1 真っ赤な空。
少し、寒かった。
腕時計に目を落とす。4時52分。あと、もう少し。
フェンスに寄りかかると、金網が背中に食い込んで少し痛い。でもその痛さが気持ち良かった。
風が冷たい。
何か羽織ってくれば良かったなと思った。でも今更取りに戻るのは面倒だし、意味のないことだと思う。
そして、目をつぶってみた。
少しだけ鼓動が早くなる。
思い出したから。惨めで、皆に好かれようと必死だったあの頃の自分を。
私は周囲に対して鈍感だった。 親も、友達も、私に与えてくれるものも全て本物だと信じていた。
でも違った。
何で、私の聞こえるところで言うのだろう。
私は泣きながら『友達』の話し声に耳を傾けていた。
おかげで色々な事が分かった。そして、これから起きることも。
私は次の日から泣かなくなった。
敵だらけのこの世界で泣くのは、無意味なことだと分かったから。
親は子供を一番の宝物と思っているなんてのも、もちろん嘘。
いつもお酒ばかり呑んでて、まったく私に関心がなかったお母さん。いつも帰りが遅く、たまに会ったかと思えば私を叱ってばかりいたお父さん。
皆嫌い皆嫌い皆嫌い―――。
親も。友達も。この世界の全ての人が私は嫌い。
目を開けると、さっきと変わらない景色がそこにはあった。でも、もう心臓はいつもと同じ速さで動いている。もう一度腕時計に目を落とす。
4時58分。
まだ6分しか経っていなかったんだ。
そろそろ準備をしよう。
私はフェンスを乗り越え向こう側に移った。
下を見ると、コンクリートが私を待ち構えていた。
その時急に怖くなった。
私の身体が、あの固い地面に打ち付けられるなんて。
そして次にどうでもいいような些細なことが脳裏に浮かんできた。
4年前もらった誕生日プレゼント。
小学校の修学旅行で好きな人を打ち明け合った夜。
5年前親と一緒に行った海。
そして、私の笑顔があったあの頃。
そんなことを思い出してたら胸が苦しくなった。
でも、もう戻れない。
今更戻る訳にはいかないんだ―――。
もう5時だ。
大丈夫。これをやり遂げたら、自分は幸せになれるんだから。
私は一度深呼吸をして天を仰いだ。
そこには泣きたくなるほど綺麗な夕日が出ていた。
私の見る最期の空。
「ばいばい」
そして私は偽物だらけのこの世界に別れを告げ、地上に舞い降りた―――。
私の、最初で最期の想いは、皆に届いただろうか?




