向けられた苦笑とは一変、にやにやと下品な笑いを葵くんに見せた茜ちゃんは、柔らかかっただろう、と謎の言葉を残した。
「うるせえっ!」
これまたなぜか顔を真っ赤に染めた葵くんは、誰かが置いていった新聞を、逆さまのまま読んでいた。