おおごとのよかん
「ううっ……」
「あ、あう……」
外は青空が広がり小鳥が歌うさわやかな朝。
そんな外であるにもかかわらず、とある宿の一室では苦悶の声が聞こえる。
そこでは、青と緑のオッドアイのホビットと深緑の瞳のハーフエルフが正座させられていた。
手は後ろ手に縛られており、脚も正座が解けないように留められ、膝の上には板状の岩の重石が置かれている。
なお、ルーチェが2枚であるのに対し、ルネはそもそもの原因となっているので4枚置かれていた。
下に十露盤板を置かれていないだけ有情なのかもしれない。
「んじゃ、今日はどうするかな……」
そんな事態に2人を追い込んだ群青色の髪の青年は、その日の予定を考えながらサンドイッチを食べている。
その横には他のメンバーも全員揃って話をしていた。
「あ~、とりあえずはどっかで働き口を探したほうが良いんでね? いつまでもジンの懐ばかり当てにしてもあれだし」
銀髪の男はジンから悲惨な懐事情を聞かされて、引きつった笑みを浮かべながら頬をかく。
現在旅の資金はギリギリの状態であり、隣町まで移動すれば尽きてしまう程度の額しかない。
無論、ジンの預金を崩せばまだあるのだが、長い目で見るとこの調子ではあっという間に尽きてしまいかねないのだ。
「とは言うものの、ギルドに確認しても大口の依頼はなかったしな……全員で分担して依頼を受けるっても、知識が必要な奴もあるからそう簡単には行かないし……」
「それなら、私は勉強もかねて料理屋で働けないかどうか交渉してみます」
「アタシは教会を当たってみるわ。ひょっとしたらそっち方面の仕事があるかもしれないしね」
「んじゃ、俺はギルド行って受けられそうなもんがねえか見てみるわ。知識がいらねえ奴なら俺でもできんだろ。それがなけりゃ、ドカタの仕事でも探すか」
それぞれに自分が出来そうな仕事を挙げる面々に、ジンは頷いた。
「ああ、頼んだ。俺は少しやることがあるから、金策には走れない……ひょっとしたら、手に入るかもしれないと言うくらいで頼む」
ジンがそういうと、全員部屋から出て行った。
「ほれほれ、これはどうだ?」
「ひぃぃぃぃ!! ゆ、揺らさないで欲しいのですぅぅぅ!!」
「ふむふむ、それじゃ今度はこうしてくれる」
「うぎゃあああ!! 上で飛び跳ねるのはやめてぇぇぇ!!」
後には、嬉々とした表情で動けない2人をいびる銀髪の神様が居た。
なお、アーリアルが飽きた頃、2人は解放された。
ジンは外に出ると、町の情報屋を当たった。
「黒い甲冑の騎士? ……悪いが、ここには情報は来てねえな」
「そうか……分かった。手間を掛けさせてすまん」
ジンは情報屋に銀貨を1枚放り投げると、情報屋を後にしようとした。
「おい、売り物もなしに金を受け取るわけにはいかねえ、これは返すぜ」
すると情報屋はジンに声をかけ、銀貨を投げ返した。
「要らないよ。こいつは手間賃として取っておけよ」
ジンは銀貨を受け取ると、再び情報屋に投げ返した。
「それこそ断る。こっちにも情報屋としての矜持ってもんがあるんでね」
再び情報屋が投げた銀貨を、ジンは受け取って考える。
「それじゃ、銀貨1枚分の面白い話を頼む」
ジンがそう言って三度銀貨を投げる。
情報屋は受け取ると、その場で考え込んだ。
「面白い話ねえ……面白い話といえば、勇者様一行に喧嘩を売ったやつが居たんだってな?」
「あ、それ俺のこと」
「マジかよ? 勇者様一行が手も足も出ずにやられたって聞いたぜ?」
「それは嘘。俺は勇者一行に勝ってはいない。勇者の仲間には勝ったが、勇者一人と引き分けだな」
「で、アンタはジンって名乗ったんだって?」
「名乗ってはいないぞ? 候補を挙げたら向こうが勝手にそう呼び始めただけさ」
「へえ? てっきり修羅でも出たのかと思ったんだがね?」
情報屋はニヤニヤ笑いながらジンのことを眺める。
それに対して、ジンは笑いながら肩をすくめた。
「ははは、そいつは考えすぎだ。正直、まだまだ連中は成長途中だ。あのレベルなら、修羅じゃなくても勝てる奴はいるさ」
「そうやってしらばっくれるアンタに一報。実はな、2ヶ月前に国を救った英雄一行に良く似た連中が今町にいるんだってな。で、その腕っこき達の大将の異名は修羅っていうらしいぜ?」
「ほほう、確かに面白い情報だが、生憎と知ってる情報だな。それで、他に面白い情報は?」
ジンの言葉に、情報屋は呆れ顔でため息をついた。
「……アンタ、ずいぶん欲張りだな。そうだな……最近、猟師達が行方不明になっている原因とか?」
「……ほう?」
その話を聞いて、ジンは眼をスッと細めた。
どうやら興味を持ったようだ。
「噂に過ぎないんだけどな、最近妙に森の魔物たちが凶暴化し始めたんだ。で、とある一定の方角に行くほど数が増えるんでそれが原因じゃないのかってな」
情報屋の話をそこまで聞くと、ジンは情報屋の手に銀貨を3枚握らせた。
「……詳しく頼めるか? 場合によっちゃ、想像以上の大事になる可能性があるんでな」
「あ、ああ。その方角には洞窟があってな。どうやらその中から魔物が湧いて来ているんじゃないか、っていう話があるんだ。もっとも確認したわけじゃないから、それが正しいかどうかは分からんがな」
「なるほどね……」
ジンはそういうと、情報屋に金貨を1枚投げた。
「良いのか?」
「ああ。何しろ、場合によっちゃこれが数倍の額になって返ってくる可能性が出てきたんだからな」
「へえ? それは面白い。そんときゃ私にも一枚噛ませてくれよ?」
「OK、覚えておこう」
「約束だぜ? ……それはさておき、アンタ良い男だな。どうだい、一晩?」
情報屋はそういうと、ジンに近寄ってしなだれかかった。
形が良く弾力のある胸がジンの胸に押し当てられて形を変える。
ジンはそれを受けて、深々とため息をついた。
「丁重に断らせてもらう」
「おや、私には魅力が無いとでも言うのかい? これでも見てくれには自信があったんだけどね?」
「そういうわけじゃないが……そんなことしたら俺の首が飛ぶ」
「ははっ、成る程、もう唾つけられてるって訳だ。捨てられたら私のところに来なよ?」
「……そいつも、一応覚えておくよ」
ジンは苦笑しながらそういうと、情報屋を出た。
ジンは情報屋から出ると雑貨屋に向かい、一人分の消耗品をそろえた。
情報屋の情報が正しいかどうかを確認するための準備である。
そんなジンに近づく影があった。
「捜したぞ、ジン」
ジンが声に振り向くと、そこには拳法着姿の男の姿があった。
「お前は確かリゲル・ベテルギウスだったか?」
「くくっ、覚えてもらえるとは光栄だな。てっきり、弱者としてすっかり忘れられるのではないかと思っていたが」
「ああは言ったが、そこまで弱いというわけでもない。もし本当に弱いというのであれば、俺は相手にすらしないで魔法で蹴散らしていたさ」
「ほう? つまりある程度は認めていると?」
「そういうことだ。で、俺に何の用だ?」
「……実はな……カペラがジンに再戦を申し込むって言って聞かなくてな……全員で掛かればお主も倒せると息をまいていたが……」
リゲルはため息混じりにそう話す。
ジンもそれにつられて盛大にため息をついた。
「……俺が本気じゃなかったって分かってんのか?」
「そのあたりのことは重々承知している。そも、お主は剣すら抜いていないではないか。いや、むしろ剣を抜いたところで本気ではあるまい」
リゲルのその言葉を聞いて、ジンは苦笑いをした。
「……あれ、ひょっとして分かった?」
「うむ、剣を持つものの身のこなしとしては少々妙な部分があったのでな」
「……何を話し込んでいる、リゲル。見つかったのであれば、さっさと行くぞ」
突如としてジンの肩に手が置かれる。
ジンが振り返ってみると、そこには褐色の肌の長身の女性が立っていた。
「なあ、話はリゲルから聞いたから大体分かるがな、本気で俺に勝てると思ってる?」
「……癪な話だが、現段階で勝てるとは思っていない。だが、何回と繰り返すことで、いつか貴様を越えてやる」
悔しげな表情を浮かべるカペラの発言に、ジンは呆れ顔でため息をついた。
「その考え、何かおかしくないか? そりゃまあ、練習試合ならそう言えるだろうよ。だが魔王相手に負けたとして、生きて帰れる保障はないぜ?」
「横から口を挟むようで申し訳ないが、これは練習試合だぞ?」
ジンの一言に、リゲルが異論を唱える。
するとジンは再びため息をついた。
「……まあ、そうだけど。俺が言いたいのはな、負ける前提で戦いにくるんじゃないってことだ。やるからには何が何でも勝つ、そんな気概で来てもらいたいものだな」
ジンはそう言うと、買った道具を入れた袋を担いで歩き出す。
「どこへ行く?」
「どこって……俺と勝負するんだろ? なら行く先は決まってるだろ」
ジンはそう言うと、闘技場に向かって歩き出した。
「ほい、ここまで。いやー、なかなかに良い連携だったぜ」
「……よく言うぜ、1人であっさり全員抜きやがってさ」
戦いが終わり、ジンは控え室でにこやかに話しかける。
それに対し、スバルがベンチに寝そべったまま言葉を返した。
「くっ……また手も足も出なかった……」
「何で……何で何も通用しないんですか……」
「はっはっは、分かってはいたが俺もまだ未熟だな」
悔しげな表情を浮かべるカペラとスピカに、すっきりとした笑みを浮かべるリゲル。
それに対して、ジンは首を横に振る。
「いんにゃ、連携が良かったのは事実さ。リゲルが正面で攻撃を止め、スピカとカペラが回りの足止めをして、攻撃力最大のスバルが止めを注しに行く。実に合理的な作戦だ」
「なら、何故貴様に勝てない? 我々の連携が優れているのなら、何故?」
「そりゃ単純な話だ。個人の力が弱すぎるんだよ。少なくとも俺を倒すにはな。それぞれが連携に特化しすぎだ。ただ、スバルに関してはそうとも言えんか」
「んあ? 何でさ?」
ジンの一言にスバルがそう言って起き上がる。
「だってお前1人で俺と戦ったときのこと覚えてるか? あのときのお前はもっと広いバリエーションの戦い方してたろ? これを使えないのは正直勿体無いと思うぜ?」
「そ、そうなのか?」
「もっとも、それを生かすにはスバルは貧弱すぎる。避ける技術はそれなりに高いが、防御の手段がな……」
「うぐぅ、ごもっともです……」
ジンの指摘に、スバルはがっくりと肩を落とした。
「それから他3人が弱い理由なんだがな、全員スバルに任せすぎなんだよ。だから今まで自分の弱点が見えてなかった」
「だから、その弱点って何なんです? もったいぶってないでさっさと教えてくれやがりますか?」
「……その理由、リゲルには見当付くんじゃないか? 今日の戦いを見る限り」
スピカの毒舌にジンは一瞬眉をしかめたが、何とかこらえて話を続ける。
話を振られたリゲルは、今日の戦いを思い返して答えを出した。
「……むう……今日見ていて思ったのだが、ジンは俺達の攻撃が怖くないのではないか? 何というか、戦闘中ずっとスバルのほうにしか意識を向けていなかったという感じがするのだが」
「その通り。正直、万が一お前らの攻撃もらったとしても耐え切る自信があるんだわ。つまり何が言いたいかっていうと、全体的に威力が無い。だから、相手の警戒を十分に引けない。相手の注意を引くには、それこそスバルなしで相手を倒せるレベルの威力が必要だって言うのにな」
リゲルの答えにジンは首を縦に振った。
「……だから、スバルなしで戦ってみろと言ったのか……」
ジンの言葉に、カペラが興味深そうに呟く。
「そういうことだ。それじゃ、俺はこれで失礼するぞ」
「待ってください。ジン、あなたはいったい何者ですか?」
立ち去ろうとするジンに、スピカが声をかけた。
それに対して、ジンは笑って答える。
「さあね、知りたきゃ調べてみな。一つだけ言えるのは、お前達より強いってことだけさ。んじゃま、次があるならまた会おうぜ」
ジンはそういうと、闘技場を後にした。
闘技場を出ると、ジンは近くの森を調べることにした。
しばらく歩くも、想定していた魔物は全く出てこない。
「……ん~? おかしいな、ガセネタでも掴まされたかな? でも、情報屋なら嘘は売らんだろうし……」
ジンがそう呟いた瞬間、盛大に地響きが聞こえてきた。
それを聞いて、ジンは納得したように頷いた。
「成る程、これなら魔物が出てこないのも納得だな」
ジンはそういうと、音の聞こえた方向に歩みを進めた。
すると、そこでは想定外の光景が広がっていた。
「んにゃろお!!」
巨大なクレーターの中で、ひたすらにハルバードを振るう黒鉄色の鎧の男。
その周りには、黒い狼の大群が取り囲んでいた。
その数は常軌を逸しており、自然界に存在する群れの規模ではなかった。
「……確定だな、この辺りには何か居やがる。“火車の疾走”!!」
ジンはそういうと、炎の車になって狼の群れに飛び込む。
それは爆炎と共に狼達を吹き飛ばしていった。
「よ、元気ぃ?」
「元気は元気だけどよ、その緊張感がねえのはどうにかなんねえのか!?」
軽口を叩きあいながら向かってくる狼を殲滅するジンとレオ。
しかし、倒されたはずの狼は何度でも立ち上がってジン達に向かってくる。
「おいレオ、最初っからお前1人か?」
「いんにゃ、最初は案内役がいたが逃がした!! にしてもこいつらどうなってんだ!?」
「分からん!! とりあえずはいったん退くぞ!! “我は風なり”」
ジンがそういうと、2人は風となってその場から去って行った。