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ハニーブラッド

作者: 霧道 歩

お題「チョコレート」「手前味噌」「リアカー」で書きました。

ハニーブラッド



 僕はチョコレートをパキポリ音を立てて食べる。チョコをくれたのはユキナで今日はバレンタインデーなのだ。僕が貰ったチョコは1個だけで、だけどその1個が彼女の手作りだからそれでいい。他の女の子のチョコなんて僕には必要ない。パキポリ。

「美味しい?」彼女がにこにこしながら聞いてくるので、僕はその笑顔をずっと見ていたくて美味しいよと答える。そうすると彼女はもっとにこにこする。でも正直な感想を言うとちょっと変な味がする。ビターでほのかにスイートでラブリーなハートの形をしたチョコレート。ビターでスイートな味の中にちょっぴりメタルな感覚を僕の舌はキャッチする。

パキポリ。うん、やっぱり気のせいじゃない。味覚だけじゃなくて、僕の嗅覚もその異変をキャッチする。人は嗅覚で味を脳に伝える。そして僕の脳はこの味を思い出す。

 これは鉄の味だ。

 でもチョコレートに鉄なんか入れはしない。チョコと一緒にアイアンをテンパリングする奴なんかいない。鉄分を含んでてチョコレートに混ぜることができるもの。ほうれん草なんて可能性は僕には浮かばない。これ血じゃね?

 もう1かじりパキポリして僕の疑惑は確信に変わる。いや間違いなく血じゃん。チョコの隠し味に血?そんなの聞いたことがない。っていうか誰の血だよ。

 僕はちらりとユキナを見ると、彼女はやっぱりにこにこしている。んで彼女のカーディガンの袖からちらりと手首が覗く。その手首に包帯が巻いてあるのが見える。バシッ!と僕の頭にフラッシュライトがたかれるようにして、場景が浮かび上がる。ユキナが自分の手首を切って血をチョコにポタポタ落として、それをぐーるぐーるとかき混ぜている。コーヒーにミルクが渦巻くように、溶けたチョコに赤い血が溶け込んでいく。

 そんな光景を思い浮かべながら僕はチョコを食べきってしまう。ユキナはにこにこして僕もにこにこする。彼女の血が僕の中に混じったことを感じる。ほんの僅かな血だけど、彼女のものが僕と混ざり合う。それだけで彼女の気持ちがわかるから僕は彼女に何も聞かない。

 ユキナは僕と1つになりたかったのだ。僕を愛しすぎてるが故に。愛とはつまりお互いで1つになって、1+1=1にするという事なのだ。世界中のすべてを巻き込んでただ1つの存在が愛なのだ。普通の人はそれをセックスでやる。だけど彼女はそれでは満足しなかったのだ。だいたいセックスなんて一晩終わればまた1+1=2に戻ってしまう。なにより中に入り込んで1つになれるのは男だけだ。これではあまりにも理不尽じゃないか。彼女はそう思って血を僕の中に入れようとしたのだ。僕の胃に収まったユキナの血がそう教えてくれる。

 その日から僕は吸血鬼になる。

 僕はまだ高校生で吸血鬼になるには幼すぎるけど僕の精神は完全にユキナの血に飲み込まれてしまう。僕は彼女の血をチューチューする。首からはしない。大抵は人差し指にちょっと傷をつけてそれにむしゃぶりつく。たまには舌を少し切って、キスしながら彼女の口に溢れる血を唾液といっしょに飲み込む。僕も彼女もそれで絶頂に達するからセックスはなくなった。

 だけどある日とうとうユキナが貧血で倒れてしまう。傷だらけの彼女の身体をみて、両親は不審に思い僕を疑う。その傷から僕が血を吸いましたと告白しようとしたけど、彼女になにも言うなと止められる。そんなことを言えば僕は頭のおかしい人間と思われて病院か刑務所に入れられてしまうからと。でも僕は彼女の血が飲めないことで頭がおかしくなりそうだ。血は毎日身体の中で作られている。彼女の血が飲めなければ、そのうち僕の身体を巡る血から彼女の血がなくなってしまう。

 結局全てはユキナの自傷行為ということで片がつく。そして僕じゃなくて彼女がおかしな病院にいれられる。どこか遠くの病院で、ユキナの両親は僕に場所を秘密にしたまま彼女を連れて行ってしまう。ユキナから連絡がないのは何故か考えたけど、彼女も僕に血を吸われるのはもう嫌だったのだろうか?ユキナからやってきたことなのに?順当に考えればそんなことはないだろう。手前味噌な意見ではなく、僕はユキナの血を吸う必要があったしユキナは僕に血を吸われる必要があったはずなのだ。



 僕はいろんな手段を使ってユキナの行方を捜したけど見つけることが出来ないまま受験シーズンを迎える。忙しさのなかで僕はユキナのことを諦めて、僕の吸血鬼も眠りにつくけどすぐに目を覚ます。

 大学に入った僕は色んな女の子と付き合って多くの血を吸う。ユキナと同じ血の味をした女の子を捜す。僕はどの女の子が血をくれそうかどうか一目でわかるようになる。そういった女の子の血を僕は吸う。だけどユキナと同じ血の味をした子は見つからない。僕の中にいろんな血が混じって僕の身体は誰の血が流れているのかよくわからなくなる。そしてその中にユキナの血が入っていないのが虚しくなる。その虚しさを埋めるために僕はまた他の子の血を吸う。そしてまた虚しくなる。

 吸血鬼はもっと高貴な存在じゃなかったろうか。本当の吸血鬼はこんなに手当たりしだい女の子の血を吸ったりしない。これじゃ僕はダニだ。

 そうか僕は吸血鬼なんて高尚なものじゃなかったのだ。僕はただのちっぽけな虫けらで、血を吸ってぶくぶく太ってしまいには動けなくなってしまう、あの間抜けなダニなのだ。



 ダニは醜悪で病原菌を持ち込む害虫だから人に忌み嫌われて駆除される。僕も周りの人たちに女の子の血を吸っていることがバレて忌避されるようになる。そんな僕のことを他人は吸血鬼と呼ぶようになったのが僕には耐えられなかった。なぜなら僕は吸血鬼ではないから。

 それから僕は人里離れて山に篭る。うち捨てられた茅屋があって、そこに住む。ここでは誰も僕を吸血鬼とは呼ばない。人間も居ないから血を吸う事もできない。山には獣がいるけど僕は彼らの血を吸う気にはなれない。代わりに他のダニが彼らの身体にくっついて血を吸う。そして僕の身体にもくっついて血を吸う。僕はライターの火を近づけてそれを引っぺがし、踏み潰す。ダニはプチッと音を立ててぺちゃんこになり溜めていた黒い血が地面に染み込んでいく。そして僕もそうならないといけないことに僕は気づく。

 僕は飛び降りるための場所をさがす。ここは山だからすぐに峻厳な崖が見つかる。びゅーびゅー山風が正面から吹き付けてくる。僕が一歩前に出れば僕はぺちゃんこにはなれないだろうが、潰れることはできる。でも僕の足は前に出ない。足が震えてる事に気づく。僕は息を整えて前に出ようとするけど身体がいう事をきかなくて、岸壁で1時間ほど立ち尽くす。自分の情けなさにほとほと嫌気がさした僕は茅屋に戻ることにする。その帰り道にある木でおっさんが首を吊っているのを見つける。僕が岸壁を探している時には無かったはずなので首を吊ったのは1時間以内かそこらだろう。僕はどうしようかと逡巡するけどほっとくことにしてまた歩きだす。けどやっぱり気になるので戻っておっさんのとこへ行く。糞尿の臭いが鼻をつくけど思っていたより臭くはない。口からはだらしなく舌が垂れていて、目は飛んで行った自分の魂を追うように天を向いている。これが死んだ人間かーとしげしげ眺めてから僕は持っていたナイフでロープを切っておっさんがドサリと地面に落ちる。

 持ちあげようとしたが生きることを止めた人間の身体というのはものすごく重いということを思い知る。仕方ないので僕は一度茅屋に戻って、そこに放置してあったリアカーを持って行く。そこにおっさんの身体を入れてまた茅屋へと戻る。よっこらせとおっさんを床に寝かせる。だらしないので舌をしまって目も閉じさせる。そしてナイフでちょっと指を切って血を舐めてみる。あれ?と僕は思う。これはユキナの血と同じ味じゃないだろうか。おっさんの人差し指をゴリリと切り落として、その血を僕は飲んで愕然とする。これはユキナの血の味だ。なんでこんなおっさんとユキナが同じ血の味がするのか。

 僕の脳裏にユキナのあのにこにこ笑顔が浮かぶ。ユキナの体中についた傷を思い出す。あの傷は全部僕がつけたものだったろうか。そうじゃない、僕がつけていない傷もあった。

あれはユキナが自分でつけた傷なのだ。なんのためにそんなことを?

 僕はおっさんを見下ろす。この血の味は死と絶望の味なのだ。生きることを諦めた人間の味なのだ。やはり僕はユキナの血を吸う必要があったしユキナは僕に血を吸われる必要があったのだ。僕はユキナが死んだことを悟って泣く。ユキナを助けてやれなかった自分を呪って泣く。おっさんの死体の前で大声で泣く。

 僕は泣きながらナイフを手にして、指に傷をつけ染み出た血を舐める。ユキナの味がする。僕は再び山奥へ入った。

 

                               (了)

 

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